実りの色は赤い果実 -57-
「全く… 冗談じゃない。」 ラクスにさえ聞こえない声音で 彼はらしくなく毒づく。 彼からしてみればこのくらいの数をたたき伏せるのは簡単だ。 でも それではラクスの意に反してしまう。 「止まれッ!!」 高らかに響いた声に 兵達は思わずぴたりと止まってしまった。 「君達はどちらが本物かも見分けがつかないのか!?」 容姿からは想像つかないほどの威厳のある声音に彼らは怯む。 明らかに動揺の色が見えた。 「早く捕らえろと言っている!」 しかし、我が主と見知らぬ男の言葉。どちらを信じるかは明白。 「…やっぱりダメか。」 再び剣を構える兵達にキラは深く息を吐く。 ラクスの前でこういう暴力的な行為はしたくなかったのだけれど。 「―――ラクス、良い?」 視線は向かってくる兵達に向けながら 彼は剣の柄に手をかける。 とりあえず静かにさせなければ話ができない。 「……仕方ありませんわね。」 ラクスも苦い表情で承諾するしかなかった。 剣を構え、一歩前に出る。 一触即発と思われたその時―――― 「止めなさい!!」 今度は、別の場所から違う声がした。 力強く開かれた扉の前に立つ女性。 強い意思を示す瞳は壇上の男を睨みつける。 固まってしまった兵達の後ろで、ギルバートも彼女の登場に目を見張っていた。 「アイリーン…!」 無事だったことにラクスはホッと胸を撫で下ろす。 彼女の様子からしてどうやらケガの心配も無さそうだった。 「ご心配をおかけしました。」 ラクスの元へ歩み寄ったアイリーンは、謝罪の礼をした後に先程とは打って変わって優し げに笑む。 安心させるそれにラクスも笑みを見せて彼女に応えた。 「遅くなったわね。」 少し遅れて白い装束の栗髪の女性も入ってくる。 彼女もまたラクスの所に来て、自然と彼女を守る位置に立った。 「マリューさん。ありがとうございます。」 「いいえ。アイリーン姫が手紙を侍女に託してくださったから場所が分かったのよ。」 アイリーンはAAが諜報機関というのは知らないが、彼らを王が信頼しているのは知ってい た。 だから、旅の一座"アークエンジェル"が王都入りしたと聞いた時、それを話してくれた侍 女に手紙を渡すように頼んだのだ。 見つかればどうなるか分からない危険行為ではあったが、最後の望みに賭けたのだった。 「それから、外は大丈夫よ。サイが抑えてくれるわ。」 逃げ場もなく味方も来ない。勝負は見えている。 勝者の顔でマリューはギルバートを見た。 「これで終わりね、ギルバート・デュランダル。」 「な、何者だ 貴様!?」 「貴方のような人が知る必要はない者よ。」 兵の1人が叫んだ言葉を彼女はばっさり切り捨てる。 そして流れるように視線が動いて彼女はギルバートの隣を見た。 「―――そこのお姫様は私達をご存じ?」 「え?」 突然のことにミーアは困惑する。 彼女に会うのも初めてで、それ以前に珍しい形をした白い服にすら見覚えはない。 知っているかと言われて答えられるはずがなかった。 「王家に生まれた者なら知っているはずよ。貴女は直系でしょう?」 「そ、それは…」 そんなものは知らない。 王家の人間だけが知っていることがあるなんて、そんな話は聞いたことがない。 「記憶がないなんて言い訳にもならないわ。貴女は"印"も持っていないじゃない。」 "印"が何のことかも分からないミーアはたじろぐばかりだ。 そんな彼女を見て青年は気の毒そうにして苦笑いする。 「マリューさん、苛め過ぎですよ。どっちが本物かぐらい貴女ならすぐに分かるんですか ら。」 「っ馬鹿にしてるの!?」 あんまりな言われ方にミーアは思わずカッとなって叫んだ。 そんな彼女に青年は冷やかな視線を向ける。 「ああほら、ラクスはそんな風に品のない声はあげない。」 「っっ」 「それからその格好――― ドレスやアクセサリーにお金をかけるくらいなら、北地域を救 うために使って欲しかった。完璧にラクスを演じたいならね。」 ラクスの命を狙うことだけではなく、ラクスの名が貶められたことが彼は許せなかった。 いつもより強い口調も冷たい態度もその怒りのせいだ。 「君は"ラクス"の器じゃない。」 「キラ!」 彼の怒りを感じ取ったラクスが焦った声を上げる。 キラが本気で怒れば ラクスでも止めることはできない。 普段大人しい分怒ると怖いんだ、とは双子の姉の言葉。まさしくその通りだった。 彼の服を掴んで落ち着くように訴えるが、彼はラクスの方すら見ない。 「…"キラ"?」 その名を聞いたデュランダルの表情が僅かに変わった。 "聞き覚えがある"のレベルではない。 そして 彼が腰に佩いた剣の柄の紋章を見て確信する。 どうして今まで気づかなかったのか。 「……オーブの キラ王子か。」 やっと気づいたのかと言わんばかりにキラは悠然と笑んだ。 「"いずれかの国に存続の危機が訪れた時には、他国は全力を以って協力すること"――― 同盟の条文の1つだよ。これ以上抵抗するならば、僕はオーブ軍を動かす。」 「…それは手強いな。」 アイリーンが解放され、オーブはラクス姫の味方。 そして、城の兵を抑えられるほどの力を持つ謎の集団の存在。 この状況を覆す方法は、流石のデュランダルでもすぐには思い浮かばなかった。 「諦めましょう、ギル。」 開いていた扉から声がして、全員がそちらを振り向く。 そこには漆黒のローブを纏った少年が2人並んで立っていた。 「レイ…」 1人は金髪碧眼の類稀な美貌を持った少年。 ギルバートの呟きに頷いて誰より前に進み出る。 「ニコル? 君までどうしてここに?」 そしてもう1人は彼の師であり、キラの友人でもある "夢見の森の魔法使い"ニコル。 キラはビックリした様子でニコルに駆け寄った。 「レイに連れて行って欲しいと頼まれたんです。あの子は今魔法が使えませんから。」 その意味は分かるでしょう、と。 どうやら反作用を受けた術師は彼のことだったらしい。 「ギル、これ以上は無理です。私も師に全てを話し、そしてここへ来ました。」 「どういうこと?」 キラがこっそりニコルに耳打ちする。 「彼は幼い頃捨て子だったのを彼に拾われ、育ててもらった恩があるそうです。」 彼がニコルの元へやってきたのは1年ほど前だ。 そこで1つの考えに思い至る。 「君はこのためにニコルの弟子になったの?」 キラの問いかけに彼は振り返って首を振った。 「いえ。ギルは好きなことをして良いと言いました。だから興味のあった魔術の道に進み、 その方の弟子になりました。」 彼は何も強要しなかった。 多くの教育の機会と知識を与えてくれたけれどそれだけだった。 何か目的があって育てたわけではない、拾ったのはただの気まぐれなのだと。 だから好きにして良いと彼は言って、レイを送り出してくれた。 気まぐれでもなんでも、レイは彼に救われたから。 だからいつかその恩を返そうと思っていた。 「ミーアに施した術は私の提案です。ギルの役に立ちたかったから…」 材料も資料もあそこにはたくさんあった。 師は放任主義だったから、何を研究していても止めることはなかった。 その目的がバレていなかったわけではなく、知っていて何も言われなかっただけだと知っ たのは、全てを話した後だったのだけれど。 「君達は遅かったんだよ。せめてあと10年くらい前だったら成功したかもね。」 揶揄ってキラがギルバートを見る。 「…やはり、10年は長かったかな。」 ついに認めた彼は苦笑いで天を仰いだ。 10年という月日。 止まったままなのは自分だけなのだと分かっていた。 けれど 分かっていてもどうしようもなかった。 目標を失っても、何も残らなくても、他にやることが何も見つからなかったから。 「本当は… こうして誰かに止めてもらいたかったのか……」 小さく呟いて、彼は兵の解散を命じた。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 途中で黒キラ様が降臨されました(笑) 次はミーアです。