緑の森に夕陽は落ちる -08-
あの約束の日を境に、キラはラクスとも少しずつ打ち解けてきている。 そして4人はまるでずっと4人だったかのように仲を深めていた。 ―――けれど、キラの心はまだあの日に囚われたまま。 ふとした時に思い出して笑顔が消える。 その度にラクスは胸を痛めていた。 「何か良い方法はないのでしょうか…」 溜め息混じりのラクスの言葉に、カガリも一緒に考え込む。 今までいろいろ試してみたけれどどれも効果がなかった。 ラクスの存在と行動が初めてキラに少しの変化をもたらしたのだ。 それも進まない以上、次の手を考える必要がある。 しかし、その方法が… 「…アイツに相談してみるか。」 ポンとカガリの頭に1人の顔が浮かんだ。その言葉にラクスも興味を持つ。 「どなたですか?」 「キラの友達。他のことなら知らないが、キラのことなら協力してくれるだろ。」 夢見の森に住む、"時間に忘れられた"者。 キラとは身分など関係ない友人だ。 彼なら力になってくれると思う。 「ここからちょっと遠いんだけどさ。近くに離宮もあるから行けなくは…」 「私も行きますわ。」 彼女はそれを即座に言い出してカガリを驚かせた。 同時に困惑も生まれる。 「―――どうしてそこまでするんだ?」 関係ないと思えば良い。切り捨てても何の問題もないはずだ。 カガリが気にかけるのは双子の弟だから、アスランは幼馴染の親友だからだ。 カガリのためにここにいるラクスがキラのために何かをする義理はない。 可愛いものが好き、という軽い気持ちではないようにも見えた。 だからといって、何なのかと言われても、カガリにもはっきりと分からないけれど。 聞かれたラクスの方もどう答えたら良いものかと曖昧に笑んだ。 「どうしてでしょう? …ですけれど、私はキラの笑顔がみたいと。それだけを思っていま す。」 その意味を、まだラクスも分かりかねている。 だから今は心のままに行動するだけ。 答えは目的が達成された時に分かるのかもしれないと。そう思ったから。 「離宮に行くの?」 その日のお茶会でのカガリの提案を聞いて、その突然さにキラは思わず聞き返した。 王族専用の離宮はいくつかあるけれど、カガリが好んで行くのは1つしかない。 夢見の森の近くにある北の離宮。 そこは他の離宮と少し違っていて、過ごしやすいから好きだと言っていた。 でも昨日まで何も言ってなかったのに突然どうしたのかと。 「もうすぐあれが満開の時期だろ。ラクスに見せたくてさ。」 「あ… そっか。そういえば。」 すっかり忘れていたけれど、そういえばもうそんな季節だ。 カガリもキラもこの時期には毎年欠かさず訪れていた。…もちろん昨年も。 けれど今年はそんな余裕もなかった。だから忘れてしまっていたのだ。 「…僕も行きたいな。」 ぽつりとキラが言うと、カガリは表情を明るくする。 キラが自分から行動を起こそうとしたことが嬉しかったのかもしれない。 「じゃあみんなで行くか。アスランも行くだろ?」 どうやらキラと同じくアスランも何も言われてなかったらしい。 カガリがくるっと横を向くと、急に話を振られたアスランは数回瞬いてから手に持った カップを下ろす。 「そりゃまあ… 3人が行くのに俺だけ残っても仕方ないし。」 それでも特に動じた様子を見せないのは、彼の場合はこの提案を予測していたらしかっ た。 「じゃあ決定。」 軽いノリで決まった離宮への小旅行。 普通の王族なら準備で慌ただしくなるのだろうが、彼らの場合はいつものことで、周り もさっと準備をしてくれた。 さすがに護衛無しというわけにはいかなかったので、トダカ将軍が選んだ近衛を数人引 き連れて、4人は北の離宮へと出発したのだった。 ********* 「ようこそお出で下さいました。」 馬車から降りたカガリ達を、初老の男性が出迎える。 その後ろには使用人達がずらりと並び、深く頭を下げて待っていた。 「この離宮を管理してくれているチバだ。」 カガリが紹介すると、チバと呼ばれた男性は再びラクスに頭を下げる。 温和な笑顔がホッとするような人だと思った。 「ここには最低限の人間しか置いていない。その分気楽で私は好きなんだ。」 彼女の話によると後ろに並ぶ彼らだけでこの離宮で働いている者は全員らしい。 王宮に比べてもラクスの知る離宮の中でも、確かに人は少ないと思う。 「もちろん、十分お寛ぎいただけるように努力して参ります。」 彼のその言葉に偽りないことは、カガリがここを気に入っていることでも分かる。 「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。」 全員に向かって笑顔で言うと、彼らも笑顔での礼で応えてくれた。 「ところで、あれは?」 荷物が運ばれていくのを横目で見ながらカガリがチバに尋ねると、彼は意を得たと頷く。 「もうすぐ見頃でございます。しかしもう半分以上は咲いておりますから、早速行かれて みた方が良いかと。」 「ありがとう。じゃあ行くか。」 指示をしていたキラとアスランも呼んで、カガリはラクスの手を取った。 4人は庭園を通り過ぎ、さらに奥庭へと足を進める。 「…?」 薄紅色の何かが通り過ぎた気がしてラクスは首を傾げた。 気のせいかと思ったけれど、今度は風に乗って甘い香りが流れてくる。 "満開"と聞いてまさかと思ったのだけど。 「この先にあるんだ。」 ラクスに語りかけるカガリはとても楽しそうにしている。 彼女が指差した方へ足を踏み入れると、突然パッと視界が開けた。 風に舞う薄紅色。 頬を撫でて通り過ぎる柔らかな花弁。 「さく、ら…?」 呆然として呟きながら、ラクスはその光景が信じられないと思った。 今は初夏。本来ならもうすでに散って青い葉が茂っているはず。 けれど、この木は今薄紅色の花弁が綻び始め、風でゆらゆらとその色を散らしている。 「ラクスが来た時は王都の方はもう散ってたからな。こっちが咲くのを待ってたんだ。」 そう言って、悪戯が成功した子どものようにカガリが笑った。 「王都の桜も好きだけど、この桜のズレ加減が好きでさ。」 桜はオーブの国木。王都の街道沿いにも王宮にも桜の木はたくさんある。 けれど、ここまでずれて咲くのはこの木だけらしい。 マイペースに花を咲かせる一本の巨木。数日後には立派に咲き誇ることだろう。 時期外れの桜は狂い咲きとも言われるけれど、この木はそれが当然だとでも言いたげだ。 周りの青さの中でその桜の色は余計に目立つ。 世界の真ん中にいるような気分になる光景だった。 「…というかカガリ、ラクスに話してなかったのか。」 一緒に見上げながらアスランが呆れて言う。 「こういうのは秘密にしておくのが楽しいんじゃないか。」 答えるカガリは全く悪びれない。 いつものことだとアスランも諦めてそれ以上は言わなかった。 「…まあいいか。それで、今年もやるのか?」 「何をですか?」 「もちろん桜の下でお茶会だ。散る前にはやらないとな。」 この分だと数日後には満開だ。 その様子を想像してラクスの瞳が輝いた。 「それは楽しそうですわ。」 「…その前に、あれを解決してからな。」 カガリは3人から少し離れて桜を見つめるキラを見る。 その小さな呟きは、ラクスにだけ聞こえていた。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 数日遅れになりました。すみません…(汗) 新学期とはかくも忙しいものなのですね… 変だな、例年にない忙しさだ… そんなわけで、離宮編です。なるべくちゃっちゃと解決させたいところです。 いい加減キラもフレイを引きずりすぎですし、フレイも解放してあげたいですから。 今回はカガリが主導ですね。まあカガリお気に入りの離宮だから当たり前かなと。 カガリがラクスの手を取ってどうする。とツッコミ入れてみたりもしましたが(笑) えーと、ここで時系列整理。 フレイが死んだのが10月くらい、ラクスが来たのが半年後の4月。 この前バラが咲いていたので今は初夏ですね。双子の誕生日は過ぎてる感じです。