緑の森に夕陽は落ちる -09-




 離宮を訪れて数日間は、4人一緒に主に城の中で過ごしていた。
 ここは窮屈な王宮とは違って自由にのんびりとできる。
 帰りたくないとカガリがぼやき、他の3人もそれに笑って同意して。

 しかし、ラクスもカガリも最初の目的を忘れてはいなかった。





「あれ? カガリ、そんな格好でどこか行くの?」
 金の髪を後ろでまとめて縛り、ドレスではなくズボンをはいて。
 さらに白い手袋を手に持っていれば、どう見たって乗馬の格好にしか見えない。

「ラクスと遠乗りだ。」
「私、馬に乗るのは初めてですわ。」
 隣のラクスはさすがに外出用の動きやすいドレスだった。
 キラとアスランと一緒に育ったカガリが特殊なだけで、姫君としてはこれが普通なのだ
 けれど。
「…2人だけで?」
 2人ともなんだか楽しそうで、キラは少しばかりむっとする。
「ここだとお前らがいるじゃないか。」
「女性同士の話がしたいのですわ。」
 どうやら男性陣は置いてきぼりらしい。


「―――お前は俺に付き合え。」
 遅れて出てきたアスランがキラの肩を叩いて奥を指さした。
 部屋に来いということらしい。
「たまにはチェスの相手をしてもらうぞ。」
 ラクスが来るまでは避け続けていたから、最近は全然対戦していない。
 だから今日はとことん付き合ってもらうとアスランが言うと、キラは思いっきり渋い顔
 をした。
「えー!? アスラン 容赦ないん…ッ」
 言いかけたキラがはっとして慌てて口を噤む。
 こそっと周りを見ると、カガリもアスランも目を丸くしていた。


「すぐに戻りますわ。」
 1人 いつもと変わらなかったラクスがにこりと笑う。
 その笑顔の向こうに何かが見えたのは、キラが気にし過ぎている故の幻だろうか。

「わ、分かった…」
 まだ少し動揺していたが、キラは何とかそれだけ答えて出かける2人を見送った。













「今のキラならどうにかなるかもな。」
 ラクスのためにいつもよりスピードを落として馬を走らせながら、カガリは嬉しそうに
 言う。

 どんどん感情を見せてくれるようになったことがカガリは本当に嬉しかった。
 離宮に連れてきたことも良い方に作用している。
 見えてきた希望に期待が膨らんだ。

「…そのキラの友達というのはどんな方なのですか?」
 前に座るラクスがカガリを見上げて尋ねる。

 その人は夢見の森に住んでいるという。
 夢見の森は大陸の中央に位置し、オーブとザフトに跨る広大な森だ。
 人が住める環境とはあまり言えず、それだけでかなり変わり者だというのは分かるけれ
 ど。

「夢見の森の魔法使いは知っているか?」
「はい。血の誓約を授けた魔法使いの弟子の方ですわね。」
「そいつがキラの友達だ。」
「まあ。」
 意外な人脈だと思った。
 人と距離を置き夢見の森に住む魔法使いと、王城に住まうはずの王子が友人だとは。
 人というものはどこで繋がっているか分からない。





 話しているうちに2人を乗せた馬は森の中に入り、道と呼べるのか分からない狭い道を
 進む。
 森の中は木が生い茂るわりには暗くなく、木漏れ日に心が癒される気がした。

「道がありませんわ。」
「え?」
 ぷっつりと道が途切れ、目の前には光が消えた深い森。
 けれどカガリはラクスの言葉に不思議そうな顔をするだけで止まる気はないらしい。
 馬も全く気にせずに突っ切った。
「!」
 ぶつかる!と思った瞬間目をぎゅっと閉じる。
 けれど、その後に感じるべき痛みは一切なかった。


「―――着いた。」
 カガリのその言葉に、ラクスはそっと目を開ける。

 意外にそこはとても明るかった。
 その先には小屋のような小さな家が建っている。
 どうやらあれが例の魔法使いの家なのだろう。

 カガリが先に馬から下りて、ラクスの手を取り支えながら下ろす。
 そうして馬はその辺りに放して、2人は家の戸を叩いた。




「ニコル。」
 返事を待たずにカガリが戸を開けると、テーブルに座っていた少年が顔を上げる。
「…貴方がた姉弟には本当に結界の意味がありませんね。」

 苦笑いしつつ立ち上がる若草の髪の少年が"夢見の森の魔法使い"らしい。
 年の頃は自分達と同じくらい。
 黒いローブがそれらしいと言えばそうかもしれないが、ラクスが思い描いていたイメー
 ジとはだいぶ違っていて驚いた。


「今日はどういったご用件で?」
 何かあるとすぐに分かったのだろう。
 察しの良い少年は2人に席を勧めつつ、お茶の準備をしながら尋ねる。

「なあニコル、キラをフレイに会わせてやることはできないか?」
 ぴたりと、ポットを持つ彼の手が止まった。
「―――人を生き返らせることは禁忌だと知っている。…けど、それでも私はキラの解放
 を望む。」
 後ろを向いたニコルと彼女の視線が合う。
 何かを探るような視線と、それを真っ直ぐに受けて返す視線。
 無言のやりとりは数分続いた。


「…過去を見せることなら可能でしょう。」
 ニコルが先に口を開いた。
「僕もキラのことはどうにかしたいと思っていました。貴女がそれを願ってくれるのなら
 助かります。」
 1人ではどうにもならなかったのだとニコルは言う。
 キラが願えば話は別だが、キラはそれを望んではいなかったから。
「彼女の思いをキラに届けることならできます。それで良いですか?」
「ああ、それでいい。とにかくキラが自分を許せば。」

 カガリの願いはキラの解放。
 また以前のキラに戻ってほしい。
 それだけだ。

「…フレイも可哀想だ。こんなこと、彼女は望んでいなかった。キラが思っているよりフ
 レイはキラが好きだったんだ。」


「…っ」
 隣でそれを聞きながら、ラクスは胸の痛みを覚える。
「……?」
 その意味は自分でもよく分からない。
 何に痛みを感じたのか。


 まだ気づかない…いや、気づきたくなかったのかもしれない。
 彼女自身が傷つく結果にしかならないと分かっている、その1つの名が付く感情に。






















「2人はどこに行ったのかな?」
「さあ?」
 さして興味もなさそうにアスランは答え、黒のナイトを進めてポーンを落とす。
「アスランも聞いてないの?」
 会話をしながらも互いにチェスの手はゆるまない。
 キラはお返しにビショップをとった。
「あの2人がすることは俺にもよく分からない。だが、ラクスとならカガリも無茶はしな
 いだろう。」
「まあ、そうだけど―――…」


「「!?」」

 突然 窓から突風が吹き込み、2人の視界を覆う。
 カーテンに煽られ、盤上のチェスの駒がいくつか転がった。


「――――キラ。」
 聞き覚えのある声と共に室内に光の柱が現れる。
 光が消えるとそこには黒いローブを身にまとう少年が立っていた。

「あれ? ニコル?」
 呼んでもいないのにどうしてここに来るのかと。
 基本的に会いに行かなくては会えない珍しい友人の来訪にキラは首を傾げる。
 ニコルはその答えを告げる前に、音なくキラ達がいる窓際のテーブルへと足を進めた。


「姫君達の願いで来たんです。―――キラ、貴方のために。」
「え?」

 窓とは反対側の正規の入り口から、カガリとラクスが入ってくる。
 その格好は朝別れたときのままだ。


「貴方の婚約者の最後の言葉を貴方に届けましょう。」
「フレイの…?」
 キラの肩がビクリと震える。
 ニコルの視線を受けてアスランがチェス盤をどけると、彼はそこに鞠くらいの大きさの
 水晶玉を乗せた。

「聞いてあげてください。それが"彼女"の願いでもあるんですから。」




『―――キラ、』

 たとえるなら、気高く咲く赤いバラ。

 誤解を受けやすい人だったけれど、キラは彼女の優しさを知っていた。
 守りたくて守れなかった、大切な人。


 彼女の声は、今もまだ、キラの心を締め付けている……






    >>NEXT


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前回に引き続き、カガリとラクスが仲良しですね。
ですが決して百合ではないですよ!←当たり前だ
…いえでもカガリは男装似合うと思うんです。なのでつい趣味が…(苦笑)

今回ニコルが動きました。友人のためなら動きますこの人。
ニコルとキラが友人というのは、たぶん自分が最初に書いた小説の影響かなと。
アスランとは初対面ではないですが、あまり会話はありません。
カガリの方がキラを通じてよく会ってる感じです。
結界の云々はWeb拍手に書いた番外のネタですね。ハウメア様の加護のおかげです。

そして次回は過去回想です。
ちょっぴりキラフレっぽいかもしれません。



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