緑の森に夕陽は落ちる -06-
「―――ところでラクスは国に帰らなくても良いの?」 すっかり日常になったお茶会でそれを口にしたのはキラだった。 彼女がオーブの王宮に来てだいぶ経つ。しかし彼女は全く帰ろうとする様子がなかった。 「どういうことですか?」 ラクスは逆にそう言われることが不思議だという風に聞き返してくる。 「アスランがうちに入り浸ってるのはいつものことだけど、"君"が他国に長期滞在するの は良いのかなって。」 アスランは第2王子だし、ザフトを継ぐのはイザークだと分かっているから特に問題はな い。 しかし彼女は国王の一人娘で、カガリと同じ世継ぎ姫だ。 こんなに長い間国を空けて良いのだろうかとキラは思って聞いたのだが。 「大丈夫ですわ。私にも仕事がありますから。」 大丈夫だとの言葉の通りにラクスはふんわりと微笑む。 「今度国王主催のパーティーがありますでしょう? 今回は私がお父様の名代で参加するの ですわ。」 アスランと同じですわね、と言って、彼女は一層笑みを深めた。 年に1度のオーブ国王主催のパーティーは、国内外の重鎮を集めての大規模なものだ。 オーブは4つの国の中で最も古い歴史を持ち、歴史上から見ればプラントとザフトにとっ ては父ともいえる国。 オムニもその背景を鑑みてオーブに対しては最大限の敬意を払って接している。 その為このパーティーには王の名代は必ず王族の誰か、もしくは宰相などの王に近しい者 が出席することになっていた。 ザフトはたいていがアスランで、プラントは宰相であるカナーバ公爵が今まで来ていたの だが。 彼も近年引退を示唆するほどの高齢で、その彼に代わり今年はラクスが出ることになった らしい。 オムニは国王の叔父が参加しているらしいがまだ会っていない。 中央に据えられた大きなシャンデリアがホールを明るく照らす。 金の漆喰を用いた壁面、天井には天使を描いた美しい絵画。 色とりどりの花が溢れんばかりに飾られ、貴婦人方のドレスも色鮮やかでさらに華やかさ を添えていた。 ラクスは薄い青の生地に藤色のリボンがアクセントのドレス。 髪は結い上げて白い花を飾っている。 隣のアスランはダークレッドに金糸の、こちらも正装だ。 双子は挨拶回りで忙しいようなので、戻ってくるまで仕方なく2人で待っていた。 「初めて来ましたけれど… 本当に大きなパーティーですわ。」 プラントならば王族の結婚でもない限りはこんな大きなものは開かれない。 これが毎年なのだと思うとかなりの驚きだ。 「ですが、ここならどんなロマンスが生まれてもおかしくありませんわね。」 「ロマンス、ですか…」 曖昧な顔をするアスランはあまりピンときていないようだった。 元々そういうことには疎い人だと知っているけれど、今回は彼にも関係ある話なのに。 「今のザフト王と王妃が出会われた場所なのでしょう?」 つまり、アスランの両親が出会ったのがこのパーティー。 2人はここで出会い、ひと目で恋に落ちたという。 政略結婚が多かった王族の中で、恋が実った王子様とお姫様の物語だ。 美しく幸せな恋物語としてわりと有名な話のはずなのだけど、当の息子が知らないなんて ことがあるのだろうか。 そう思ったら、アスランは苦笑いともいえない微妙な表情をしていた。 「…そういえばそういう話になってましたね。」 「あら、どこか違うのですか?」 ラクスが聞き返すと、アスランの方もあれ、という顔をする。 「シーゲル様から聞いておられませんか? あの方と父上が身分を隠してオーブに留学して いた時に、運命的に出会ったんだとか。」 アスランはそれを母親から聞いたという。 「それを話すときの母は、いつもとても幸せそうなんです。」 「まあ、詳しく教えてくださいな。」 そう言うラクスも年相応の女の子らしく目を輝かせていた。 今まで聞いていた話よりももっと面白そうだと興味を惹かれたのだ。 「え? あ、はい。確かあれは母上が…」 「―――遅くなってごめんね。アスラン、ラクス。」 ちょうど話し始めたところでキラとカガリが挨拶回りを終えてやってきた。 キラは深い青に銀糸の正装、その後ろのカガリは珍しく緑系ではなく暁色のドレスを纏っ ている。 そしていつものように仲良く繋がれた手を見てアスランが微笑った。 「今回も仲良しぶりを発揮してきたみたいだな。」 「もちろん。」 繋いだまま離そうとせずにキラも笑って返す。 こういった公的なパーティーでは2人はいつも一緒に行動していて、それぞれの派閥を近 寄らせないようにしていた。 最初こそ複雑な心境だったアスランも、見慣れた今では妬くのは諦めている。 「カガリ? どうした?」 アスランがどこか不機嫌な様子のカガリに気が付いて彼女の傍に寄った。 彼はカガリのことに関しては敏感に変化を感じ取るのだ。 アスランが触れようとする前にカガリは顔を上げてじろりと睨む。 「……美男美女でお似合いなんだと。」 「誰と誰が?」 「アスランとラクス。」 それだけ言ってふいっと顔を背けた。 「……え?」 彼女の言葉とその態度の意味をアスランは理解しようと考える。 ―――そうして至った答えに言葉を失くした。 「…アスラン。確かにうちのカガリは可愛いけど、ここで抱きしめたりしたら容赦なく殴 るから。」 目に見えて顔が緩んだアスランに、キラは呆れた様子で釘を刺す。 彼のことをクールでカッコいいと言う貴族の女性達に見せてやりたい。そう思えるくらい に。 「いや、珍しくて…」 カガリが妬いてくれるなんて滅多にない。 つい顔が緩んでしまうのは仕方のないことだ。 「嬉しいな…」 「!? お前な…っ」 怒鳴りそうになったカガリがアスランの表情を見て固まる。 感情を隠しもせずに笑う彼の顔が目の前にあって、途端に顔に熱が集まった。 「…邪魔者は向こうに行こうか。」 「そうですわね。」 キラとラクスの声に2人はハッとする。 しかし気が付いた時には彼らは笑顔で手を振って離れるところだった。 「ごゆっくりー」 「え、ちょ、ま…!?」 カガリの慌てる声も照れ隠しだと思われたのか、2人は本当に会場に消えてしまった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ちょっと長くなりすぎたので2つに分けます。 ここはヤキモチカガリが実は一番書きたかったのですが(笑) アスランの緩んだ顔、見てみたいです。