バレンタイン聖戦 ((後編))



「いつまでついて来るの?」
 辟易した顔で言っても彼女は全く動じない。
 するりと腕を絡めてくるのを振り払うのももう疲れて諦めた。
「キラがチョコをもらってくれるまでよ。」
「…だから、僕は君の"本命"じゃないでしょう?」


「フレイ!」

 キラが待ち望んでいた声が、希望通りの相手を後ろから呼び止める。
 ようやく迎えが来たとキラはホッとして振り向いた。
 けれど、キラと反対にフレイは頑として背を向けたまま。キラの腕も掴んだまま放そうと
 はしない。
 困り果てた顔のキラを見て深く溜め息をつき、サイは周りの温度をさらに2℃ほど下げた。
「キラに迷惑をかけるんじゃない。」
 静かな威圧は下手に声を荒らげるより怖い。
 滅多に怒らない彼だけに それは余計だ。

「―――フレイ。」
 彼女には何が1番効果的か。彼はよく分かっていた。

「〜〜〜ッ なによ! サイが悪いんじゃないの!!」
 それ以上耐え切れなくなったフレイがとった行動は、いわゆる逆ギレ。
「私が1番にあげたかったのに! 他の女からのチョコなんか受け取ってへらへらして!!」
 肩に触れようとしたサイの手を振り払い、廊下のど真ん中で彼女は思いっきり喚き散らす。
 そこが新聞部の部室前だとか、今が昼休みで廊下に出ている人も多いとか、そんなことは
 どうでも良かった。

 ムカムカ、イライラ、
 らしくないと言われたって、相手がサイなら仕方ないじゃない。

 だって、大好きなんだもの。
 だからもっと嫌いなの。


「モテるサイなんてだいっ嫌い―――!!」




「ッ 何で笑うのよ!?」
 フレイの啖呵に呆気に取られていたサイが、一瞬遅れてその言葉の意味を理解すると、途
 端 笑い出した。
 感動される覚えはあっても笑われる覚えはないわと真っ赤になって怒るけれど、サイは全
 く動じない。
「いや、愛されてるなと思って。」
「ッッ!?」
 臆面もなくそんなことを言う彼にフレイは二の句も継げず、真っ赤な顔のままで口をパク
 パクするばかり。
 天邪鬼もツンデレも完全に引っ込んでしまった。

「まさかフレイにヤキモチやかれるなんて思わなかった。いつも妬くばかりだったから。」
 ふと翳りを落とした表情には僅かに苦味を帯びた笑みを浮かべて。
 今度は触れても拒絶されなかったサイは、何も持っていない方の手で彼女の右手を掬い取
 る。

「俺から君に。」
 ずっと隠したままだったもう一方の手に握られていたものに、フレイは目を瞬かせた。
 それは、彼女の髪と同じくらい色鮮やかな赤いバラ。
「え……?」
 何を言われたのか分からなかった。
 呆然と見つめるだけの彼女の手に彼はバラをそっと握らせる。
「他の誰にもあげない。―――誰よりも特別な、君のためだけに。」
「〜〜〜っ」

 彼からのバレンタインの逆告白。
 彼に向かって体当たりに抱きついた、その行動が彼への無言の返事。








「―――待って。」
 新聞部員を目敏く見つけたキラは、逃げようとする相手の首根っこをがっしり掴む。
 ここで会ったが百年目、事実は伝えてもらわなければ。
「記事、書き直してくれるよね?」
「…ハイ。」
 代わりのネタがサイとフレイならば書き直しても問題はないはず。 
 相手にとっても損はないのだから。

「あ。それと、ちょっと協力して欲しいんだけど。」

 たった今思いついた面白いこと。
 1人では難しいから、ついでに巻き込んでしまおう。
 もちろん嫌とは言わせない。言わないだろうけど。


 彼から了承を得て、次いで携帯を手に取る。
 そして連絡する先は、こんな時 誰より頼りになる人。
 まず驚いて呆れて小言が1つ2つ、そして最後は手伝ってくれるはず。

「あ、アスラン? 手伝って欲しいことがあるんだ。」




























 昼休みも後半。
 前庭の噴水の前に赤いバラで埋め尽くされた台車が置かれた。
 その前には大きな花束を持つキラとアスランがいて。

 やたらと目立つ空間に人が集まってくるのには、そんなに時間はかからなかった。


「今年は男性から女性にプレゼントするのはどうですか?」

「女性がチョコなら、男性は花で告白をしませんか?」

 集まってくる生徒達の中には1枚の紙切れを持っている者もいる。
『バレンタイン突発企画』と銘打ったそのチラシは新聞部が配っているものだ。

 バレンタインは本来どちらから贈っても良いもの。
 サイのおかげで宣伝効果もばっちりだ。

 せっかく思いついたし、やろうと思ったら今年しかできないし。
 そう思って、新聞部とアスランを巻き込んだ。




「おっもしろいことやってんなー」
 人だかりを越えてやって来たのは、サイと同じく前生徒会 書記会計のディアッカ。
 その後ろには、彼に連れて来られたのか、イザークが不機嫌な顔でそっぽを向いて立って
 いた。
「ディアッカもどう?」
「そうだな。8本もらおうか。」
 キラの誘いにちょっとだけ考えた彼は、複数本を指定する。
 花束にするというのも考えられたけれど、キラはその中途半端な数字に覚えがあった。
「…写真部?」
 確か女子部員の数がそのくらいの数だったはず。
 写真部に所属しているわけでもないけれど、彼は昔からそこによく出入りしていた。
 ただ、"今"はお目当てがあるからだけれど。
「みんなと一緒なら受け取ってくれるかもしれないだろ?」
 今の彼の想い人は、キラもよく知る少女。
 何かを望んでいるわけではないと彼は言うけれど、だからこそ本意が推し量りにくくて。
「ちょっと複雑、かな。」
 彼女には恋人がいて、その彼ともキラは仲が良くて。
 このまま続いて欲しいけれど、ディアッカが振られるのも見たくない。
 誰かが幸せになれば誰かが不幸せになる。難しい。

「ほら、お前も1本。」
 自分の分を受け取りながら、ディアッカはキラが持つ束からも1本抜き出し そのままイ
 ザークに渡す。
「な、何故俺がッ!!?」
 驚いて突き返そうとしても、ディアッカはそれを受け取ろうとはしなかった。
 さらにはからかうようにニヤニヤ笑って。
「シホも喜ぶぜ?」
「っっ!?」
 その名前を聞いた途端に彼の顔が真っ赤に染まる。
 本人は隠しているつもりなのだろうけれど、キラから見てもアスランから見てもバレバレ
 だ。
 それは彼女の方も同じで、何故付き合っていないのかが謎なくらい。

「…告白じゃなくて、日頃の感謝の気持ちでも良いんですよ。」
 このままだと固まってしまったまま倒れてしまうと思ったキラが助け舟を出す。
「自分の気持ちを伝えることが"バレンタイン"なんです。」
 そんな風ににっこりと笑って言われると、さすがのイザークも受け取らざるを得なくて。
 無言で見つめる彼の葛藤を知って、キラとディアッカは顔を見合わせて笑った。









「…お前ら 何やってんだ?」
 カガリ達も騒ぎを聞きつけてやって来たらしく、2人の様子を見ると呆れた顔になる。
 イザークに言った言葉が聞いたのか、持って行く男子生徒が増えているのもそれに拍車を
 かけた。

 赤いバラとキラとアスラン。それが似合う辺りがまた問題だと思う。

 そんな風に思われていると分かっているのかいないのか、キラとアスランは互いに目配せ
 して台車の後ろに回りこんだ。


「―――これはカガリに。」
 まずアスランが、今まで持っていたバラの束の代わりに何かを持ってカガリの前に来る。
「?」
「俺からのバレンタイン。」
 そうしてオレンジとイエローの不織布で包まれた花束を渡されて、思いっきり驚いた。

 紅いビロードの、腕いっぱいの花束。

 初めての経験にカガリは何度も目を瞬かせる。
「…要らなかったか?」
「え!? いや、そういうわけじゃなくて…っ!」
 反応がないことを誤解したアスランにそんな風に言われて慌てた。
「嫌じゃない! ただ驚いただけだから…ッ …………その、…ありが とう、、」
 直接は見れなかったから花に目を落としたまま呟くように言う。
 でも、アスランが微笑ったのはなんとなく分かって。
 恥ずかしくて、顔と同じ色の花束に頭まで埋めた。




 微笑ましいやり取りを笑顔で見つめていたキラが、今度は自分の番だと、ピンクのリボン
 が結んである1本をラクスの前に差し出す。
「愛する君に。」
 今も部屋を満たすものと同じ、特有の甘い香り。
 この状況にも既視感を感じたラクスは受け取ってクスリと笑った。

「…私の部屋はバラで溢れますわね。」
 去年の誕生日はグラデーションのバラだった。
 そして今年はラクスの瞳と同じ色の青いバラの大きな花束。50本は優にあったそれは、
 まだ枯れずに部屋に飾ってある。
 1本なのはそれを配慮してのこともあるのだろう。
 けれどその分、花びらは今までのものより大ぶりだ。
「色は愛の深さ、数は思い続けた年月の証。これは…愛の大きさ、かな?」
 おどけた調子でラクスを笑わせたキラだったけれど、ラクスと目が合うと ふと笑顔を消
 した。
「…フレイの件は別にしても、僕の過去は君に不快感を与えることがあるかもしれない。」
「! そ、」
 そんなことはないと反論しようとした彼女を、キラは人差し指を唇に押し当て制する。
「うん。でも、これだけは覚えていて。」

 ―――それは、ラクスだけに見せる特別なカオ。
 彼女でさえも見惚れて固まってしまうほどの、どこまでも透明で穢れを知らない綺麗な笑
 顔だった。

「今も昔も、僕はラクスだけが好きだよ。それだけは疑わないでね。」
 アレを見て、どう疑えというのだろう。
 不安も何もかもすっかり吹き飛んでしまっている。

「私も、ずっと… 貴方だけが好きですわ。」
 お返しに と、ラクスもそれに笑顔で答えた。









「さあ、今のが例だ。恋人がいる奴もいない奴も当たって砕けてこい!!」
 いつの間にかディアッカが取り仕切ってバラを配っている。
 
「「「「!!?」」」」
 注目を浴びていることにようやく気づいたキラ達も我に返って恥ずかしくなった。
 けれど、またこれも宣伝効果になったらしく、人はだんだん増えていく。





 そしてこの日、学校中がチョコとバラの甘い香りに包まれたのだった。






 ―――2/14、男にとっても、その日は聖戦。




    ))END((

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思いっきりサイフレじゃないですか!!
と思ったので、無理矢理キララク(&アスカガ)も入れました。
最後のネタはこんなイベントで生徒会が何もしないはずはない!と思って追加です。
さらに、「想い色の花束」と微妙にリンク(笑)
※しかし矛盾が生じたので追加しました。この時のキラ達は17歳でしたね…(汗)
  さらにディアッカが副会長になっちゃってますよ! 正しくは書記会計です。

何故かディアッカとイザークの恋バナまで出てきてちょっと驚きました。
ディアッカの想い人は当然あの方です。しかしKINGDOMにはトールがいるので片思いですね。



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