実りの色は赤い果実 -58-




「ミーア。」
 レイがこちらへ来るようにと手を差し出して彼女の名前を呼ぶ。
「巻き込んですまなかったね。」
 ギルバートは優しく頭を撫でた後で手を離す。

 彼にそっと背中を押されて段から降り、ミーアは一歩一歩進んでいく。


 色とりどりの鮮やかなドレス。
 光り輝く宝石をちりばめたアクセサリー。
 誰もが自分に傅いて持て囃される。

 夢のような日々。
 でもそれは やっぱり夢でしかなかった。


「〜〜〜ッ やっぱり嫌!」
 レイの目の前まで来て、彼の手を取る前にその手を拒んで叫んだ。
「ミーア…」
「元の自分になんて戻りたくないわ!!」
 あんな惨めな姿になんか戻りたくない と。
 困った顔のレイの前で嫌だと繰り返しながら首を振る。

「貴女は何故そんな風にご自分を否定されるのですか?」
 静かに歩み寄ったラクスがそう言いながらレイの隣に並んだ。
 彼女から本気の疑問を感じたミーアは、傍に来た彼女をギッと睨みつけて強い言葉を浴び
 せる。
「…美しいお姫様には分からない! 何もかも恵まれている貴女には私の気持ちなんか分か
 らないわッ!!」
 相手を傷つける鋭い言葉の中に泣きだしそうな心を見つけて、ラクスはもう一歩彼女に近
 づいた。
「ごめんなさい。でも、だからこそ知りたいのですわ。貴女が何故そんなにも自分自身を
 信じられないのか。」
 ミーアの手をとって優しく包み込む。
 それ以上は何も言わずただ慈愛に満ちた瞳で見つめられて、少しだけ落ち着いたミーアは
 ぽつりぽつりと身の上を話し出した。




「…… 私の生まれは、ここからずっと北の小さな村です。

  そこは元々貧しい所だったけど、今年は不作のせいで蓄えも底を尽きてしまって…

  だから親はあたしを売りました。理由は 姉妹の中であたしが1番ブスだったから。

  そこでの暮らしはサイアクで、死んだ方がマシだと思うような場所でした。

  だから あたしは逃げ出しました。

  でも、もう家には戻れないし、戻りたくもなかった…

  途方に暮れていたところであたしを拾ってくれたのが宰相様でした。

  宰相様は全て忘れて新しい自分に生まれ変わらないかと言ってくださったんです。

  その代わりにあたしをみんなが忘れてしまうと言われたけれど…

  だけど、むしろそっちの方が良いと思いました。

  そして、あたしは生まれ変わってこの城に来ました。

  こんなあたしが誰かの役に立てるのはとても嬉しかった。

  今まで誰も必要としなかったから―――」




 全てを一気に話し終わって、ミーアは深く息を吐く。
 思い出したくもない過去だ。あんな場所には2度と戻りたくない。
「貧しいのも嫌。愛されないのも嫌。あんな生活 絶対嫌だわ!!」

「…でもそれは"貴女"ではないでしょう?」
「え?」
 何のことを言われているのか分からなかった。
「それは貴女が演じている"私"ですわ。彼は新しい自分にならないかと言ったはず。」
「新しい、自分…?」
「戻りたくないならばそれで良いと思います。全てを忘れて新しい人生を歩むのは悪いこ
 とではありません。それを貴女が決めたのなら。」
 鏡写しのような姿にラクスは優しく微笑む。
「けれど、貴女は貴女であるべきです。誰かを演じる必要はありませんわ。」
「ラクス様…」

 同じ顔だけれど、あたしにはきっとこんな表情はできない。
 つまりはそういうことなのだろうと思った。

「ごめん、なさい…」
 項垂れて今までの非礼を詫びる。
 彼女の姿で皆を騙した。酷いことも言った。
 罵られても非難されても仕方がない。
 けれど、ミーアの頬に触れて顔を上げさせた彼女は優しい笑顔のままだった。
「同じ顔の方がいるというのは不思議なものですけど、自分1人ではないという気がして
 安心しますわね。」
 ふふと 面白そうに笑って、額と額をコツンと合わせる。
「私にはキラとカガリさんやアスランのように兄弟がいませんから。本当は、ずっと寂し
 かったのです。」

 同じ顔、同じ姿。でも違う存在。
 あたしはあたし、ラクス様はラクス様。
 "ミーア"として新しい自分になって良いんだ。
 ラクス様はそれを許してくれた。

「ありがとうございます…!」
 嬉しかった。宰相様に言われた言葉より何倍も何倍も。
 "自分"を認めてくれたのが、とってもとっても嬉しかった。





「―――ラクス。」
 バルトフェルドが書簡を持って現れる。
 彼は今回の件を伝えるために、ラクス達とは途中から別行動で王の元へ行っていた。
「今回の件に関してはお前に一任するそうだ。」
 手渡された書簡を開き、同じ旨が書かれたそれを確認する。
 その書簡を手に、彼女は誰より前に出てデュランダルと向き合った。

「ギルバート・デュランダル、貴方の処分を言い渡します。」
 彼に抵抗する意志はないらしく、瞑目して静かに立っている。
 その姿は何を言われても受け止めると言っているように見えた。

「貴方がやろうとしていたことは許されるものではありません。王家に対する反逆の意志
 は明確の為、宰相の地位は剥奪致します。けれど、貴方が今までされてきた数々の功績を
 鑑みて…」
 何を言われるのだろうと目を開けたギルバートとラクスの目が合う。
 その彼にラクスはにっこりと微笑んだ。
「―――貴方には自由を与えます。これからの時を好きに生きて下さい。」

「…この道しか知らない私にどう生きろと言うのですか。」
 自嘲しか出てこない。
 伯爵家の養子として貴族の世界に入ってから、その言葉とは無縁に生きてきた。
 戻れないあの頃に戻れとでもいうのか。
 
「知らないということは、これから知ることができるということですわ。貴方はまだお若
 いのですから。」
「!」
 ひと回りも年下の少女にそんな風に言われてしまって、ギルバートはただ苦笑いするしか
 なかった。
 でも確かにその通りだと思う。
 今まで自由にできなかったのだから、これから自由になればいい。
 その中でやりたいことが見つかるはずだ。


「……寛大な処置をいただき、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
 裏のある言葉に天然で返したのではないと気づいて、内心で本当に負けたと思った。

 ずっとこの姿に騙されていた。
 彼女は自分なんかよりよっぽどイイ性格をしている。

 きっとこの国はこれからも発展していくのだろう。









 全てが終わったと誰もが気を抜いていた。
 ギルバートですら、その先に何が起こるか予想していなかった。


「まだ終わらない!」
 カーテンの奥に控えていたサラが突然飛び出して兵の剣を奪い取る。
 まだ誰も彼女に気づいていない。

 彼女が剣を向ける先―――向かうのはただ1人。



 アイリーン・カナーバ…

 私と彼女の違い。
 ただ彼女が公爵家の娘で王家の血を引いていた、ただそれだけのこと。
 ただそれだけの違いで私は選ばれなかった。

 "ラクス姫"がいなくなればあの少女が姫になる。
 そうすれば 私は彼女に勝てる。
 私はいつまでも影でいるつもりはない―――





『キラ……』

「…? フレ…――――、ッ!?」
 ふと耳元で聞こえた声に振り向き、そこでキラはサラに気づく。
 重い剣をものともせず、走ってくる彼女の剣の先はラクスを狙っていた。
 
「危ない! ラクス様ッ!!」
 ミーアも気づいて叫ぶが、ラクスは彼女の腕を伸ばしても一歩届かない所にいる。
 それに咄嗟のことで足が竦んで動けなかった。

「…ッ」
 ニコルの傍にいたキラとラクスの距離は僅かに離れている。
 すぐに地を蹴ったが、彼女が着くのが先かキラが先か。


「姫は2人も要らない…!」
「ラクス!!」
 寸での所でキラはラクスの腕を乱暴に引き、ミーアの方へ突き飛ばす。
 その時2人の間に割って入ったため、ラクスの代わりに彼の腕に剣が突き刺さった。
「キラ!」
 ラクスは青褪め、サラも驚いて動きを止める。
「な、何を…」
「それはこちらのセリフだよ…」
 キラは呆然としているサラの手を掴んで剣を奪い、無造作に腕から引き抜いた。
 服にじわりと血が滲み、剣先からポタリと血が滴り落ちる。
 それでも痛みを感じていないかのように、キラはピタリとサラの鼻先に剣を向けた。
「終わりだよ。ラクスを殺しても彼女は姫にはなれない。」

 ガクリと力を抜いて座り込む。
 今度こそ全てが終わったと、キラはラクスを振り返った。


「もう大丈夫だよ。」
「キラ!」
 弾かれたようにラクスが駆け寄り、その脇でマリューが手際良く止血をする。
「相変わらず無茶するわね…」
 呆れたようなマリューの言葉には苦笑いだけ返して、剣を捨てた手でそっとラクスの髪に
 触れた。

「今度は、守れた―――…」






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ミーアとラクスが和解しました。
そしてサラの行動でキラ負傷。ミーアちゃんは無事です☆(これ目標)

ちょこっとフレイちゃんが出ましたネ。
キラもこの時 完全に解放された気がします。



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