緑の森に夕陽は落ちる -04-




 ここ数日、キラは毎日1人で鍛錬を行っていた。
 本当はみんなに混じってやりたいところなのだが、場が落ち着かないとトダカ将軍に言わ
 れたからだ。
 僕のせいじゃないと言いたいが、原因の一端を担っているのは確かに自分だから承諾する
 しかなかった。

「…どうしていつもここに来ているの?」
 その原因は彼女の存在だ。
 今日もまた日陰に佇んでキラを見守っている姫君――― 隣国プラントからの客人 ラクス
 姫。
 彼女の訪問は あの1人稽古の日からずっと続いていた。


 春の女神と呼ばれる彼女は誰の目から見ても相当な美人だ。
 その彼女が毎日訪れるものだから、稽古場の誰も集中できなくなったのだ。
 それを重大な問題だと認識した将軍からそう苦言を呈されてしまったのも仕方がないと思
 う。

 それでキラだけ時間をずらしたら、やっぱり彼女はこちらについて来た。


「カガリさんとずっと一緒にいるとアスランが妬いてしまうのですわ。」
 キラの呆れにも似た問いかけに、くすりと笑って彼女は答える。
 確かにアスランならそれもあるかもしれないけれど。
「でも 君はカガリのために来ているんでしょう?」
 それなのに、毎日会っている気がするのは僕の気のせいだろうか。
「最初に申し上げました。私は貴方とも仲良くなりたいと。お忘れですか?」

 彼女の真意が分からない。
 何を目的に僕に近づいているのか。

 言葉の通りに受け取るには、キラの立場と警戒心が許さなかった。
 キラは王子だ。そして彼女はプラントの姫。
 城内の噂なんて信じていないけど、知らないわけでもない。
 はっきり言えば、不本意…というか 困るんだけど。


「どうぞ私のことは気になさらずに続けてください。」
 彼女はその言葉の通り、邪魔をするわけでもなくただ見守っている。
 日陰に立ってニコニコと笑って、ただキラを見つめていた。

 …なんか落ち着かない。

 最初はこれも集中力を鍛える訓練と思って無視していたけれど。
 試合形式ならともかく、ただ鍛錬しているだけのキラを見て面白いものなのだろうか。


「……見てるだけって面白い?」
 手を休めて再び尋ねる。
 できればカガリのところに戻って欲しいなぁと内心で思いながら。
「ええ、とても。」
「そう…」
 どうあってもここを去る気はないらしい。
 それ以上どう反論すれば良いのかも分からずに口を閉ざすしかなかった。
「物好きな人だね…」
 ギリギリ彼女に聞こえる程度にボソリと呟いて背を向ける。
 視界から追い出してしまえば気にならないかもしれないと思ったから。







「…見てみたいだけですわ。」
 少しだけ離れてしまった背中にラクスが呟く。
「え? 何か言った?」
 聞こえていないと思ったけれど、彼は振り返るとそう聞き返してきた。
 それに"いいえ"と首を振って、違う言葉を笑顔で告げる。
「それより、お昼になったらカガリさんの所へ行きましょう。」
「…え。」
 途端にものすごく渋い顔をされてしまった。

 姉君を嫌っているわけではないのに、彼は姉君と接することを何故か避けている。
 キラは王宮の外に住んでいるので、ここで捕まえないと会う機会を逃してしまうのだ。
 それを知っているから見に来ているのもあるのだけど。

「すでに4人分の準備をお願いしていますから。」
 断れない理由を作って 毎日こうして少し強引に誘う。
 そうすると彼は溜め息をついた後で、仕方ないという風に苦笑いを向けるのだ。
「…君には敵わないな。」
 迷惑そうにしていながらも、最後には了承してくれる。
 それは――― 姉君に会える理由があることに安心しているようにも見えた。



(見てみたいだけですわ…)
 さっきの言葉をもう一度心の中で呟く。
 
 彼が失くしてしまったもの――― いえ、隠してしまったものを。
 
 見てみたいのは心からの笑顔だけれど、この前のような小さな笑みでも良い。
 笑顔でなくてもどんな感情でも良いから、もっと見せて欲しかった。

 そしていつかは、また笑うようになって欲しい。
 私がまだ見たことのないそれを 見てみたいと思う。

(だって、きっと、可愛らしいのでしょうから…)


















「耳が早いな、女性というものは。」
 正直理解できないとカガリは呆れる。
 
 つい先程、アスランと自分の分のお茶の準備をしてもらった時のことだ。
 城内で広がりつつある"噂"について、3人寄ると姦しいという言葉をそのまま体現したよ
 うな侍女達が教えてくれた。
 相変わらずどこから仕入れてくるのか分からないが、彼女達の情報はカガリに届くより早
 い。

「それは俺が言うところだと思うんだが…」
 そんなアスランの呟きはあっさり無視する。
「さて、誰の仕業か。…なんて、考えなくても分かるか。」

 彼女達が教えてくれた 城内の"噂"
『プラントの姫は、王子の新しい婚約者として呼ばれているのではないか』
 そんな馬鹿げた噂だ。

 相変わらず勝手な真似をしてくれる。
 キラはおそらく知っているはずだ。いつも以上に避けているのはきっとそのせい。
 それでますますキラが王宮に寄り付かなくなったらどうしてくれる。
 そう思えば カガリの怒りの矛先はますます"彼ら"の方へ向いた。

「まだ懲りてないのか あいつらは。私が即位したら真っ先に飛ばしてやる。」
 憤りを隠しもせずにカガリは思い切り顔を顰めて毒づく。
 オムニほどではないが、うちのタヌキ達もなかなか厄介だ。お父様の苦労が伺える。
「不運だな。彼らはお前のためにと頑張っているのに。」
 皮肉を込めたアスランの言葉に、カガリも馬鹿にしたように鼻で笑った。
「自分のことしか考えていないような奴らが何の役に立つんだ。」

 今回の噂の出所は、たぶん"カガリ側"の人間だ。
 勝手に派閥を作って争っているおかしな奴ら。
 何をしてもキラは王にはならないし、カガリに彼らを重用する気なんてない。
 お父様が少しずつ実力主義に内政を整えていることにも気づかずに、古い利権に縋って自
 分の身を守ろうと必死だ。
 見ていて馬鹿じゃないかとしか思えない。

「息子達はそれなりに有能らしいが?」
「彼らがあの強欲な親を抑えつけられるようなら考えるさ。」
 それが無理なら切り捨てると、彼女は非情に言い放つ。

 ああもう全てが煩わしい。
 もっとまともな人材はいないのか。


「―――ああもう 考えててもキリ無いな。アスラン、お昼食べに行こう。」
 カガリが投げ出したのを笑いながら、アスランが時計を見るとちょうど良い時間だ。
 行くかと頷いて、2人して立ち上がる。
「そろそろラクスがキラを連れて行っているはずだ。」
「…キラも ラクスには勝てないみたいだな。」
 彼女のおかげで毎日キラと昼食が食べられることをカガリは嬉しく思っていた。
 アスランやカガリだと言い包められて逃げられることもあるので、正直言って彼女は強い
 味方だ。
「彼女に勝てる人間がいたら俺も見てみたいが。」
「まーな。」
 クスクス笑いながら、アスランが差し出した手を取る。

 そうして今日も楽しい昼食の時間を過ごせそうだと、今度は2人で笑った。






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 あんまし進んでないのは気のせいではないです。
 場面にデジャヴを感じるのもおそらく。
 どうしても書きたいところがあったので。
 キラの視点とラクスの視点を交互に書いてみました。まだ交わらない感じ。
 アスカガはいつも通り。
 タヌキの息子達は"彼ら"を想像しています。侍女はもちろんあの三人娘☆

 さらっと流してますが、キラは今も王宮の外で暮らしています。
 毎日王宮に来ているし、カガリと共有の部屋もあるけれど、泊まることはありません。
 2話でカガリが「会いに来ない」と文句を言っているのはそういうわけです。



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