バレンタイン聖戦 ((中編))



 昼休みになると校内新聞の号外が張り出されるのは毎年恒例。
 内容はいつもなら"チョコ獲得ランキング 中間報告"のはずなのだが。


 ―――今年は、少し違っていた。




「早いわねぇ。さすが我が校が誇る敏腕新聞部。」
 のんびりとした口調で言うのは当事者の1人であるフレイ。
 紙面の半分を独占している記事には体育館裏で話す2人の写真がでかでかと載っている。

『一夜の関係!? ヤマト副会長と1年生の"女王"の過去!!』

 そんな見出しで 朝の会話がほぼそのまま記事にされていた。
 キラはもちろん、フレイもまた1年生の中ではニコルに次ぐ知名度を持つ少女だ。
 こういう時の格好のネタになるのは当然のこと。

 やっぱりめんどくさいことになってしまった。
 嫌だな〜と心で溜め息をつきながら 隣にぴったりくっついている少女を見る。
 こんな所で並んでいたらますます噂が広がってしまうのだろうけれど、彼女の方が離れよ
 うとしないから仕方がなかった。


「…フレイ、わざとでしょ。」
「気づいてたの?」
 横目で睨めばしれっとそんな風に返される。
 きわどいことばかり言うと思ったら、彼らにわざわざ聞かせる為だったらしい。
「気づいてなかったから悔しいんだよ。てゆーか、本気で君達の痴話喧嘩に僕を巻き込ま
 ないで欲しいんだけど。」
 こんな大事にされたのは予想外だった。
 3年くらい前なら気にしないけれど、今の自分にはラクスという最愛の恋人がいるのに。
 これ以上誤解されたらどうすれば良いのか分からなくなる。

「だってキラのせいじゃない。」
「え?」
 ポツリと零された言葉は身に覚えがなくて、キラは頭を?だらけにしながら首を傾げた。
 自分が一体何をしたのだろう?

「生徒会に入ったせいでサイまで有名になっちゃったんだもの。…彼は私だけのものだっ
 たのに。」
「…えーと、」
 何となく分かってきた。
 今日という日も関係しているのだろうけれど、フレイがキラを巻き込むわけも。

 サイが生徒会に入るきっかけ―――前生徒会長のイザークがサイを役員に任命したのは、
 彼が"キラの友人"だからだった。
 つまり、サイが有名になったのはキラのせいでもあるということらしい。

「でも、サイの能力の高さは君だって知ってるじゃないか。」
 きっかけは確かにキラだった。
 けれど、サイが周りに認められたのは彼自身の魅力故。彼が自ら築き上げたものだ。
 彼女もきっとそれは分かっている。
「そうよ。でもそれを知ってるのは私だけで良かったの。」
 ただ、感情が納得いかなくて。
 それで、キラをこうして巻き込んでサイに仕返しをしようとしている。

「少しくらい焦れば良いんだわ。」


 彼女の気持ちもよく分かる。
 けれど、巻き込まれた立場としては早く解決して欲しい。切実に。

 サイは一体何をしてるんだろうと、キラの方が焦れる。
 彼が弁明に来ないこともまた、彼女の怒りが収まらない理由なのだろうから。

 けれど今は他人のことよりも自分。
 痴話喧嘩のとばっちりなんて真っ平ゴメンだと、とある場所へと足を向けた。























「…キラもアスランも戻って来られませんわね。」
 一緒に淹れておいた2人の分の紅茶はもうとっくに冷めてしまっている。
 広げたお弁当に手も付けられず、ラクスとカガリは2人が来るのをのんびり待っていた。
「きっとどっかで捕まってんだろーな。そのうち戻って来るさ。」
 今日という日を考えれば仕方のないことだと、カガリはあっけらかんとしている。
 そういうラクスも今日のことは分かっているし、それについて何かを言う気は全くない。

 …ただ気にかかるのは朝の少女のこと。
 彼女にだけは他の女の子と違う態度を見せるキラのこと。

 この前のCM撮影の時はラクスを優先してくれた。
 けれど、不安は拭えなくて。




「―――キラは来ないそうだ。」
 両手に紙袋を下げたアスランが戻ってきて第一声、伝言だと告げる。
 紅い色が脳裏を掠め、ラクスの不安は一気に膨れ上がった。
「どうして、ですか…?」
 ドクリと心臓が波打つ。
 ここに来ないのなら、いったいどこに行く気なのか、と。
 嫌な予感ほど的中する―――… そんなこと信じたくないけれど。

「新聞部に抗議しに行くから、だそうです。」
「…新聞、部?」
 予想外の返答にラクスもいささか面食らう。
「なんだ? 中間報告に不正でも見つけたか?」
 揶揄するような口調のカガリに対して、アスランは意外に深刻そうな顔をした。
「いや、この件で。」
 そう言って彼は破ったらしい1枚を紙袋から取り出して2人に見せる。
 見出しと写真と。それだけでラクスは言葉を失い、さすがにカガリも眉根を寄せた。
「…珍しい。あのキラが気づかなかったのか。」
 自分達は名前を知られているだけに元々何かとネタにされやすいため、周囲への注意は常
 に払っている。
 キラもいつもならこんな失態はしないはずだが。
 よほど余裕がなかったのか。単に油断しただけか。



「…彼女とキラは、お付き合いされていたのですか?」
 過去にこだわるつもりはない。けれど、彼女の場合は現在形だ。

 思い出すのは偶然会った撮影のときのこと。
 目の前で自然に腕を組む2人に感じたのは怒りより不安。
 2人の間にある独特の雰囲気が、彼女は特別だと教えているようで。

「え? いや。キラの元カノには全員会ったことあるけど、その中にフレイはいなかったは
 ずだ。」
 そもそもラクスとフレイでは印象が違いすぎる とカガリは付け加えた。
 ―――キラの元カノ達はみんなラクスに似ていることが前提だったから。

「というか、彼女はサイの婚約者だろう。キラが本命ということ事態がおかしい。」
「「え?」」
 アスランがもたらした事実に、ラクスだけでなくカガリも驚きで目を丸くする。
「あまり知られていない話だが。もう2年になるか?」
「付き合ってるのは知ってたけど… なんだ、アイツら婚約もしてたのか。」

 カガリからの情報もラクスには初耳だった。
 サイ・アーガイル前副会長との関係なんて、彼女の態度からは考えもつかなかった。

 でも、だったら何故、


「でしたら、何故キラに……?」
 何故、ラクスの前でキラを狙うような素振りを見せたのか。
 その答えはアスランが苦笑いで教えてくれた。
「それは―――… サイにとっては"キラ"という存在が1番の脅威だからです。」




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予想より長かったので分けました。
中後編合わせて後編のような感じです。

後編はサイフレとキララク(+アスカガ)です。



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