運命のヒト ((3))




 フレイの言葉が離れない。
 午後の撮影中も帰りのバスの中でも、あの言葉がぐるぐると頭を回っていた。


 彼女は私が彼に惹かれていると断定して言っていた。
 それを強く否定する気はないし、そんなに鈍いとも思っていない。


 そう。確かに私は彼に惹かれている―――…



「あ、でも断っちゃったんだっけ…」
 お昼の返事を思い出してしまったと呟く。

 あっちは遊びのつもりだったかもしれないし、彼も断った女にしつこく言い寄るような人には
 見えなかった。
 フレイが言うようにモテそうだし、女性に困った感じもなかったし。
 あのクラブに行けばまた会えるだろうけど、昨日みたいにはいかないかもしれない。
 それに、あっちはもう新しい女を見つけたかもしれない。

「やっぱり勿体無いことしちゃったかなぁ…」
 仕事は思ったより早く終わったから会えないこともなかったのに。


 幸せな夢を見て、すっきりと目覚めた朝。

 けれど、夢はやっぱり夢でしかないのかも。






 至った答えに少々凹みながら、エレベーターを降りる。
「…え?」
 バッグから鍵を出して顔を上げ、―――そこで玄関前の人影に気づいた。

 一瞬見間違いかとも思ったけれど、それは間違いなく"彼"で。
 まさか待ってるなんて思ってなくてビックリして、自然と足は速くなる。
 気がついた彼もこちらを向いてひらひらと手を振った。



「帰ったんじゃなかったの?」
「もちろん帰って仕事に行って、終わってからまた来た。」
 そういえば確かに服が違う。

 遅くなると言って断って、それでもわざわざ待っていてくれて。
 どのくらいの時間待たせていたのだろうかと申し訳ない気持ちになりながら、でもそこまでし
 てくれる理由が分からなくて。

「どうして…?」
「どうしても今日会って言いたかったんだ。」
 何を?と尋ねようとして、目の前に視界を遮るほどの大きな花束を差し出された。


「結婚しよう。」

「へ?」
 特有の甘い香りがする赤いバラの花束。
 それと同時にくれたのは、聞き間違いじゃないかと思ってしまった言葉。


「え、ええ?? ちょっと待って、結婚っ!?」
 驚いて思わず声を上げると、彼は当然のようにそうだと頷く。
 冗談で言っているようにも見えないし、からかっているようでもなかった。
「だって、私達昨日会ったばかりで、結婚とかの前に…まだ 付き合ってもいないのに……」
 整理できない頭でしどろもどろに戸惑いを口にする。
 もう一度会えたらとは思ったけれど、"結婚"だなんて考えもしなかった。

「運命だと思ったんだ。」
 くさいセリフもさらりと言ってのけた彼は花束の向こうで返事を待つ。

 昨日の勢いならひょっとしたらOKと言ってしまったかもしれない。
 でも、ひとつの思いが胸を過ぎった。


「…まだ、考えられないわ。それに、私は貴方のこと何も知らないし……」
 名前しか知らない。年は…聞いたような気がするけど。曖昧だ。
 断ろうとは思わなかった。けれど受け入れるにはまだちょっと時間が欲しくて。

 すると彼は、返事は保留で良いと言ってくれた。


「じゃあまずはデートから。次の休み、いつ?」


 そんな引き際の良さもモテそうな理由かなぁなんて。
 ちょっと胸が痛かったのは内緒の話。




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