あの人を、あの夜だけ忘れられたの。


         幸せな夢を見て目を覚ましたの。


                   誰のおかげかなんて――― そんなこと、絶対言えないけど。
 





『運命のヒト』







「……、………」

 いつになくあっさり目が覚めて、目の前の光景が視界に入った途端 数回瞬く。
 ここは間違いなく自分の部屋だったし、目が覚めたのも自分のベッドで。

 でも、―――1人じゃなかった。

「……え?」
 自分を抱きこむ力強い腕と均整のとれた広い胸。
 ちょうど目線の高さには、浅黒い肌によく似合った銀製のタグ。
 ゆっくり上へと辿って行くと、見覚えのある顔がそこにはあった。


 昨晩クラブで飲んでいたときに、変に気が合った男の人。
 互いにかなりの量を飲んでいたし、合意の上だったこともちゃんと覚えている。


 でも、、、


「まさか、私がなんて……」
 自分は"ない"と思っていた。自信もあった。
 でも今回のことで見事に覆されてしまったようだ。
「…まあ良いけど。」


 相手の腕からそろりと抜け出して浴室に向かう。
 ちらりと後ろを覗いたけれど、相手が起きる気配はなかった。















 シャワーを浴びてインナーだけのラフな格好で戻ってきて。
 いい加減起きているかと思いきや、相手はまだ夢の中にいた。

「…ちょっと、早く起きなさいよ。」
 相手はどうか知らないけれど自分は今日も朝から仕事だ。
 かなり本気で肩を乱暴に揺すってみても、相手からはくぐもった生返事が返ってくるのみ。
 終いには布団の中に潜り込む始末。
 寝起きの悪さに呆れつつも顔を合わせるのも気恥ずかしいなと思って起こすのは諦めた。


「ねぇ。寝てても良いから聞いて。予備のカギ、ここに置いとくから出る時は戸締まりよろし
 く。後はポストに入れといて。」
 手早く着替えながらそれだけ言えば、金の髪だけが覗く布団の中から手が出てきてひらひらと
 振られる。


 手馴れた感じの軽い返事。
 いつもこうやって女の家を渡り歩いているのかもしれない。
 一晩限りの関係と思えば、ちょっと気も楽になった気がして。


「―――ミリアリア、」
 バッグを引っ掛けたところで、少し掠れた声が自分を呼ぶ。
 顔を上げたら気だるげに落ちた前髪をかきあげながら彼が微笑った。
「いってらっしゃい。」
 トクンと心臓が波打ったのはきっと気のせい。
 1人じゃない朝が久しぶりすぎるから驚いてしまったのだ たぶん。


 行ってきますとこれもまた久しぶりに言った気がする言葉を残して部屋を出た。




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