バレンタイン聖戦 ((前編))
聖バレンタインデー、それは女の子たちの聖戦の日。
今日も双子は仲良く一緒に登校中。
それはいつもと変わらない日常の風景だ。
正門から校舎までの長い一本道を歩く間、方々から声をかけられて返すのもいつものこと。
―――けれど、今日はみんなどこかそわそわしている。
ざわついているのは同じだけれど空気がわずかに違っていた。
そういえば今年のアレは明日―――…土曜日だっけ、と、キラがふと思い出したところで、
彼は珍しく人に呼び止められた。
「ヤマト副会長! あの、コレ…っ!」
目の前に差し出されたピンク色の包装紙。
色もリボンも甘く統一されたものの正体は言わずもがな。
一生懸命に見つめてくる瞳は恋する少女のそれだ。
彼女がどれだけの勇気を使っているか分かってしまったキラは、応えにふんわりと笑いか
けた。
「ありがとう。」
そう言ってキラが受け取ると、少女はますます真っ赤になってしまう。
隣のカガリが呆れた溜め息をついたのが聞こえて、どうしようかと少し迷った。
けれど、その行動が均衡を崩したことにはキラも気づけなくて。
「私のも受け取ってください!」
「わ、私のも!!」
周りにいた他の女生徒達が一斉にキラ達の方に向かってきたことに対して、一瞬だけ対応
が遅れた。
「え!? ぅわ…っ」
返事をする間もなく両手はあっという間にチョコの山。
そして何故かカガリも同じ状況になっている。
彼女は昔から女の子にもよくモテたから 別段不思議でもなかったけれど。
「…紙袋あったっけ?」
「生徒会室にダンボールならあった、と思う。」
教室の前にそっちに寄るのが先かなと 2人で顔を見合わせ苦笑った。
「キラ。」
2人を囲む人垣の向こうから呼ばれて顔を上げる。
よく通るその声に周囲もふり返り、何故か自然と道が割れた。
学年を示すタイの色は1年生の"紺"。
燃えるような鮮やかな赤い髪がやけに印象的な、整った顔立ちの美少女が道が割れた先に
立っている。
けれど、道を明け渡したのはその美貌に見惚れて、というわけではない。キラ達の周りに
いるのは皆女の子だ。
彼女達を退かせたのは強い意思を持つ灰青の瞳。
上級生さえも圧倒させてしまうオーラを放つ彼女―――フレイ・アルスター。
彼女は悠然とキラの前までやって来た。
「私からのチョコも受け取ってくれるかしら?」
綺麗に磨かれた爪が光る手には、鮮やかだが上品な赤い色をした四角い箱。
中身は間違いなく、今キラが両手いっぱいに持っているものと同じ。
普段のキラなら今までと同じように笑顔で受け取るのだろうが、彼は少し引きつった顔を
していた。
「…毒入りだったりする?」
「失礼ね。この私が"本命"をあげるって言ってるのに。」
『!!?』
突如飛び出した問題発言に、周りがざわりと反応を示す。
ただでさえ注目を浴びている状態でこの発言となれば、この後どうなるかは容易に想像が
ついた。
「トール! これカガリと生徒会室に持って行って!」
たまたま見えたクラスメイトにチョコの山を渡して、キラはフレイの腕を掴む。
「ちょっと来て。」
―――去る間際、視界の端に幼馴染と恋人の姿が見えたけれど、今はそれを気にする余裕
はなかった。
「サイと喧嘩でもしたの?」
人気のない第2体育館の裏で、ようやくキラは立ち止まって手を離す。
意外にも黙ってついてきた彼女はキラの問いかけにそっぽを向いた。
「別に。」
…やっぱり喧嘩したんだろうか。
そういう時、彼女はよくキラを巻き込むから。
「何? 元カノからはチョコも受け取れない?」
話が最初に戻った上、身に覚えのない過去にガクリと肩を落とす。
「君と付き合った覚えはないんだけど…」
「ふぅん。一晩限りの関係じゃ数に入らないわけね。」
…だから。誰が、いつ、そんな関係に。
「なんかそれ、誤解を受けそうだから人には言わない方が良いと思うよ。」
今回の理由は一体何なんだろう…
いつもよりキワドイ言葉の数々にキラはげんなりする。
なんだかめんどくさいコトになりそうな予感がした。
「その余裕がムカつくわ。」
これは八つ当たりなんだろうか。
言いたいことだけしか言わない彼女とはさっきから会話が成り立っていない。
深い溜め息をつきながら、キラは今も彼女の手に握られたままの赤い箱に視線を落とす。
そもそもあのチョコもたぶんサイに渡すはずのもので、あの行動もあてつけで。
キラにしてみれば完全なとばっちりなのだろう。
…それに、さらに間の悪いことに絶対ラクスに見られている。
ただでさえフレイのことは印象良くないのに。
「てゆーか ああいうの止めて欲しいな。この前の買い出しの件も含めてだけど、ラクスに
誤解されるようなあんな態度…」
「だって私、彼女が嫌いだもの。」
先日からの問題行動の理由を彼女はさらりと言ってのけた。
あまりに潔すぎてキラは逆に呆気に取られてしまう。
「誰にも落ちなかったキラをあっさり手に入れて。悔しいから取ってやろうと思ったのよ
ね。」
それは違う。キラには最初からラクスしかいなかった。
遠い遠い回り道をして、ようやく実った初恋。
何も知らない彼女からすれば そんな風に見えてしまうのだろうけれど。
「君にはサイがいるでしょ。」
「知らないわよ あんな奴。」
2人の喧嘩はいつだって、フレイの怒りが収まらなければ終わらない。
今回は長引きそうだと思いつつ、かといって キラも自ら巻き込まれる気はなかった。
「とにかく、そのチョコは受け取らないよ。本命チョコなら"本命"に渡してね。」
これ以上巻き込むなと釘を刺して、キラは彼女との会話を終わらせた。
「話は終わられたのですか?」
「…うん、一応ね。」
始業ギリギリに教室に戻ってきたキラにラクスはそれだけ聞いて、キラの答えには「そう
ですか」とだけ返してそれ以上の追求はしてこなかった。
そしてそれ以降 フレイのことが話題にのぼることもなくて。
それ以上聞こうとはしない彼女に対して心苦しく思う。
きっと聞きたいことはたくさんあるだろうに。
聞けば答えるけれど、自分から言うのは言い訳がましくなりそうで。
そう思うと フレイの名前を出すことすらできなかった。
それが間違いだと知るのは、バレンタイン聖戦第2ラウンドの昼休み。
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久しぶりのKINGDOMはバレンタイン話です。
これだけだとキラフレにしか見えないんですが… 最後はキララクになる予定デス。
後編も早めにお届けしたいです。
思ったより長くなってしまって困ってるんですけど…(汗)
タイトルは適当です。語呂で考えました。
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