実りの色は赤い果実 -49-




「…はい、分かりました。」
 キラの姿が消えて、ただの鏡に戻ってすぐ、タイミング良く出入り口の扉が開いた。


「戻りました。薬草を小屋に置いてきます。」
「レイ。」
 籠を片手に後ろを通り過ぎようとした彼に声をかける。
「それは後で構いません。ちょうど良いので貴方にも意見を聞きたいと思います。」
 ニコルが振り返るとレイも籠をテーブルに置いて聞く姿勢を見せた。

「キラからたった今報告がありました。―――先日の夜、オムニの王宮に賊が入り込んだ
 ようです。彼らは全員を生きたまま捕らえたそうですが、翌朝には一人残らず獄中死して
 いたとのことです。」
 驚くことも顔色を変えることもなくレイは聞いている。
 元々彼はめったに感情を表に出さない。常に冷静でなければならない魔法使いとしての資
 質は十分だ。
「貴方はこれをどう考えますか?」
「…反作用かと。」
 しばし考えた様子の彼はポツリとそれ一言だけ答える。
「やはり貴方もそう思いますか。」
「あの方も同じことを考えたからここに連絡を取られたのでしょう?」
 さすがは自分が弟子に見込んだだけのことはあると思った。
 親馬鹿か自画自賛と言われそうなものだが、頭の良い子が好きな自分からすれば理想的な
 弟子だ。
「ご明察です。しかし、それだけの反作用を起こす大きな魔法となれば、無理矢理解除さ
 れた術者本人も少なからず影響を受けているでしょうね。」
 反作用は内面に返ってくる場合もあるため見た目には分からないことも多い。
 ただ、しばらく魔法は使えないかもしれない。魔法というものには意志の強さも重要な要
 素だからだ。
「貴方も大きな魔法を使うときは十分気をつけてください。いくら反作用の対象を別にし
 たとしても、失敗すれば術者にも返ってきます。僕はそれを魔法を使うことの責だと考え
 ています。たとえ頼まれたとしても、魔法をかけるのは僕達ですから他人のふりはできま
 せん。」
「はい。」
 ちょうど良いと魔法の心得を説くと、真摯に受け止めたレイはしっかりと頷く。
 それを見て、ニコルは"宜しい"と満足そうに微笑った。





「―――そういえば。貴方はどうしてこの道を選んだんでしたっけ?」
 立ち去ろうとする彼の背中に再び声を投げかける。

 魔法使いは人と違う時の流れを生きなければならない。
 ニコルがそれでもこの道を選んだのは、それ以上にこの世界に惹かれてしまったことと、
 そして自分には誰もいなかったからだ。
 親も兄弟もすでにいなくて、他に同じ時を生きたいと思う人もいなかった。

「己の探究心を満たす為ですが。」
 視線だけで振り向いた彼はかつてと同じ答えを返す。
 1年前にニコルの前に現れたその時と変わらない力強い瞳のままで。
「そうですか。それなら良いんです。」
 一度視線を外してから、ニコルはもう一度彼を正面から見返した。
「そうそう、これも忘れないで下さい。願いに対価は不可欠です。貴方はよく考えて使っ
 てくださいね。」
 何かを含む言葉。それでもレイは顔色1つ変えない。
 …本当によく出来た弟子だと思う。

「…ならば彼は? オーブの王子の願いを貴方は何故叶え続けるのですか?」
 ところが、そのまま立ち去るかと思いきや、そこで初めてレイが疑問を口にした。
 あれ、と数回瞬いて、二コルはレイに座るように促す。
 話したつもりだったのだが、どうやら忘れていたらしい。

「貴方には話していませんでしたっけ。…キラの対価は大き過ぎて、1つの願いを叶えて
 も余ってしまったんですよ。」


 動物の世話や保護は住むための"条件"であって"対価"ではない。
 ラクスやシン達が住むのも全て、キラの対価で払われている。
 カガリ達にも条件と言ってキラは世話を頼んだが、本来ならそんなことをしなくても問題
 はない。
 ただ残された動物達が心配だから頼んだようなものだ。
 それを知るのはキラとニコルだけだが、知らなくても良いと思っていたから誰にも伝えて
 いなかった。


「その対価とは…?」
 重ねる問いは探究心の現れだろうか。
 ニコルも隠す気はないのであっさりと答える。

「オーブの王族が背負う宿命…ハウメア神の"加護"です。」

 本来ならば対価になどできそうにもないもの。 
 さすがのレイもわずかに表情を変えた。
「彼は望めば王位を得ることができます。姫君と同じだけの加護を彼もその身に受けてい
 ますから。」


 ハウメア神――― かつて1つの国だったこの大陸の初代王にして、この地に降り立った
 神の名。
 自身もまたこの地に根付き、自分が愛したこの国を今も守り続けている。
 現在はオーブでのみ信仰されているが、事実オーブの王族は彼の加護を受けていて、それ
 が伝説ではないことを示していた。

 そのハウメア神が次代の王と示したのはカガリ姫だ。
 けれど何故かキラも同じだけの力を得ていた。
 その事実は本人を含めほんの数人しか知らない。カガリ姫も知らないこと。
 ところがそれが周囲に知られそうになったために、王はキラをヤマト家へ預けて王宮から
 遠ざけた。



「彼は最初に、どうやったら王族でなくなるかを相談してきました。けれどその願いを叶
 える対価はキラが望まないものでした。他人を犠牲にしてまで叶えようとは思えずに彼は
 その願いを諦めます。」
 ニコルは彼が望むなら叶えて良いと言った。けれど彼はそれを願わなかった。
 キラの願いは姉姫と民のために欲しかったもので、彼らを犠牲に叶えても意味のないもの
 だったから。


 キラの欲しかった"自由"
 周囲には自分のためのように言うが、ニコルはその真意を知っていた。

 姉姫の命を脅かす自分の存在が嫌だった。
 自分のために、彼女のために、誰かが犠牲になるのを見たくなかった。
 だから、"王族"という枷から自由になりたかったのだ。



「次に彼は、ならばハウメア神の加護を放棄するにはどうすれば良いかを聞いてきました。
 要は自分よりカガリ姫が王位に相応しければ良いと考えたのです。」
 カガリの願いをニコルが叶えて、キラがフレイの死を乗り越えた少し後。
 キラはニコルにそんな相談を持ちかけた。
 大事な人をもう失くしたくない、と。切実な問題だった。
「けれど彼は直系の王族です。その血を放棄することはできません。だから、加護を弱め
 るためにその加護を対価とすることにしました。」
 本来対価にできないものを対価にしたのだからかなりの無茶をしたと思う。
 けれど、キラの思いを汲んだのかハウメア神はそれを受け入れてくれ、それは対価として
 成り立った。
「あの屋敷も全て加護を対価に叶えられます。」

 ただ、慈悲深いのか何なのか、どんなに対価を払っても彼の王の加護は思ったほど弱まら
 なかった。
 次期王たる者だけが聞ける彼の"声"が聞こえなくなっただけでも良いと思うしかない。

 フレイが死んだあの時も、彼はキラに力を貸し、キラだけが生き残った。それだけ強大な
 "加護"の力。


「王族が背負う枷は他人が思うよりずっと重い。先代の血の誓約からもハウメア神からも
 キラは逃れられないのですよ。」






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狽オまった! 長くなり過ぎ!(汗)
そういえば、対価の話は書かないと以前言っていたような… なかったことに!(死)
WEB拍手・お伽話Iのネタに少しリンク?
本当のハウメア(ハワイ神話)は女神ですが、FANTASIAでは設定上男性体です。
女性体でも良かったんですが、ちょっと過去エピソードを考える上で不都合が出てきたので。
彼がカガリを次期王に選んだのにもちゃんと理由があるんですよー



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