緑の森に夕陽は落ちる -03-
「ったく、そんなに強くなってどうする気だか。」 今日もまたあそこへ行っていると聞いたカガリは心底呆れて1人でぼやく。 何をしたって彼女は戻ってこない。 そんなのキラだって分かってるはずなのに。 部屋の窓から見える庭園は今日も美しく花が咲き誇っている。 昔はよく遊んだりもした場所だ。 キラは男の割に 花にも蝶にも小鳥にも素直に「可愛い」と言って笑えるような奴だった。 けれど、今のキラに花は見えていない。美しいものも綺麗なものも 何も。 フレイを失ってから、キラが見ているものは力のみ。 「馬鹿キラ… こんなこと、フレイが望んでいると思うのか?」 「何をぶつぶつ言ってるんだ?」 「!?」 突然後ろからひょっこり顔を出され、カガリは心臓が飛び出るくらいビックリした。 頭ひとつ分高い身長、その端正な横顔。 宵闇色をした髪は濡れたように艶やかに光っている。 また供も付けずに1人で来たのか、乗馬用の軽装のままだった。 「何かあるのか?」 その彼は隣に立ってカガリと同じ方を見るが、そこにはいつもと変わらない風景があるだ け。 エメラルド色の瞳で視線を寄越されて、ようやくカガリは我に返った。 途端に表情を明るくする。 「アスラン! 早かったな。」 隣国ザフトの第2王子アスランは、血縁上はカガリの従兄弟に当たる。 アスランの母レノアはオーブ国王ウズミの実妹であり、ザフト王パトリックと大恋愛の末 にザフトに嫁いだ。 また、アスランが幼い頃は体の弱い彼女が療養の度に里帰りするのに付いて来ていた為、 キラと共に3人は兄弟のように一緒に育っている。 「今回は母上に薬を届けるだけだったから、あまり長居もしなかったんだ。」 今のレノアは里帰りをすることができない。オーブまでの長旅は逆に体の負担が大きいか らだ。 だがアスランは変わらずこうしてオーブに来ている。 薬を届けたならしばらくこちらに来る理由もないのだが、彼は1年の大半をオーブで過ご すのだ。 「…お前、国の方は良いのか?」 「父上は元気だし、イザークもいるから大丈夫だ。」 心配するカガリを余所に、第2王子は気楽だと彼は笑う。 「それにいずれはこっちに来るんだ。今から知っておいた方が何かと便利だろう?」 「…いや、まあ…… それは、そうだけどさ…」 あっさりそんなことを言ってのける彼にカガリが照れてしまった。 無意識なのは分かっているが。 正式な発表はまだされていないが、2人は親が決めた婚約者同士でもあるのだ。 けれど2人は確かに想い合っていて、強制では決してない。 『俺はカガリを支えたい。キラとカガリと、あの国を守りたい。』 それはずっとアスランが思っていたもの。 幼い頃からオーブで過ごすことも多かった彼にとっては、オーブも自分の国のようなもの だ。 国には兄がいることもあって、ならば自分はオーブを守ろうと思った。 「…ところでキラは稽古場か?」 「そ。今日も朝から篭りっきり。」 アスランが帰る前とまったく変わっていない状況に思わずため息が零れる。 昔みたいに不真面目でいられた方がまだ気楽だったかもしれない。 「……行ってくる。」 「頼む。」 キラを連れ戻すのもアスランの役割。 もう一度盛大に息を吐いて出て行く背中を見送って、彼女はふとあることに気がついた。 「―――そういえばラクスはどこに行ったんだ?」 今日は騎士達全員が城外に出払っているため、キラは一人で鍛錬していた。 その傍らでラクスはにこにこ笑ってそれを見ている。 見られて困るものではないけれど、どうも集中できない。 内心で溜め息をつくと 素振りを止めて汗を拭った。 「…君は誰の味方なの?」 今日の鍛錬はもう諦めて、キラはラクスがいる日陰に入る。 並んで立って尋ねるキラに、ラクスは首を傾げながら彼の方を見た。 「どういう意味ですか?」 「プラントの姫が僕に近づくのはおかしいでしょう? 厄介払いかな?」 軽い自嘲を込めて薄く笑う。 「貴方の目を私に向けさせている間にカガリさんを狙うのかもしれませんわね。」 「っ!?」 表情も変えずに切り替えした彼女にキラは息を詰まらせた。 青褪めた顔でラクスを凝視する。 それを見た彼女は今度はふんわりと笑った。 「大丈夫です。私を呼ばれたのは国王ですし、理由もカガリさんの友人としてというだけ ですわ。」 「そ、そう…」 動揺を知られたのが恥ずかしくて顔を逸らす。 殺したはずの感情が表に出てきて焦った。彼女といると調子が狂う。 「…けれど本当におかしな話ですわね。おふたりは誰よりも互いを大切に思ってらっしゃ るのに、周りはおふたりを敵にしようと考えている…おかしいとしか言えませんわ。」 「何でも良いんだよ。自分が富と権力を得られるなら。僕には王になる権利も、なる気す らないというのにね。」 煩いことこの上ない。 勝手に対立して勝手に争って。 その気もないのに王に推されても迷惑だ。 「カガリさんが王位第一継承者なのは姉君だからですか?」 同じ日に生まれた御子ならば、普通は男子が王位継承順位が高いものだが。 彼女の素朴な疑問に答えてキラは首を振った。 「違うよ。―――ハウメア様のお告げなんだ。僕らが生まれて10日目の朝に、父王の前に ハウメア様が現れて、王になるのは彼女の方だと告げたそうだよ。」 かつてこの地に降り立った神にして、オーブの初代王であるハウメア。 今なおこの国を見守り、王達に時折声を授けるのだという。 神の加護はオーブの王族が受けるものだが、その中でも声を聞けるのは王位に就く資格が ある者だけ。 カガリは「いつも言いたいことだけ言って去るんだ」とブツブツ文句を言っていた。 ―――その神の声のことでキラには秘密があるが、それはキラの他に王とニコルしか知ら ない。そしてこれからも誰にも言う気はない。 話す2人のいる場所へ誰かが走ってくる足音がする。 そちらに視線を投げて、見知った顔にキラは軽く手を振った。 「キラ!」 それに気づいた彼はさらに足を早めてキラの所へ辿り着く。 「お前 またこんな所にいて―――ラクス!?」 その隣にいた少女を見て、驚いて彼は声を上げた。 名前を呼ばれた彼女はその彼にニッコリと笑ってみせる。 「あら、アスラン。お久しぶりですわね。」 「ラクスも一緒だったのか。」 3人でカガリの部屋に戻ると、ラクスを探していたらしい彼女は安心した顔を見せる。 窓際のテーブルにはお茶の用意が4人分してあった。 アスランがキラを連れ戻してきたら、ラクスも呼んでみんなでティータイムする気だった らしい。 途端顔を顰めて回れ右をしようとしたキラを捕まえて、カガリは無理矢理1番最初に座ら せた。 「来てるなんて聞いてなかったから驚いた。」 「私もですわ。本当にずっとこちらにいらっしゃるのですね。」 促されて席に座りながらアスランとラクスが親しげに話す様子にカガリは首を傾げる。 2人が知り合いだなんて聞いたことがなかったからだ。 「? あ、パトリック様とシーゲル様はご学友だったんだっけ。」 ザフト王パトリックとプラント王シーゲルは、身分を隠してオーブに留学していた時期が あった。 その時に知り合ったという話をレノア様に聞いたことがある。 「ええ。アスランはよくパトリック様とこちらにいらしていました。会う度に最愛の姫君 のお話をしてくださいましたわ。」 だからずっと会ってみたかったのです、と。ラクスがカガリの方を見て笑顔で言う。 「ラクス!」 焦るアスランの隣でカガリは顔が熱くなるのを感じていた。 春の女神の化身とも呼ばれる絶世の美姫の前で、恋人の惚気話を。 (は、恥ずかしすぎる…っ) 「…お前 誰にでも話してるのか?」 「まさか。ラクス以外はイザーク達くらいだ。」 大真面目にきっぱり言うと、カガリの肩がわなわな震える。 「十分だっ!!」 大音量でカガリが怒鳴って、アスランが慌てて謝って。 それにキラが小さく笑っていたことにラクスだけが気づいていた。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- …サブタイはアスカガですが、内容的にはキララク中心になるのかな?(いや、それ聞かれても) アスカガは前回あまりなかったラブラブっぷりをありったけ書くつもりです(笑) てゆーか、アスランはここが初登場ですね。気づかなかった。あれー? あ、忘れてたわけじゃないですよ! タイトルにもなってるわけですし! んー なんだろう? 今回文章が繋がってない感じがします… 文字制限ギリギリだから焦ったんですかね?