運命のヒト ((2))




「―――次の。」
「はい。」
 ファインダーを覗いたままで手を出され、指示通りのものを手渡す。
 今日の撮影場所は某所のスタジオ。
 普段 風景写真を主とする師は、たまにこういう"人"相手の仕事もしていた。


 ミリアリアは今、わりと名の知れたカメラマンの助手をしている。
 いつかは独立して世界中を旅してみたいけど、今はまだ修行中。
 師は何も教えてくれないから見て盗むしかない。
 人が思っているより体力をかなり必要とする仕事だけれど、充実して楽しいから止める気は全
 くなかった。







「1時間の休憩入りまーす。」
 先生は昼食はしっかり食べる派で、しかもいつも奥さんが手作りのお弁当を持って来る。
 年齢のわりにいつまでも新婚のようなラブラブご夫婦の邪魔はできないので、奥さんの登場と
 ともにミリアリアは自由の身。
 さてお昼はどこにしようかと考えたところで携帯のバイブがメールの着信を知らせた。

『お昼抜けれる? いつものトコでランチしない?』

 抜群のタイミングの相手はフレイだ。
 昨日クラブに誘ってくれた友人で、高校以来の付き合い。
 服の好みも性格も全然違うが、何故だか妙に気が合ってランチもこんな風に一緒にすることが
 多かった。
「すみませーん。外に出てきまーす!」
 どうぞと手を振る先生に礼をして、ミリアリアは財布をバッグから抜き取った。




















 スタジオの道向かいのカフェはフレイの職場からも近い。
 入り口で合流した2人は、いつもの窓際の席に腰を下ろし、いつもの日替わりランチを注文す
 る。
 そうして一瞬落ちた沈黙の後、目が合った彼女から予想通りの質問を投げかけられた。
「で。昨日はあれからどうなったの?」




 実はあんまり覚えていない記憶を辿る。

 夢じゃないかと疑うくらい、気持ち良かった朝の目覚め。
 でもそれは今朝起きたばかりの現実だった。





「…やっぱりね。」
 一通り昨夜のことを説明すると、彼女からは分かっていたかのような口ぶりで返される。
 特に驚かれることもなく、意外にも呆れられもしなかった。
「良いんじゃないの? アンタ今フリーだし問題ないわよね。」
 確かにミリアリアに恋人はいない。…今は。過去にはいたけれど。

「それで? また会う約束は?」
「別に何も。あっちも一夜限りのつもりだろうし。」
 期待を込めて尋ねられたところ悪いけど、"次"なんてなかった。
 彼にとってはきっとあれが普通で、私にとっては最初で最後。
 ミリアリアの返事に、それもそうかとフレイはストローを投げ出す。
「まぁDJなんてしてたし、あの分だとモテてそうよねー」
「フレイも好みなの?」
 意外だという顔をすれば、そんなわけないじゃないとあっさりと一蹴された。
「残念ながら違うわね。私ならどちらかというと茶髪のコの方が好みだったわ。」
「そういえばずっと一緒に話してたね。」
 フレイと話していたその人はあの人とも仲が良さそうだったから友達なんだろう。
 ただタイプは全然違って、物静かそうな男性だった。
「それで進展は?」
「あるわけないじゃない。彼女いるみたいだし、私にもサイがいるし。」
「あ、そっか。」

 サイはフレイの恋人で、婚約者でもある人だ。
 一見彼の方が惚れ込んでいるように見えるけれど、実際はフレイも彼を裏切るようなことは絶
 対しない。
 妬かせる為にほかの男性と親密さを装うことはあっても全部フリ。彼女もサイを大切に思って
 いる。


 フレイとサイと自分、それから元恋人の"彼"。
 4人は高校時代をいつも一緒に過ごした。
 大学でバラバラになっても関係は変わらなくて。

 ずっと続くと思っていたものが永遠ではなかったと知ったのは、ほんの1年前。

 だから"有り得ない"と思っていた。―――なのに。




 ポケットに入れたままの携帯がメールの着信を知らせる。
 誰だろうと取り出して、「あ…」と呟きながら画面を開いた。

『今夜会えない?』

 差出人は"ディアッカ・エルスマン" ―――朝別れたばかりの彼から。
 そういえば昨夜メールアドレスも交換したんだっけとおぼろげな記憶を思い出す。

 あれっきりじゃなかったのかと、少しだけ嬉しくなった気持ちは、けれどすぐに萎んでしまっ
 た。

『今日は仕事が遅くなるから。ゴメン…』

 今日の撮影はいつまでかかるか分からないし、今の進行状況だと下手すれば夜中だ。
 断りの返事を出すと、表情から全てを察したらしいフレイは「勿体無かったわね。」と肩を竦
 める。

「縁がなかったのよ。」
 そう言いながらホッとしている自分とは別に、残念に思っている自分がいる。
 フレイが言うように問題はないかもしれないけれど、でも後ろめたい気持ちがないわけじゃな
 い。


「誰かを好きになることは罪じゃないわ。」
 ミリアリアの気持ちの揺れを見透かしたようにフレイが告げる。
「そこまで義理立てする必要もないでしょ。」

 確かにそうかもしれない。でも、、
 まだ迷いを捨てきれない彼女を見て、フレイは最後に一言、自分の恋愛持論で閉めた。


「だって仕方ないじゃない。いくら自分の気持ちを偽ったって、好きな気持ちは止められない
 ものよ。」




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