実りの色は赤い果実 -56-




 彼女は忙しいギルバートの代わりに 毎日アイリーン姫の元を訪れているらしい。
 いつまで経っても並行線だとの報告は受けていたが、どうやら今日もダメだったようだ。
「強情過ぎるのです。さっさと認めてしまえば良いものを…」
 苦々しく呟くサラに焦った様子が見られるのは、彼女も時間がないことを知っているから
 だ。
 予定より大幅に遅れていた国王の視察ももうすぐ終わるらしいという話を聞いた。
 王がミーアを受け入れるにはアイリーン姫の存在が必要なのに、一向に認めようとしない
 から苛立っていた。


 サラは計画の全てを知っている数少ないギルバートの味方だ。
 彼女がいなければここまでこれなかったかもしれない。
 それにはとても感謝している。

 だが、、


「―――何故 君は私の味方をする?」
 かねてよりの疑問を声に出せば、彼女からは逆に疑問を持った目を返された。

 彼女とは知らない間柄ではないが直接の関係はない。
 けれど彼女は最初からギルバートの味方をしてくれていた。
 ミーアを自分の別荘に招きいれ、今も世話とフォローをし、そしてそれは彼女からの申し
 出だった。

「君の姉君のことを考えれば、憎まれることはあっても助けられることはないと思ったの
 だが。」

 彼女の姉とかつて婚約をしていた。
 養父母に勝手に決められたその婚約のせいでタリアとは別れることになってしまったが、
 何も知らなかった彼女自身には何の罪もない。

 彼女の姉は美しく儚げな姫君だった。過ぎるほど申し分のない女性だった。
 そんな彼女を愛せないからと言って 一方的に婚約を破棄したのはギルバートの方。
 だからその妹であるサラからは憎まれるのが当然だ。
 けれど彼女は今こうして協力してくれている。

「…そうですね。貴方は姉を傷つけたかもしれません。けれど、姉はすぐに他の男と結婚
 しました。」
 だから貴方が気に病むことは何も無いのだと。
 そう言う彼女に恨みや憎しみなどという感情は微塵もない。
「姉のことは関係ありませんわ。私は私の意志で貴方に付いているだけです。」
 そこまで言い切って、彼女は少し考えてから「ただ、」と付け加えた。
「強いて言うならば――― 私は能力よりも身分が重視されるこの世界が嫌いです。」
 何のことを指して言っているのか分からないが彼女の瞳が剣呑に光る。
「だから貴方には証明して欲しいと思っています。能力さえあれば誰でも上へ行くことが
 できるのだと…」


「宰相閣下!」
 その時、会話を打ち消すほどの足音で走ってきた伝令の兵士が慌てた様子で扉を開けた。












 今日も彼女はご機嫌だ。
 届いたドレスやアクセサリーを並べてどれにしようかと悩む。
 色鮮やかな絹のドレス、金銀宝石を散りばめたネックレスにイヤリング。
 これが全て自分のものだなんて夢のような光景だ。
 少し前までは考えられなかった。こんな快適な生活ができるのも宰相様のおかげだ。


「姫様! 大変です!!」
 そんな彼女の元へ 傍付きの女官が血相を変えて駆け込んできた。
 彼女の傍まで走り寄ると、女官は僅かに指先を震えさせながら何事か耳打ちする。
「…え?」
 そして女官と同じように顔色を変えると、ミーアも彼女に促されて部屋を出た。

























「プラント国第一王女 ラクス、ただ今戻りました。」
 広間に現れた"ラクス姫"は優雅に礼をするとそう言ってにこりと微笑んだ。

「な、…なん……」
 対するこちらの"姫"は青い顔で固まってしまっている。


 並び比べれば違いは歴然だ。

 薄い藤色のドレスに身を包み、真っ直ぐに前を見て立つ。
 その姿は美しさと気品、そして何よりも圧倒的な威厳を纏っていた。
 誰にも真似できない、それは"女王"としての品格。彼女しか持ち得ないものだ。


「宰相様、ご心配とご迷惑をおかけしました。」
 礼をするだけでも1つ1つの仕草すら美しく、全てが完璧で洗練されている。
 次にラクスはギルバートの隣で立ち尽くしている彼女にも微笑みかけた。
「そちらの方も。今まで代わりを務めて下さってありがとうございます。ですが もう大丈
 夫ですわ。」
 彼女はビクリと震えて弱々しい表情でラクスを見返す。
「え… あ……」
 自らがニセモノだと晒しているようなものだが、雰囲気に気圧されたのか彼女は何も言え
 ずにいた。


「―――隣の方は?」
 ようやく口を開いたギルバートは彼女の傍らに立つ男性に視線を向ける。
 内心はどうか知らないが、表面上は冷静沈着な宰相のままだった。

 年の頃はラクスと変わらないくらいの、茶の髪に深いアメジストの青年は先程から黙って
 そこに立っている。
 まるで彼女の騎士のように、確実に守れる位置で。
 身なりなどから身分は低そうに見えなかったが、ギルバートは彼に見覚えがなかった。

「静養の間、ずっと傍にいて下さった方ですわ。」
 黙したままの彼の代わりにラクスが笑顔でさらりと流す。

 城に入る時も彼の身分は明かしていない。
 理由は、そちらの方がいろいろと都合が良いから。
 あっさり手の内を明かすほどラクスは浅はかではなかった。


「しかし、いつ戻られたのですか? 我々は何も聞いてませんでした。」
 白々しいと思いつつ、ラクスは笑顔を崩さない。
「王宮に"ラクス姫"がいるのに私が外から現れては混乱させてしまうと思いまして。実の
 ところ、数日前には王都に到着していましたわ。」
「…どうやら王都の関には穴があるようですね。」
 それはつまり素性の不確かな者をあっさり中へ通したことになる。
 絶対の安全性が約束されるはずの王都では有り得ない事態だと。
「どうか彼らを責めないで下さい。仕方なかったのですわ。」
 互いに笑顔なのだが、流れる空気はオムニの山脈地帯よりも寒く、蛇の睨み合いのようで
 怖かった。
 現にミーアは2人のやりとりに完全に引いてしまっている。



「―――今戻られては困るのですよ。」
 低い声で告げられたそれこそが彼の本音。
 繕うことを止めて、彼は冷笑を浮かべて言った。

「…そういうことだと思ったよ。」
 ラクスの傍らで彼がボソリと呟く。
 そして彼女の前に出た彼は、守るために彼女を背に庇った。
「刺客は貴方の仕業ですね。その子が本物になるためにはラクスが邪魔だったから。」
「2度とも返り討ちに遭って失敗しましたが。」
 もう隠す必要もないと思ったのか、彼はあっさりそれを認めた。
「あげくには他国の王宮で暗殺を謀るなんて。下手をすれば戦争が起こりますよ?」
「ラクス姫は死んでいないのですから問題はありませんよ。」

 その言葉を聞いて確信した。
 彼は知らないのだ。どの王家も同盟という公的な立場の外でも交流があることを。
 今の地位に就いてまだ間もないのだから仕方ないのかもしれない。
 特にオムニとの交流は正式な記録もない。

「偽物のラクスを本物に仕立てて、国を牛耳ろうとでもしたんですか?」
 肯定の意味か彼は答えの代わりに不敵に笑った。
「国を手に入れてどうするのですか?」
 今度はラクスが彼の背中から問う。
「別に目標はこの国ではない。私の目指すものはもっと上にあるのです。」
 権力に溺れた者は上へ上へと次を求める。人の欲とはそういうものだ。
 しかし彼の表情からは野心というものを感じなかった。
 欲に溢れた言葉であるはずなのに空っぽにしか聞こえない。
 おそらく彼はたとえ目的を達成しても満たされないのだろう。

「憐れな…… 貴方の時は止まったままなのですね。」
「誰かにも同じことを言われました。」
 眉根を寄せながらラクスは同情に胸を痛めた。
 タリアは過去だと言った。でも彼にとっては過去ではない。
 約束は果たされなかったのに、もう果たされることはないのに、彼はまだあの約束に縛ら
 れている。

「…もう、止めましょう。これ以上は無意味です。」
 これ以上続けても誰も幸せになれない。ギルバート自身も。
 けれど彼は首を振って彼女の申し出を拒絶した。
「遅いのです、姫。後戻りはできません。」

 彼は全てを認めた。
 それは何故?
 何故隠す必要がないと思ったのか。
 ―――そもそも彼の目的は何だったか。

 ラクスがその意味に至ったのと同時に、彼の合図で何人もの兵士が入ってきた。
「ラクス!!」
 腕を引かれて再び背に庇われ、彼は兵達と対峙する。
 王宮の近衛兵ではない。おそらく彼の私兵だ。

「あの者は姫を語る偽者だ。堂々と名乗るとはあつかましい… 捕らえろ!!」






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ついにラストが近づいてきましたよーvv




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