緑の森に夕陽は落ちる -07-
「あいつら…っっ」 変なところ息がぴったりの2人に苛立つ。 キラもこの前まであんなにラクスを警戒していたのに。 仲の良さをこういうところで発揮してもらわなくても良いと思う。 「―――良いのか?」 「何が?」 気まずくて何を言えば良いんだと迷っていたら、アスランから深刻な顔で聞かれた。 視線は2人が消えた方だけど、何かまずいことでもあっただろうか。 「噂は広まってるんだろう?」 「あー…」 噂と聞いて彼が言いたいことがカガリにも分かった。 しかし、分かったところでカガリも特に慌てはしない。 「ま、ラクスのことだ。分からないはずはないから、やるならわざとだろ。」 「知っていたのか。」 意外だという風にアスランが目を丸くした。 失礼だなと思ったけれど、カガリも父親から聞いていたから知っていただけのこと。 アスランが知らないと思っていても不思議はない。 「お父様がラクスを呼んだのは、彼女を見て学べと。姫としての立ち振る舞いよりも為政 者としての見本にしろとな。」 春の女神が誇るべきものはその容姿だけではない。 彼女は次代の王に相応しい力量を持つ聡明な女性だ。 その手腕はおそらく賢王と称されるオーブ現王に劣らない。 「キラも気づいてるんだろうな。」 「だからあれだけ警戒していたんだろう。」 キラは鈍くないから、何かを見透かし変えようとするラクスに危機感を持ったのだろう。 今警戒を解いているのは、キラが彼女を受け入れたからか。 「ラクスに全てを頼る気はないが…… これで良い方に変われば良いな。」 大事な弟を想い、カガリは2人が消えた方を見つめた。 「今以上に噂が立つね。」 周囲の視線を感じてキラが小声で耳打ちする。 傍から見れば、親密そうに内緒話でもしているかのように。 「泳がせますか?」 「そうだね。君さえ良ければ。」 …その内容は、甘さなど微塵もない会話なのだけれど。 答えに、女神の微笑みで彼女はキラに告げる。 「構いませんわ。それが貴方のためになるのなら。」 聡明で優秀な姫君は、 次代の女王に相応しい器の持ち主。 友人として接するならばとても頼もしく居心地が良い。 「では手始めにダンスでも?」 キラが戯けて手を差し出すと、彼女も微笑んでその手を取る。 曲はワルツ、いつの間にか誰かが踊り出して中央に輪ができていた。 「キラはダンスは好きですか?」 「人並みには。昔は嫌いだったんだけど、彼女が―――」 「殿下。」 輪に入る前に声をかけられてキラはふり返る。 「…アルスター侯爵。」 その名前を呟いた途端に、彼は僅かに苦しそうな顔をした。 そしてラクスはこの壮年の男性が誰なのかを悟る。 アルスター… それはキラが失った婚約者の家名だったから。 「お元気にされていますか。」 「最近はだいぶ良くなりました。殿下も以前よりは顔色がよろしいようですね。」 互いに相手を気遣う言葉なのにどこかぎこちない。 ちらりとこちらを伺った侯爵に礼をして、ラクスは少しだけ2人から離れた。 きっと侯爵にも噂は届いているだろう。 ならば、今だけはあまり傍にいない方が良い。 「キラ様はまだお辛いでしょうね…」 「侯爵様もまたお痩せになられたように見えるわ。」 後ろの方で貴婦人が2人、小声で噂話をしている。 聞くつもりはなかったのだけれど、キラの名前が聞こえたから耳に入ってしまった。 「養子に貰われた男の子は王都に向かう途中で行方不明、今度はたった1人の娘さんがあ んなことになって…」 「お可哀想に…」 悪意ではないのだけれど、2人にはあまり聞かせたくない話だ。 ラクスが黙って見つめると、気が付いた彼女達はそそくさとその場を去った。 幸いキラと侯爵に今の話は聞こえていなかったようだ。 ホッとして少し離れた場所から再びキラを見守る。 彼らの苦しみは彼らにしか分からない。 だからラクスは見ているだけだ。 「昨晩あの子が夢に出てきました。…幼いあの子が笑って私に花の冠をくれる夢でした。」 懐かしいものを思い出すように侯爵は遠い目をする。 その時だけは幸せそうに見えて、キラはさらに辛そうに顔を歪めた。 「…僕の中のフレイは何も言いません。いつも黙って僕を見ています。」 その横顔を見つめてラクスはズキリと胸が痛んだ。 許されていないのだとキラは思っている。 だから彼女は笑わないのだと。そう前に言っていた。 「キラ…」 そんなことはないのだと、ラクスが言ってもきっと伝わらない。 ラクスは彼女を知らないから。 どうしたら、キラは自分を許すのだろう。 ずっとそればかり考えていた。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ダンスまで入らなかったなー アルスター侯爵は予想外の登場です。 そしてラクスも今回は大人しめですね。 次回からは舞台が王宮の外に移ります。