実りの色は赤い果実 -59-




 夜明け前、バルコニーに出たキラは風に溶けそうなほど小さな声で言葉を紡ぐ。


「…まだ、それを覚えていたんですね。」
 いつの間にか後ろに立っていたニコルに驚きもせず、キラはくるりと振り返った。
「ずっと 迷っていたから。」
 いつか使う日が来るかもしれない。
 いや、いつか必ず使う日が来るだろうと分かっていたから。
 ラクスが来た時、シンとステラが来た時、、何かが動き出した時にはいつもその言葉を思
 い出していた。

 さっきの言葉は夢の終わりを告げる魔法。
 夜明けと共に魔法は解けて 泡になって消えてしまうのだ。

 けれど、キラの表情はサッパリしている。
 後悔はなかった。


 東の空が明るくなり始め、光が少しずつ増していく。
 それを背に感じながら 4人で見たあの朝を思い出していた。
 あの屋敷での出来事は全て楽しかった思い出だ。
 でも、この魔法が終わったとしても消えることはない。
 みんなとはいつだって会えるのだから。


「ニコル、受け入れる時間をくれてありがとう。僕はもう大丈夫だから。」
「そのようですね。」
 2人で笑い合って、ニコルが小さく杖を振る。
 ポンっと軽い音がしてキラの手のひらの中にあったものが光を放って消えた。

 魔法の媒体として使っていた、紅い髪の"彼女"との思い出の品。
 彼女が愛用していた銀ケースの口紅。強請られてキラが買ってあげたものだ。
 キラの手元にある唯一の彼女の物だったが、今消えてしまった。手のひらに温かさだけを
 残して。

 けれど大丈夫、思い出はこの胸の中にあるから。


「では僕は これで。」
 ニコルの姿がそこから消えても、キラはまだ手のひらを見つめていた。
 そこにはもう何も無いけれど…



 彼の後ろからは、光り輝く朝日が昇ってきていた―――

























 その頃、夢見の森でも一足早く朝を迎えていた。

 アスランは今日も日課の早朝散歩。
 付いて来たトリィも一緒に 朝露の残る庭園を歩いていた。

「…キラ達が行ってしまってから随分と経ってしまったな。」
 そろそろ自分達も戻らなければいけないと感じている。
 いくら王が許しても、周りはそろそろ限界だろう。
 世継ぎ姫がこれ以上城を空けるわけにもいかない。
 あとは、彼女の気持ち次第なのだが…


「アスラン!」

 早朝の庭園に彼女の声はよく響く。
 そうしてトリィとアスランを見つけると カガリはドレス姿というのも構わず走ってきた。
 その慌てた様子に何事だろうとアスランは首を傾げる。
「どうした?」
「ッ 動物達の様子が変なんだ!」

 彼女はいつものように朝早くから保護した動物達の所に行っていた。
 最初は大人しかったのだが、突然騒ぎ出したのだという。
 それがあまりに尋常じゃなかったから、慌ててアスランのところに来たのだと。

「どういうことだ?」
「―――この屋敷が役目を終えたからです。キラが運命を受け入れました。」
 突如光の柱が現れて、中からニコルが出てくるとアスランの疑問に答えてくれた。
 さらに怪訝な顔をする2人に、彼は少し悲しげな笑みを浮かべる。
「この屋敷はキラが運命から逃れる為の場所ですから。」

 ここは 王族の枷からキラが逃れる為の場所。
 キラの願う"自由"の為の屋敷だった。
 けれどキラは運命を受け入れ、この屋敷が在る必要はもう無い。

「…?」
「あれ…?」
 目には見えないが 空気が変わった気がした。
 音が消えてしまったかのような静けさだ。
 さわさわと風だけが木々を揺らす音を立てている。
「魔法が――― 完全に切れてしまったようですね。」
 ニコルがポツリと言った言葉がやけにはっきり聞こえた。

 魔法仕掛けの屋敷は時を止めて眠りについてしまった。
 もう不思議なことは起こらない。


「そっか… じゃあ仕方ないな。私達も現実に戻るか。」
 諦めた、とあっさりした様子でカガリが言ってもと来た道へと踵を返す。
 唐突だったが休みは十分に取れた。覚悟もできていたし未練はない。
「城へ戻ろう、アスラン。」






 突然去らなければならなくなったお詫びにと、馬に乗っていくための準備はニコルが全部
 用意してくれた。
 そしてシンの馬にアスランが、キラの馬にカガリが乗る。
 久々に馬に乗れるためかカガリは上機嫌だ。
 それで良しと思ったら、トリィがどこかから飛んできて、アスランの肩にちょこんと乗っ
 た。
「一緒に行きたいのかな?」
 カガリが手を出しても甘えるように嘴でつつくだけで飛び去ろうとはしない。
 彼女の言っていることもあながち間違いではないのだろうか。

「―――お前も一緒に行くか?」
 アスランが聞いてみると、トリィは返事とばかりに大きく鳴いた。





























「そうか。キラはプラントに…」
 戻ってきたマリューから報告を受け、ネオは静かに頷いた。
 キラもまた王族から逃れる道を選ばなかったのか。

 …だが、キラと自分は根本的に違う点があった。
 キラは愛する人の為に選び取った道。
 自分のように受け入れざるを得なかったのではない。
 それは少し… 羨ましいと思う。


「惜しかったな。そっちとしてはキラを次期座長にするつもりだったんだろ?」
 自分の気持ちなど微塵も表に出さずにバルトフェルドの方に問いかければ、彼からは肯定
 の返事が返ってくる。
「キラもそのつもりで勉強してたからなー」

 キラを中心に据えれば、移動がもっと楽になる。
 王族が呼べばその場に移動できるという力をもっと有効に使えると思ったのだ。
 そう考えての案の1つだった。
 それは現在座長最有力候補のサイも承諾していた。


「ま、俺達の子が大きくなるまで待ってくれ。」
 軽い調子で言ってネオが笑う。
 確かにネオの子は直系だ。期待される効果はキラと同じ。
 ちらりとネオが意味ありげに視線を送ると、マリューからはじろりと睨み返された。
「誰と誰のですって?」
「……何でもないデス。すみません、調子に乗りました。」
 自分にはまだ愛する人の為に選ぶ道は許されないらしい。
 当の本人から拒絶されてしまってはどうしようもない。
 …哀しいことこの上ないが。


 国王の威厳も無しに必死に謝る姿に バルトフェルドは声をあげて笑った。






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これもエピローグっぽいですけどね。オムニはオマケです(笑)
次回でホントに最終回です。



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