実りの色は赤い果実 -終-




 それから時は慌しく過ぎていった。
 誰も彼もが未来へと進む。








@デュランダル、ミーア

 諸々の事務的な処理を終えた後、デュランダルは旅に出ると言い出した。
 そしてその旅にはミーアも一緒に付いて行くのだと。
 彼女は髪を短く切り、以前より自然に笑うようになった。


「それでは、自由とやらを楽しんできます。」
「気をつけていってらっしゃいませ。」
 見送りはラクス1人。キラは少し離れた場所で馬に乗って待っている。
 旅立ちには最適な、からりと晴れた陽気な空。

 きっとこの空を忘れないだろう。
 そうして、"彼女"以外の思い出を増やしていけたなら。


「ですが、気が済んだら戻って来られてくださいね。」
「は?」
 唐突にそんなことを言われてきょとんとする。
 自由を与えたのは姫君自身じゃなかっただろうか。
「あら、剥奪したのは宰相の地位だけですわ。伯爵位はそのままですもの。」
「え?」
 悪びれない言葉を理解するには少し時間がかかった。
「誰かに譲りたいならそれでも良いですけれど。それはお父様に直接お伝えください。」
「…そうですね。では そうします。」

 王はラクスが戻ったことで安心したのか、また視察に行ってしまった。
 けれど 旅をしていれば会うこともあるだろう。
 その時に言えば良い。

「残念ですわ。」
「今更惜しんでも遅いですよ 姫。」
 相変わらずのタヌキな会話を交し合って、デュランダルは彼女に背を向けた。

 もう戻る気はない。
 目的もなく上り詰めても何も手に入らないと知っているから。


「ラクス様! 行って来ます!!」
 元気にミーアも手を振って、2人は丘の向こうを目指して行ってしまった。
 その背中ガ消えるまで、いつまでもラクスは見守っていた。











Aレイ

 レイはニコルの元で今までと何ら変わらず修行を続けている。
 今回の件についてニコルは特に何も言わなかった。
 忠告はあの時したからもう必要無いだろうと。


「何故私を止めなかったんですか?」
 それでも疑問は消えずにいて、レイはついにニコルに尋ねた。

 質問は探究心の表れだ。
 だから、質問されればニコルは喜んで答える。

「僕には国の存続なんてどうでも良いことですから。」
「…え?」
 でも、その答えはレイの予想と理解を超えていた。

 彼の師はAAと王族に"血の誓約"を与えた魔法使いだ。
 それはこの大陸の平和の為ではなかったか。
 けれど弟子の彼はどうでも良いと言う。

「僕は国より友人であるキラを優先します。貴方は誰より彼を優先した。同じことです。」
 あっさりと言い放ったニコルはまだ何かあるかと聞く。
 呆気に取られつつもう無いと言えば、ニコルはもう1つだけと心得を提示した。

「魔法使いは国なんてものには縛られないんです。僕の師はAAの初代座長と友人でした。」
「え?」
「つまりはそういうことです。」


 魔法使いは本来自由なもの。
 でも、これは自由過ぎるんじゃないだろうか。

 自分が向いているのか、レイは少し不安になってしまった。











Bシン、ステラ

「シンー」
 パタパタという足音とともに、姫君の声は城中に響き渡る。
「シンー?」
 彼女がその姿を探して何度も呼ぶ名前は、最近最もよく聞かれるもの。
 むしろそれ以外を呼ばないと言っても良いくらいだ。

「シン!」

 廊下を歩いていた後ろ姿がその声に気がついて振り返る。
「ステラ? どう…っ!?」
 見つけた途端に駆け出して、彼女は驚くシンにもお構いなしに思い切り飛びついた。
「シン! いた!!」
 見つけた!と目を輝かせて見上げてくるチェリーピンクの瞳。
 今ここで抱きしめても良いくらい可愛いこれをどうしたら良いのか。
 しかしここは廊下の真ん中だ。グッと堪えた。

「え、と、何かあった?」
 精一杯冷静を装って聞いてみる。
 すると彼女は少しだけ離れて自分が今走ってきた方を指さした。
「おかしつくったの! シンもいっしょたべよ!」
 あの刺繍の件以降、何かを作ってシンにプレゼントするのが彼女のブームらしい。
 シンから「ありがとう」と言われるのが嬉しいようだった。
「俺は嬉しいんだけど…えーと……」
 少し戸惑いつつ後ろを伺うと、オムニ王―――ネオはひらひらと手を振る。
「今日はもう終わりで良い。約束の時間も過ぎていることだしな。」

 毎日3時間、シンはネオに付き従ってオムニのことを学んでいる。
 キラに基礎を叩き込まれていたおかげで、特に難しいとは思わなかった。

 だからシンとしてはもっと長くても良いのだが、ステラが時間を過ぎるとこうして探しに
 来てしまうのだ。
 森にいる間ずっと一緒にいたから、離れると不安なのだろうとネオは言っていたが。


「じゃあ、すみませ」
「はやく!」
 シンが頭を下げて言い終わるか終わらない間に、ステラは彼の腕を引っ張って連れて行っ
 てしまった。

「…わが娘ながらすごい力だ。」
 苦笑いするべきか呆れるべきか感心するべきか。
 仲が良いのは良いことだが、あそこまでべったりだと少し複雑な気がしないでもない。
「てゆーかシン以外見えてないね アレ。」
 その隣でアウルが呆れた顔をしている。
 実はスティングとアウルもその場にいたのだが、彼女は見向きもしなかった。
 アウルは別にどうでも良いのだけど、スティングはショックを受けて黄昏ている。

「ステラのお菓子…」
「いーじゃん。失敗作くらいは後から貰えるかもよ。」
 フォローのつもりで言ってやったのだが、聞こえているかは微妙だ。
 けれどそれ以上は正直めんどくさいので放っておくことにした。











Cキラ、ラクス

 早朝、たくさんの物資を積んで出発する隊列をキラは影から見送っていた。
 これからこれらの物資はそれぞれの町や村に配られることになる。


 城へ戻ったラクスの最初の仕事は、不作で危機に瀕している北地域への復興支援だった。

 AAを使ってそれぞれの町や村の状況を把握し、国庫を開いてそれに見合った支援を送る。
 先に復興したリヨンの町も力を貸してくれることになり、その話し合いにはアイリーン姫
 があたった。



「これでミネルバの町も一安心かな。」
 ミネルバだけではない、ミーアの故郷も助けることができるだろう。
 時間がかかってしまったのは申し訳無いが、これ以上の犠牲が出ないことを祈った。


 少し視線をずらして、壇上から隊列を見送るラクスの後ろ姿を見る。

 城へ戻ってからずっと、彼女はこの支援の実現の為にほとんど休みも取らずに駆け回って
 いた。
 国庫を開くことから全てラクスが発案して実行に移したのだ。
 アイリーン姫の協力があったとはいえ、中心に立つのはやはりラクス。
 特に全貴族への協力要請と重臣達の説得は 王の勅命があってもなかなか容易ではなかっ
 た。

 とっくに限界は超えているはずだ。
 けれど、倒れてしまってもおかしくないはずなのに、そんなところを彼女は微塵も感じさ
 せない。
 背筋をピンと伸ばし、女王の風格で真っ直ぐに前を見据える彼女はやはり美しかった。
 キラはその姿に見惚れながら、同時に誇らしげに思う。
 やはり彼女こそ女王の器に相応しいと。


 そしてしばらくして、長い隊列が門の向こうに消え、最後の隊の姿も見えなくなって。
 ラクスが下がったのを見て、キラもそこから静かに離れた。









「お疲れ様。」
 部屋に戻ってきたラクスを笑顔で出迎える。
 あからさまにホッとした顔を見せられて キラはくすりと笑った。

「もうすぐお茶が来るから、そしたらティータイムにしよう。」
「あら、でも」
 この後の予定を彼女が言い出す前に、キラは素早く彼女をソファに座らせる。
 それから重たい髪飾りを外し、疲れるだけの靴を脱がせて、彼女の手には抱き心地の良い
 クッションを握らせた。
「適度に休ませるようにってアイリーン姫に頼まれてるからね。大丈夫、スケジュールの
 調整は済んでるから。」
 この件が一段落着くまでは彼女の意志を尊重して我慢したけれど、終わったら絶対休ませ
 ようと決めていたのだ。
 そして彼女が何と言おうとそこは絶対譲る気はないと。
 ニッコリと笑って見せたら、有無を言わせない何かを感じ取ったのか 彼女は渋い顔をし
 た。
「…キラは私を甘やかし過ぎませんか?」
「僕としてはもっと甘やかしたいところなんだけどな。」
 さらりと言ってのけた甘い言葉にラクスが言葉を失くして真っ赤になる。
 けれどそれは気にせずに、キラは彼女の隣に座った。
「今の僕は表に出れないから仕方ないけど。本当はもっと手伝いたい、君を助けたいよ。」

 婚約もまだの上、今回は非公式な訪問だ。
 裏からサポートすることはできても、一緒に表立って何かをすることはできない。
 彼女の辛そうな表情を見る度に歯痒く思っていた。
 あんなに逃げていた道だったのに、彼女のことを考えたら早く踏み込みたいとさえ思う。


「キラは、本当にこれでよろしいのですか?」
 何故か不安そうな顔をした彼女を見て、最初は何のことかと思った。
 けれど数回瞬いてからその意味を理解すると、途端にキラはくすくす笑う。
「ラクス それ何回目?」
 森の屋敷でもオムニの城でもはっきりとラクスを選ぶと言ったのに。
「まだ信じてもらえないのかな。…まあそれだけ待たせたのは僕だけど。」
 不安になるほど待たせてしまったキラに責任はある。
 信じてもらうにはまだ足りないのだろう。
 だったら、信じてもらえるまでもっと気持ちを伝えなくてはならない。
「森の屋敷はもうないし、オーブにはもう婚約の意思を伝えてあるし。」
「え?」
 彼女が今回の件で忙しくしている間に、キラの方はいろいろと準備を進めていた。
 オーブの方からはすでに承諾の返事までもらっている。
「シーゲル陛下が戻られたらオーブに行こう。そして今度は正式な書簡を持って戻ってこ
 ないとね。」
「…え?」
 楽しそうに話すキラの言葉にラクスはすっかり混乱していた。
 知らないうちに話がどんどん先に進んでしまっている。
 嬉しいことのはずなのに、どうすれば良いのか分からない。


「…ああそっか。これを最初に言わなきゃいけなかった。」
 戸惑い固まっている彼女を見て、キラは重要なことを忘れていたことに気づいた。
 ごめんと謝ってから席を立つとそのままラクスの前に跪く。
「キラ…?」
 手の甲にキスを落として顔を上げたキラはラクスにだけ見せる顔でふんわりと笑った。

「この私と結婚していただけますか?」

「………。え…?」
 たっぷり時間を置いてから、返されたのは疑問の声。
 通じなかったのかなと思ったら、みるみるうちに彼女の顔が再び真っ赤になった。
「キラ、あの、それ は…」
「うん、もちろん結婚の申し込み。嫌って言っても諦めないけどね。」
 反射的に逃げようとした彼女の手を少し強めに握る。
 拒絶ではなくこれは戸惑いと動揺。彼女の気持ちは顔を見れば分かるから。

「ラクス」
 真っ直ぐに彼女の目を見て、自分の熱を相手に伝える。
 愛してるの言葉も全部そこに詰め込んで。
「―――それで、返事はいつもらえるのかな?」
「…!」
 少しだけらしくなくうろたえた彼女は、1つ息を深く吐いてからキラを見返した。
 その時にはもういつもの彼女の顔。

「はい、喜んで。」


 どちらともなく笑顔が零れて、キラの手がラクスの髪に触れる。
 そのまま引き寄せて柔らかな唇に自分のそれを重ねた。


 もうすぐ誰かがその戸を叩くその時まで、2人きりの幸せな一時を――――





((((HAPPY END))))


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ついに完結です。
エピローグってゆーか いろいろオマケみたいな感じですね。
てゆーか甘! キララクめちゃ甘ッ!!

お暇な方は下へ。

>>あとがきへ>>




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