緑の森に夕陽は落ちる -02-




 剣と剣がぶつかり合う音、男達の熱い声。

 たとえ平和な時代であっても、国を守る者達が訓練を怠ることはない。
 東大陸のアーモリーも今は大人しいがいつまた攻撃を仕掛けてくるか分からない。
 そうなれば、ザフトに増援を送ることもあるのだ。

 "いつ 何事があっても良いように。"
 そのため、騎士達の訓練は常にどこよりの厳しく在らねばならなかった。



 ―――そんな中、彼らに混じってキラも同じメニューをこなしていた。

 公務の関係上毎日参加することはできないが、参加したからといって特別扱いはされてい
 ない。
 そうキラが頼んだからだ。
 "ここにいる以上は身分も立場も関係なく、ただ己を高める為に鍛錬を行うのみ" と。

 そんなキラの姿勢もあってか、彼らのキラと王家への評価は高かった。




「殿下に負けるなー!」
「キラ様ーッ やっちゃってください!!」

 鍛錬の中でも1番盛り上がるのが模擬試合だ。
 方々から飛ぶ野次と歓声に応えるように、ぶつかり合うスピードが増す。


「―――ハッ!」
 重い音を立てて片方の剣が叩き落される。
 痺れた手に一瞬気を取られた相手の隙をキラは見逃さなかった。
 一気に間合いを詰めたキラの剣先が、相手のクビにピタリと当てられる。

「そこまで!」

 審判役の壮年の男性が声を上げると、周りからはワッと歓声が上がった。




 すぐに次の試合が始まり、みんなの関心もそちらに移る。
 キラはその列には加わらず、一人柱に凭れかかった。

「日に日に腕を上げられますね。」
 離れた場所から試合を見ていたキラの隣に、さっきの試合で審判をしていた男性が並ぶ。
 試合に目を向けたままの賛辞に、キラは苦笑いで答えた。
「―――トダカ将軍。それはみんなに鍛えてもらったおかげだよ。」
 最初にキラの要求通りに手加減なしに指導をしたのが彼だ。
 そして、純粋なオーブの型ではないキラの剣を無理矢理直すこともせず、その力を伸ばし
 てくれたのも。
「しかし貴方の実力は貴方自身のものです。我が国にはもうキラ様に敵う者はもうおりま
 せん。」
 それはちょっと大げさじゃないかなぁとキラは笑った。
「でもアスランとはまだ互角だよ。」
「あの方もお強いですから。」
 彼がお世辞を言っているわけではないのは分かる。
 我が子のように可愛がってはくれるけれど、実力を認めなければ彼は褒めない。

 でもまだだ。キラはまだ満足していない。
 もっと強くなければ、この国を守ることはできない。

 フレイを失ってからずっと力を求めていた。
 今の力では誰も守れないから。



「キラ様。」
 門番を務めていた兵が駆け寄ってきてキラに耳打ちする。
 その内容の意外さに、キラは軽く目を見張った。
「…え、カガリが?」
 双子の姉姫がここへ来ていると。そしてキラに会わせろと言っているという。
 ならば門まで迎えに行こうと背中を浮かせたところで、「もうすぐこちらに来られます」と
 兵は戸惑いを含んだ表情で答えた。







 彼女の姿が見えると試合は一時中断となり、場がざわざわと騒がしくなる。
 カガリがここに来るなんて滅多にないことだ。彼らが浮き足立つのも仕方がない。
 彼女は次代の王であり、彼らがいずれ忠誠を誓う者。
 それにキラと違い、ほとんどその姿を近くで見ることなど叶わない存在だ。
 しかし彼らの動揺は"彼女"だけでなく、そのさらに後ろの人物も理由の一つだった。


「どうしたの?」
 こんな所まで珍しいとキラが出迎えると、彼女は琥珀の瞳でじろりと睨む。

 力強い光を帯びた瞳、太陽のように輝く金の髪。
 ライトグリーンのドレスはシンプルだが、その分動きやすいのだとキラは知っている。
 姫君に動きやすい必要性はあるのかという見方もあるのかもしれない。
 それでもそれは彼女が世継ぎであると自覚している証明でもあったからキラは好ましく感
 じていた。

「放っておくと私のところまで来ないからな お前。だからこっちから会いに来たまでだ。」
 時に大人をも怯ませる彼女の気迫は次代を担うには十分な素質を持っている。
 同じ顔でも受ける印象が全く違う。キラにこんな表情はできない。
「何か急ぎの用なの?」
「ああ。キラにも紹介したいと思って連れて来た。―――隣国プラントのラクス姫だ。」
 カガリに促されてキラの前に進み出た姫君に、キラは不覚にも言葉を失った。

 "春の女神"、プラントの姫君のことを誰かがそう言っていた気がする。
 それがただの噂ではないのだと確信してしまった。

 透き通るような白い肌、桜色の唇、深い海の色の瞳、そして波打つ春色の髪。
 指先まで細くしなやかで、整ったパーツは頭から足先まで全て完璧だ。
 等身大のお人形が魔法か何かで動かされているのだろう、そんな風に思ってしまうほど。

「キラ?」
 黙ってしまったキラを訝しがってカガリが顔を覗き込んでくる。
 それで我に返ったキラは軽く礼をとった。
「はじめまして。お噂通りの美しい方ですね。」
 外向きの笑顔を貼り付けて、それから彼女の手に口付ける。
 それを彼女は少しも動じることなく、春風のようにふんわりと微笑んで受け取った。
「はじめまして、キラ様。本当にカガリ様によく似ておられますわね。」

 その時思った。これ以上近づいては駄目だと。
 彼女はきっと何かを変える。それは確信にも似た予感だ。

「…性格はあまり似ていませんけどね、では僕はこれで。」
 用は済んだとばかりにキラはさっさと背を向けてしまう。
 彼女の目には突然態度が変わったように見えたかもしれない。
 でもどう思われようとそんなことはどうでも良かった。
「こらっ 待てキラ!!」
 カガリの静止すらも無視して去ろうとする。
 早くこの場から離れなくてはと思った。

「―――キラ様。」

 けれど、その隣の姫君の声には逆らってはいけないと思って、仕方なくふり返る。
 彼女に向けるキラの表情はあまり良くない。
 けれどそれに気づかないふりなのか、意に介さず彼女は笑顔を向けた。
「私は貴方ともお友達になりたいですわ。」
「…そう。」
 そっけなく答えて、今度こそキラはその場を去る。
 キラの背中は いつの間にかいつもの空気に戻っていた鍛錬場の中に溶け込んで消えた。




「すまない。キラの奴 フレイが死んでからずっとあの調子なんだ。」
 ラクスを見たとき珍しく感情を見せたから、今度こそと思ったのだけど。
 落胆するカガリの肩に触れて、ラクスは慈愛の笑みを見せる。
「仕方ありませんわ。あの方は大事な方を失くされたのですから。」

 頑なに閉ざされた心。
 作り物でしかない笑顔。

 以前聞いた彼と違いすぎていたのは、それだけ彼女の死が辛かったから。

「私も、あの方の笑顔を見てみたいですわ。」


 ―――心からの、全てがあたたかくなるような、やわらかい笑顔を。





    >>NEXT


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何が私の手を止めていたのだろうと思えば、たぶんエネルギーが切れていたんだと思います。
狼陛下とGWで萌えも充電して(SEEDじゃないのか)、書き始めればあっさり書きあがりました。
カガリやラクスの描写はかなり楽しんで書いています。キラまで見惚れるその美貌!のラクス様☆
我に返っちゃったら素っ気無くなりましたけど。キラの感情を一瞬でも動かしたラクス様のこれからに期待。
いえ、過去編なのでラストは分かってますけどね。そこまでにいたる経緯を…

ちなみに、最後の「あたたかい」と「やわらかい」はわざとひらがなです。
漢字だとどこか硬くなるのでよく使います☆



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