実りの色は赤い果実 -51-





 ―――そこは、何もかもが対照的だった。


 町の名は"ミネルバ"。先ほどの町から約半日という近さの町だ。

 しかし、活気溢れたあちらとは対照的に、こちらは人気もまばらで静まり返っていた。
 人々の表情も覇気がなく、昼間だというのに皆目の前を足早に去っていく。
 いったい何があったというのだろうか。

「…これは、」
 そう呟くラクスの顔も硬く強張っている。
 先ほどの町が活気溢れていただけに、余計にこの町が寂れて見えた。







「…?」
 1番後ろを歩いていたキラの服の裾を後ろから何かが引っ張る。
 何だろうと振り返って視線を落とすと、幼い少女がこちらを見上げていた。
 立ち止まったことで彼らから離れてしまったが、見失うことはないだろうと思って声はか
 けずにしゃがむ。
「こんにちは。」
 怖がらせないように笑って頭を撫でれば、少女は安心したのか笑い返してくれた。
 けれど、すぐにしゅんとした顔に戻って俯いてしまう。
 ひょっとして迷子か何かだろうか。

「どうしたの?」
「…あのね、おなかすいたの。」
 そう言うとキラの服を掴む手にぎゅっと力がこもった。
 まだ5歳にも満たないくらいの幼い子どもが泣きそうになっている。
 それを放っておくことなどキラにはできなかった。
「えーと、ちょっと待ってね…」
 お菓子を持っていたことを思い出して服を探る。

「すみません!!」

 渡そうとした直前に、声と共に少女の姿が目の前から消えた。
 顔を上げると慌てた様子で子どもを抱き上げる女性がいて、どうやら少女の母親らしいと
 理解する。
「本当にすみません! 礼儀知らずで…」
 申し訳なさそうに言う女性に大丈夫だと言葉を返すが、それでも何度も謝られてしまって
 困った。
「だっておなかすいたんだもん。」
 当の少女はケロリとしてそんなことを言っている。
 幼い子どもにこの状況を理解しろと言っても難しいだろう。
 彼女にしてみればお腹が空いたからお菓子の匂いがするキラを呼び止めただけなのだ。
「我慢しなさい。みんな同じなんだから。」
 呆れながらも言い聞かせてから、女性はキラにもう一度頭を下げて去っていった。




「キラ!」

 その背中を見送っていると、気づいたラクス達が戻ってくる。
 そして経緯を説明すれば、ラクスの表情はまた少し青ざめたようだった。

「どういう…こと、でしょう……」
 こんなに近くにありながらこの差はいったい何なのか。
 皆この町を通り過ぎ、あちらの町に流れているということだろうか。
「この町は支援を拒否されたそうだ。」
「え!?」
 バルトフェルドの言葉にラクスは驚いて振り返る。
「支援された町とされていない町、2つの違いは何だと思う?」
 町の大きさも状況もほぼ同じ。
 ラクスにはその違いは分からない。
「こちらには貢ぎ物がなかったから、だそうだ。」
「ッ そういうことを言っている場合ではないでしょう!?」
 その答えにラクスは思わず声を張り上げた。
 キラが目を丸くしていたがそれも気にしていられない。

 人のために何かをするのに見返りなど求めるものではない。
 しかも、下手をすれば命に関わる問題で、貢ぎ物の有無などどうして考える必要が。



「………"長"。」
 硬い表情で彼を呼ぶ。
 声がわずかに震えているように聞こえるのは怒りに耐えているからか。
「了解した。ダコスタ!」
 ラクスの思いを汲んだバルトフェルドは即座に自分の腹心を呼びつける。
 呼ばれた赤い髪の青年は返事をして慌てて走ってきた。
「前の町に戻って持てるだけの食料を買って来い! そこの3人はダコスタを手伝え!!」

「先の方には俺が行きます。」
 傍にいたサイの申し出にバルトフェルドは頷く。
「そうだな、頼む。お前も何人か連れて行け。」
「ありがとうございます。」
 一礼するとサイはすぐに踵を返して仲間の元へ向かった。
 それを見たキラが彼を追いかけようとする。
「じゃあ僕も、」
「お前はラクスの傍を離れるな。」
 それをバルトフェルドが肩を掴んで制止させ、「見ろ」とある場所を視線で促した。
 そこには町を眺める彼女の硬い横顔。それを見たキラはすみませんと小さく謝る。
 苦笑いしつつ軽く頭を叩いたバルトフェルドはそれ以上何も言わず、その場に残ったメン
 バーを振り返った。

「残った奴は今ある分で準備だ!」


















 町の広場から良い香りが立ち上る。

 それに誘われるように集まった人々に、彼らはその野菜がたっぷり入ったスープを差し出
 した。
 旅の一座だという彼らはそれを食べたら他の人にも教えてあげて欲しいと言った。

 その話はあっという間に町中に広まり、広場はたくさんの人で埋め尽くされる。
 その一人一人にスープを配り、町は久しぶりに声を取り戻した。










「旅の方!」
 質素だが身なりのよい服を着た女性が初老の男性を1人従えてやって来る。
 町の人々は彼女を見ると頭を下げ、彼女はそれに少し申し訳なさそうに返してからまた広
 場を見渡した。
「座長はどちらに?」
「私です。」
 バルトフェルドが名乗りを上げると、女性はスカートの裾を掴んで礼を取る。
 どうやら怒っているわけではないらしいが、彼女は少し戸惑っているようだった。

「これは一体…?」
「今夜の宿代をと思いましてね。何しろこの大所帯ですから全額は払えないのです。これ
 で勘弁してもらえませんか。」
 おどけたように軽い調子で言われて、彼女も安心したのかわずかに笑みが漏れる。
 町の外にテントを張る彼らが宿を取るわけもないのにそう言うのは彼の気遣いだと分かっ
 たからだ。
「…ありがとうございます。」

「ところで貴方は?」
 彼女の身なりや態度、そして周りの反応を見ればある程度察しは付くが。
 それで自分が名乗っていなかったことに気づいた彼女は、すみませんと言って深々と頭を
 下げた。
「私はタリア・グラディスと申します。町長である夫が支援を求めて飛び回っている今は
 代理も務めております。」
「私どもは旅の一座アークエンジェル、私はバルトフェルドという者です。」
 2人は互いに名乗って握手を交わす。
 そこへミリアリアがスープを持ってきたが、それを彼女は丁重に断って他の者に渡して欲
 しいと言った。
「私は平気です。けれど…貴方がたにはろくなお礼もできず……申し訳ありません。」

「―――謝るのは私の方ですわ。」

「え?」
 ずっと隣で聞いていたラクスが被っていた布を取る。
 露わになった薄紅色の豊かな髪は彼女の正体をばらしているも同然で、けれど慌てるキラ
 をラクスは手で制し彼女に向き合った。
「この町を救えなかったのは私の落ち度です。」
 一瞬目を見張ったタリアは、意識を切り替えるように一度目を閉じると首を振る。
「…いいえ、姫様のせいではありませんわ。これは私と彼の問題です。」
 一瞬"彼"というのが誰を指しているのかラクスには分からなかった。
 でも、話の流れからすれば一人しか思い当たらない。
「売り言葉に買い言葉とはいえ、断ったのは私の方です。」
「貢ぎ物がなかったからだと聞きましたが…」
「感情に任せた口論で援助をしないなんて外聞が悪いだけでしょう?」
 確かにそれはそうだがとバルトフェルドが呟くが、それで疑問が解決するわけではない。


「―――良ければ、お話いただけませんか?」
 宰相である彼と町長の妻である彼女が口論とはどういうことか。
 2人の関係が見えなかった。
「はい。」
 タリアもそう言われることは分かっていたのだろうか。
 すぐに了承の意味で頷くと、ゆっくりと話し始めた。



「…ここは彼が生まれ育った町です。私と彼は幼馴染みとしてここで一緒に育ちました。」






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そしてメインのラクス様たちはミネルバの町へ。(キラの出番もあんまりないな…)
次回は過去回想です。



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