緑の森に夕陽は落ちる -01-




 半年前。

 その日、紅葉が見たいわと突然言い出したフレイと キラは一緒に森にでかけた。
 彼女が思いつきで行動するのはいつものことだし、その裏にはいつも彼女なりの気遣いが
 含まれているのをキラは知っていた。
 だから、いつものように反対しなかったのだ。

 ―――それで彼女を失うことになるなんて、思いもしなかったから。




 紅葉は彼女の言った通り息を呑むほど美しくて。
 言葉を失くして見入るキラを見て、彼女は満足そうに笑っていた。


 周りは彼女を我が儘だと言う。
 けれど、その我が儘にはキラにしか分からない気遣いがあった。
 今日外に連れ出したのも、息が詰まる場所からキラを逃がそうとしてくれたのだろう。

 分かりにくい優しさを自分だけが知っている。
 でもそれで良いと思っていた。

 ―――彼女はずっと自分が守っていくから。

 これが恋なのかはまだ分からないけれど。
 彼女と描く未来を疑う気持ちは全くなかった。




「あの場所は誰に聞いたの?」
 帰り道の馬車の中、並んで座って寄り添うフレイに尋ねる。
 すると彼女は肩に預けていた頭を上げ、ふふっと得意げに微笑んだ。
「この前のサロンで、アンナ姫から―――」

 ガタンッ

「きゃっ」
「フレイ!」
 馬車が突然止まった衝撃で倒れこんだ彼女を咄嗟に支える。
 近づいてくる複数の馬の蹄の音、御者が声を荒らげて何かを叫んでいた。
 しかしすぐに大人しくなる。前の小窓から御者の姿が消えていた。

「なに?」
 困惑した彼女を抱いたままキラは外を窺う。
「―――!?」
 そしてそのまま息を詰めた。

 キラ達の馬車は大勢の男達に囲まれていたのだ。
(盗賊…か)
 声に出せば彼女を怖がらせてしまうから心の中で呟く。
 腕の中の彼女は不安そうにこちらを見上げていたから、大丈夫だよと微笑んで見せた。

 …実際はどうしようもないほど緊迫した状況だ。
 馬車はフレイのものだったし、急なこともあって護衛も付けずに来ている。
 自分の微妙な立場をちゃんと理解していたつもりだったのにすっかり油断していた。
 己の軽率さに舌打つ。



「ここから出ないで。君は必ず守るから。」
「キラ!?」
 驚いて止めるフレイを馬車に残して外に出る。

 キラの姿を見た男達の目の色が変わったのが分かった。
 殺気立つ男達を見て、やっぱり と確信する。

「…目的は金品じゃないみたいだね。」
 腰に佩いた剣を抜く。
 剣先を相手に向けると、一歩前に出た男がにやりと笑った。

「鋭いな。欲しいのはお前の命だよ、王子様。」





(あと何人…!?)
 次々と襲いかかってくる賊達を切り捨てながら視線を巡らせる。
 1人1人はそんなに強くない。問題はその数だ。
 キラ1人に相手は多数で、体力がいつまで持つかも分からなかった。
 さらに、キラがいくら強いといっても守りながらの戦いでは不利。
 今のところ全部をこちらに引き付けているから良いものの、人質に取られてしまえばなす
 術はない。

「余所見すんなよ!」
「ッ …!!」
 不意をつかれた隙に肩を切られて膝をつく。
 それでも容赦なく襲ってくる刃は感覚で受け止めなんとか退けた。

 血が引いていく感覚がする。
 立ち上がろうとすると眩暈がしたが構っていられない。
 体勢を立て直そうと間合いを取って後ろへ飛んだ。


 どくりと脈打つ度に傷口から血が流れる。
 痛みを通り越して感覚を失った片腕は完全に使い物にならない。
 剣を構えなおそうとして、右手薬指のアメジストの指輪が目に入った。
 "血の誓約"の証、双子の姉とお揃いの指輪だ。

(AAを… いや、ダメだ。)
 一瞬過ぎった考えをすぐに思い直す。

 ハルバートン前座長が亡くなってまだ一月。
 そんな中で精神状態が不安定なマリューは呼べないし、バルトフェルドもまだ傷が完治し
 ていない。
 他のメンバーも負傷者ばかり。
 年若いサイやミリアリアは儀式を終えていない。
 今ここに「呼べる」者がいなかった。


「キラ!」
 堪らなくなって馬車から降りたフレイがキラに駆け寄ろうとする。
「来ちゃダメだ! フレイ!!」
 普段キラが声を荒らげることはない。フレイの前なら尚更。
 いつになく厳しい声にびくりと彼女は足を止めた。
「大丈夫だから。だから君は中にいて。」
 剣を交えつつ、キラは彼女から少しずつ離れる。

 ダメだ。彼女だけは。
 彼女だけは守らなくては。

 そのためにもこれ以上長引かせるわけにはいかない。
 終わらせるための最善の方法は―――… 次の瞬間、キラは標的を変えた。



 ガキィ―――ン!

 向かってきた相手を踏み台に利用して高く飛び上がったキラは、頭と思われる男に渾身の
 力で剣を振り下ろす。
 距離があり過ぎたために受け止められてしまったが、地に足を付けると間髪入れずに踏み
 出して今度は下からすくい上げた。
「!」
 2つの剣が何度もぶつかり合う。
 その様は他の者が手を出す隙もないほど早かった。
 しかし片手では軽すぎて、決定的な一撃が決まらない。
「彼女を巻き込むな。」
 キラの瞳には怪我を感じさせないような強い意思が見えるが、相手は余裕の笑みすら浮か
 べていた。
「そのつもりだ。あの姫には生きて証言してもらわなければならない。王子は賊に襲われ
 て命を落とした、とな。」
 すばやく持ち替えた剣の柄で肩を力任せに叩かれる。
「っっ!?」
 思い切り怪我を狙った攻撃にキラは一瞬意識を持っていかれた。
 ギリギリで足を踏みしめ倒れることはなかったが、がくりと折れた膝はそれ以上動こうと
 しない。
「終わりだ!」

「キラ…ッ!!」
 フレイの声は思ったより近くで聞こえた。


 キラの視界が何かに遮られる。
 やわらかく風に流れる薄桃色の"何か"。

 その先にバラの花びらが舞った。――――ように見えた。


「しまった…」
 男が舌打つ声が聞こえる。
 自分と男の間に彼女が割り込んできたのだと、その時に気がついた。

「フレ、イ……?」
 倒れこむ彼女を抱きとめる。
 花びらに見えたのは、彼女の紅い髪と鮮やかなほど赤い血だった。

(どうして…?)
 頭の中が真っ白で何も考えられない。
 どうして、彼女が"ここ"にいるのだろうか。
 どうして、彼女のドレスが血に染まっているのだろう…

 彼女は震える指先でキラの頬に触れる。
 澄んだ灰青色の瞳が細められ、眩しそうにキラを見た。

「キ、ラ… ごめ、ね……なか、――――…」
 声は掠れて言葉にならない。
 静かに目を閉じた彼女の頬を一筋の涙が流れて、力を失った手がことりと地面に落ちた。


「…フレイ?」
 呼びかけても返事は返ってこない。
 急速に熱を失っていく彼女の身体、キラの腕にかかる重みが増す。
「――――――……」
 腕の中で息絶えた少女を前にキラの中で何かが切れた。

 心の奥底で何かが弾けた気がした。










「キラ様! ―――!?」
 戻ってこないことを心配したカガリの命を受けて兵が駆けつけた時、キラはただ一人血塗
 れで佇んでいた。
 彼自身の血なのか相手の返り血なのか。
 彼の足元には動かなくなった死体がいくつも転がっている。
 夢に見そうな惨状に兵達は言葉を失くし 立ち止まってしまった。

 彼らが来たことにもキラは気づいていない様子で、剣を捨てふらふらとフレイの元へ歩い
 ていく。
 膝をついて青白い頬に触れる。


 灰青色の瞳が開かれることはもうない。
 笑いかけてくれることもない。

『キラ』

 さっきまで笑っていたのに。
 呼ぶ声はまだ耳に残っているのに。


 動かなくなった彼女の体をかき抱いて泣き叫ぶ。

「フレイ――――ッ!!」










  ********










「キラ! 良かった…」
 泣きそうな顔で覗き込んでいたカガリが、目が合った瞬間ホッとした顔をする。
 すぐに顔を上げた彼女は控えていた侍女に医師を呼ぶように指示をしてからまたキラの方
 に向き直った。
「ぼく、は…?」
「傷が深くてずっと眠り続けてたんだよ、お前。」
 ああそういえばと思って傷を負った肩を動かそうとしたけれどやっぱり動かない。
 この痛みが本物なら、あれも夢じゃないのだろう。

 …あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

「かのじょ…フレイ、は…?」
 キラの小さな問いかけにカガリは無言で首を振る。
 それで全て分かってしまった。
 彼女はもういない、もう戻らない。

「守れなかった… 守りたかったのに…… フレイ……」










 後にカガリ側の過激派によるものだと判明した。
 彼らは王の名の下に厳しく処罰されたが、キラは塞ぎこんだまま。


「だって、何をしてもフレイはもう戻ってこない。」
「キラ……」



 キラの世界はまだ閉じた闇の中――――…



    >>NEXT


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初っ端から予想外に長い!(汗)

キラとフレイはそれなりに仲が良かったようです。
フレイちゃんはとっても良い子ですよ。カガリとはよく喧嘩してましたけど(笑)
てゆーか、一月前にAAに何があったのか…そっちも気になりますネ。



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