運命のヒト ((4))




 彼は事前に言えばいつでも大丈夫だそうなので、選ばれたのは翌週の土曜日。
 そして彼曰くの「デートの基本」との主張により、待ち合わせて映画を見ることになった。


 ベタを貫くなら恋愛モノかなとも思ったが、興味ないとのミリアリアの意見で、見たのは今一
 番人気の映画。
 ほど良く笑えてちょっと感動できる、そんな青春群像劇にした。




 最初は普通に見ていた。
 ディアッカが買いに行ってくれたジュース片手に2人で笑って。

 けれど、ミリアリアに変化が現れたのは後半が始まってすぐ。
 その後の内容はもう目にも入らなかった。








「…そこまで泣くような内容だったか?」
 通路の長椅子に座るミリアリアを困った顔で覗き込んでくる彼の気持ちはすごく分かる。
 今見た映画のストーリーは悲恋でもなければ人が死んでしまうわけでもない。
 他の観客は「楽しかったね」と笑顔で前を通り過ぎていく。

 おかしいのはミリアリアの方だ。けれど、彼女自身それをどうすることもできない。
 ぽろぽろと零れ落ちる涙でハンカチが濡れていくのも止めようがなかった。

「ち、違うの…っ ただ、ちょっと……」
 それでも何でもないと言って背を向ける。
 それで納得できるような状況じゃないと分かっていても説明はできなくて。

 バイクと雪。共通点はただそれだけだ。
 けれどただそれだけで思い出す。―――失った"彼"のこと。


 結局泣き止むのに15分以上を費やし、それでも何も聞かない彼に申し訳なくなりながらミリ
 アリアはようやく席を立った。










 ランチに行く前にちょっと移動させてくると、彼は鍵を手に取り地下の駐車場に向かった。
 幾分気分が浮上してきたミリアリアも後ろから付いて行きながら、どんな車に乗るのかと想像
 を膨らませる。
 予想の車をいくつか通り過ぎ、あれと思っている間に彼は"それ"に手をかけた。

 彼が着ているジャケットと同じ、真っ黒の大型バイク。
 フルフェイスのヘルメットを無造作に手に引っさげて振り返る。

「ちょっと上で待」
「貴方も バイクに乗るの…?」
「…"も"?」
 小さな呟きに聞き返されて、何でもないと首を振る。
「バイクが嫌いなら今度から車にするけど。」
 今日は使えなかったんだと謝られてミリアリアは慌てた。
「え、や、嫌いなわけじゃ…!」
 違うと首を振って否定する。
 そんなつもりで言ったわけじゃないし、無意識の独り言は聞き流された方が良かった程度のも
 の。


「じゃあ、別れた彼氏のことでも思い出した?」
「!」
 彼は軽い冗談のつもりだったのだろうか。
 けれど、ミリアリアは咄嗟に隠し切れず動揺のまま青褪めた。

「…図星?」
 察した彼は少し苦い顔。
「ぁ…ッ」
 出してしまった感情を後悔してももう遅い。

 傷つけるつもりはなかった。
 でも、違うとは否定できなくて。



「―――行ってく…っ!?」
 また何も聞かずに背を向けようとする彼の服の裾を咄嗟に掴む。
 驚いて立ち止まる彼に、誤解だけは解かなくてはと、それだけ思った。

「トールが死んだのは私のせいなの!」

「え… 死……?」
 予想外の言葉に瞠目する彼に、ミリアリアは必死で言葉を重ねる。
「トールは1年前に事故で死んだ私の恋人よ。でも、あれは私が殺したようなものなの…!」

 再び泣き出したミリアリアの肩にディアッカはそっと触れた。
 彼からの行動はただそれだけで、そのまま黙って彼女の言葉を待つ。


「私が、誕生日は一緒に過ごしたいなんてわがまま言わなかったら…っ」







  一年前の2月17日、その日はとても寒くて、夜になってからは雪もちらほら降っていた。
  道路は凍って滑りやすくなっていて、さらに視界もあまり良くなかった。
  だけど彼はかなりのスピードでバイクを走らせていたらしい。

  その理由は言われなくても分かっていた。
  自分の部屋で待っている恋人のために仕事をハイスピードで終わらせて、少しでもその日を
  長く過ごそうと家路を急いでいたからだ。

  右折してきたトラックに気がついたのが遅く、なんとか避けたもののバイクはスリップして
  脇の柱に激突した。
  彼はほぼ即死だったらしい。

  その頃私は何も知らずに部屋で待っていた。時計を見ながら「遅いな…」なんて呟いて。
  電話がかかってきて彼の死を知らされるまで、私は永遠を信じていた。


  遺品となってしまった彼の荷物からはプレゼントの箱。

  それはミリアリアが欲しがっていたものだった―――








「私が待ってなければっ! トールはあんなにスピード出さずに済んだし、事故にだって遭わな
 かった!!」


 あんなこと言わなければ良かった。
 誕生日を一緒に過ごせなくても、彼とはいつでも会えたのに。
 何気ない我儘が、彼を死なせるなんて思いもしなくて。

 後悔は膨らむばかり。
 そんな自分が誰かを好きになるなんて、ずっと考えられなかった。


「そっか。」
 顔が上げられなかったから彼の表情は分からない。
 肩に触れる手に力がこもって、気づけば彼の腕の中にいた。

「…でも、ミリィが言わなくてもきっと彼は一緒にいようとしたと思う。俺が彼でも絶対そうし
 たから。」
 抗う気もなくてされるがままに任せる。

 嫌じゃない。
 やっぱり彼といると安心できると思った。

「彼はミリィのせいだなんて思ってないし、負い目を感じる必要もない。」
 優しいことば。言ってもらいたかったことば。
 まるでトールにも許されているような気になってしまいそう。
 肩の力が抜けて安心しきったところで、彼は予想外のことを口にした。

「でも… ミリィは彼がまだ好きなんだな。運命だと思ったけど、それは俺だけだったのか。」
「え?」
 彼の手がミリアリアから離れる。
 驚いて言葉を失くしている彼女をどう思ったかは分からないが、彼はそれ以上を言及しなかっ
 た。

「……じゃ、コレ置いてくるから。」
 今度こそ背を向けてバイクに跨る。


 代わりにしたつもりも、重ねたこともない。
 でも言葉が見つからなかった。何を言っても言い訳にしか聞こえない気がして。


「違うの… ごめん……」

 本人に向かってそう言えたら良かったのに。




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