実りの色は赤い果実 -50-




「失敗か… なかなかしぶとい姫君だ。」
 報告書を手に、彼は独り執務室でぼやく。

 差し向けた刺客は全員が獄中にて死亡。
 報告書にはそのまま姫君が行方知れずになったことも伝えてある。

 おそらく向かう先はここなのだろうが、何故か足取りがつかめなかった。
 しかしアイリーン姫に使った"眼"は彼女以外には使えないし、新しいものを頼むことも今
 はできない状態だ。
 反作用のせいで魔法を再び使えるようになるまでにはまだ時間がかかるらしい。

「…さて、どうしたものかな。ここへたどり着く前に片付けてしまいたいのだが。」

 問題は彼女だけではない。
 人質のおかげで大人しくなったが、もう1人の彼女の方もまた何か行動を起こされたら厄
 介だ。
 殺してしまえば手っ取り早いのだが、彼女は王のお気に入りでもある。
 自分としてもあれだけの人材を失うのは惜しいし、早く納得させてこちら側に引き入れる
 のが1番なのだが。

「…私の周りの女性はどうも強い人ばかりで困るな。」
 困ったように彼は苦笑いする。


 睨み付けて自分を拒んだかつての恋人。
 少し前に見た夢が示唆したのはこのことかと思った。
 けれど、2人が元に戻ることはない。

 あの日と同じ――― 彼女は自分ではなく、傍らのあの男を選んだのだから。
















「おや。珍しい客だ。」
 アイリーンはからかうように本から目を離して彼女を視線で出迎える。
「そんな重い物を持って疲れなかったか? サラ姫。」
「別に。それよりも、また誑かされる方が困りますから。」
 彼女のための食事を持って現れた貴族令嬢は笑顔もなくテーブルにそれを置いた。

 2人目の侍女もすでに心解かされつつある。
 人質がある以上おかしな真似はしないだろうが、彼女はこのまま黙っているような女性で
 はない。
 だから、今日はこうして自分が来たのだ。



「理解に苦しむな。あんな男のどこがそんなに良いのか。」
 出された食事には手をつけず、彼女はサラに席を勧める。
 これが彼女の常套手段なのだろうか。
 警戒したサラは聞かなかったフリをして、傍らに立ったままでいた。
 これだと身分上は格上のアイリーンを見下ろす形になるが、相手は敬愛する宰相様に従わ
 ない者だから無礼とは思わない。
「あの方の理想が分からない者に言っても仕方ありません。あの方は我々よりもずっと先
 を見ていらっしゃる。」
 彼女の言葉を聞いたアイリーンはそれを一笑に付す。
「あれがそんな高尚な人物なものか。そんな男が女を監禁した上に逃げないように脅しな
 どするはずがないだろうに。」
「それは貴女が聞き入れないからでしょう。」
 言い方が怪しいが、要約すればその通りだ。そこはサラも否定しなかった。
「明らかに偽者と分かる姫をどう信じろと? あの姫では国を治めることはできない。」
 彼女はキッパリと断言する。

 愛される姫君にはなるかもしれないが、それまでだ。
 "ラクス姫"はそれだけでは務まらない。
 彼女がいずれ手に入れる女王という座はそんなに甘いものではない。

「そのために宰相様がいるのでしょう?」
「宰相はあくまで補佐だ。誰かの傀儡になるような女王で良いと思うのか?」
「傀儡などではありません。あの方は意見を受け入れ決断するだけの力がおありです。」
 意見はどこまでも並行線を辿る。ギルバートとアイリーンが会話を交わした時と同じよう
 に。

 落ちた沈黙の遠くに城下の街の鐘の音が聞こえた。
 毎日人々にお昼を告げる音だ。

「…時間ですね。私は姫君の所に行かなくては。―――今日は帰ります。」
 一応の敬意を払ってか、一礼して彼女は部屋を後にする。


 パタンとドアが閉まる音を聞いてから、アイリーンは力を抜いて椅子の背に身を預けた。

「全く、何度同じことを言わせる気なのか。」

 しかし、あの男よりは情報が聞き出しやすいかもしれない。
 とにかく早く、王が戻ってくるまでに事を収めてしまわなければ。
 それはおそらく相手も同じだろう。


「お前の思う通りにはさせぬよ。…ギルバート・デュランダル。」




































 旅の途中、ふと誰かが話しているのを聞いた。
 どうやらこのルートは首都アプリリウスまでの最短距離ではないらしい。
 それが何故なのかと 彼らは不思議がっていたのだが。

 ―――そこで考えられるのは自分という存在。

 自分のためにより安全な道を選んだというのなら、その必要はないと。
 それを座長に告げると、彼からはあっさり「違う」との返事が返ってきた。
 遠回りの理由は別にあるという。

「見てもらいたい所がある。」
 バルトフェルドはそう言って、見えてきた町を指差した。












 人々の活気溢れる声、笑顔に溢れた美しい町。
 一見栄えているとしか言いようがないごく普通の町だ。

 アークエンジェルとしてではなく旅人を装って数人だけで中へ入ったのだが、少しでもは
 ぐれれば埋もれてしまうくらい人が多かった。


「この町がどうかしたのですか?」
 何もおかしいところは見当たらないとラクスは首を傾げる。
 この辺りの地域は麦を主に生産していて、この町はその流通の要所の1つ。
 人が多く行き交うのは当たり前だし、何度見渡しても不自然だとは思わなかった。
 するとバルトフェルドは、ヒントだと言って1つの店を指差す。
「―――今年は北地方が例年にないほどの不作だったというのは知っているな?」
「! ええ…」

 露天の店先では商人と客が言葉遊びのように駆け引きをしている。
 そういえば、さっきからある言葉を聞いていない。
 そうしてよく見てみれば、彼が指差した店には―――麦がなかった。
 …他の穀物はあるのに。

 今年は長く続いた雨の為に予定量の半分しか収穫できなかったと聞く。
 流通しているのは麦だけではないが、それでも町には少なからず影響を与えるはずだ。
 けれど、ここにはその面影は全く見られなかった。


「この町は王宮に救援を求めたんだが、その対応が早かったことで復興が早かった。状況
 を訴えに行った町長はラクス姫に声をかけてもらい感動したそうだ。」
 そう言う彼の言葉は呆れているようにも聞こえる。
「…そこだけ聞くと良い方々のようですわね。」
「そう見えるだろう?」
 互いに何かを含んだ言い方で視線を交わす。
 彼が何を言いたいのか分かった気がした。


「…他に何かあるというわけですわね。でなければわざわざ見せたりする必要はありませ
 んもの。」
 キッパリと言い放ったラクスを見て、彼は満足げににやりと笑った。



「さすがはラクス。…実はもう一ヶ所見てもらいたいところがある。明朝出発する。」






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ついに50話突破です。おめでとうございますありがとうございます。(1人で言うなよ)
ラストが近づいているからか、かなり詰め込んでますね。
急ピッチで話が進んでいます。たぶん。



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