実りの色は赤い果実 -48-
森の屋敷は森の外より少し早めに日が暮れるが、ゆらゆらと揺れる光の球のおかげでわり と明るい。 ケガをした動物達が多数いる小屋で、カガリはキラに頼まれた仕事をこなしていた。 「頭良いなー お前。」 カガリが誉めると、肩に乗った緑色の鳥は誇らしげに翼をはためかせる。 人の言葉も理解できるらしいこの鳥のおかげで、仕事は思ったよりスムーズに終わった。 ニコルを介して伝えられたこの仕事は屋敷に滞在する為の条件なのだという。 怪我をした森の動物達はここを頼ってやって来るらしく、その手当てが今のキラの仕事だ と言っていた。 身体を動かすことは嫌いではないので、カガリはこの仕事を楽しんでやっている。 「カガリ?」 「アスラン。」 同じくキラから馬の世話を頼まれたアスランが顔を出す。 自分の分が終わったから迎えに来てくれたのだろう。 「そっちも終わったのか?」 「うん。トリィのおかげでバッチリ。」 包帯や薬を入れた箱の蓋を閉めて立ち上がる。 それを棚に収めてアスランが待つ扉へ向かった。 「トリィはすごく頭が良いんだ。この屋敷で知らないことはないって。」 キラは分からないことはトリィに聞けば良いと言っていたが、本当にこの箱の場所も動物 達の怪我の手当ての仕方も教えてくれた。 言葉がなくても意思は伝わるものなのだと改めて思う。 「トリィ? って、この鳥の名前か?」 「キラがそう呼んでたし、トリィって呼ぶと応えたから間違いない。な、トリィ。」 カガリが呼びかけると、そうだと言いたげに肩に乗ったまま高く鳴いた。 「こういう生活も良いなー」 次は食事の時間にと動物達に別れを告げて戻る道で、大きく伸びをしながらカガリが何気 なくそんなことを言った。 「カガリ…」 何か言いたげなアスランの視線を受けた彼女は苦笑いで返す。 「分かってる。我が神ハウメアは私を王に選んだ。私はそれを誇りに思うし、放棄しよう なんて考えたこともない。今回が最後だってこともちゃんと分かってるから、だいじょ」 「カガリ」 言い終える前にもう一度名前を呼んで抱きしめる。 「アスランッ??」 突然のことに慌てふためく彼女が抜け出そうともがくが離さない。 「すまない… そんなこと言わせるつもりじゃなかった。」 「あ、アス…ッ」 「…王が滞在を許したのも2人だけにしてくれたのも、カガリを思ってのことだ。」 この屋敷にいれば危険はないと供は全員帰してしまった。 当初は当然渋られたが、王命であることと命じた王の心情を汲んだ彼らは最終的にそれを 受け入れた。 「ここにいる間は姫じゃなくてただのカガリだ。」 これが最後の外出だと誰だって分かっている。 次に出る時は国の代表として、きっとこんなに気軽にはできない。 だから王も許したのだ。親心として。 「お前の気が済むまで、俺も付き合うから。だから。」 優しく、そして強く。 彼女が背に手を回したのに応えるように抱きしめる。 「―――たまには休め、お前も。」 ひんやりと冷えた空気でラクスは目を覚ます。 外からの光がテントの布を透かして、今が朝なのだと告げていた。 起き上がるともうそこにはラクスしかいなくて、外では話し声がしている。 寝過ごしたわけではないが、彼らの朝はとても早いのだ。 鏡も見ずに手早く髪を結い上げると、ラクスもすぐにテントを出た。 みんなが慌しく動き回り、朝食のにおいもどこからかやって来る。 大声で会話が飛び交い、ラクスの目の前を次々に人が通り過ぎていく。 その光景を見渡していると、彼女にいち早く気づいたマリューが手に籠を持ったまま立ち 止まった。 「おはよう、ラクスさん。よく眠れた?」 「はい。ありがとうございます。」 ラクスの返事に彼女は良かったと微笑む。 そうしてすぐに、手を振って朝食の準備のために走り去った。 さすがに朝のこの時間では長く相手をしてもらうわけにもいかないらしい。 当然だとラクスも特に気にせずに、彼女とは違う方へ歩き出した。 「おはようございます。」 「おはよう。」 会う人みんなに挨拶をしながら、キラの姿を探して歩く。 森の屋敷にいる時は、いつも朝起きて一番に挨拶を交わしていた。それから朝が始まるの だ。 それを2年も続けていたのだから、まずその姿を見つけないと落ち着かない。 「…キラ?」 ―――けれど何故か、見つけることができなかった。 旅の一座アークエンジェルは大所帯ではあるけれど、見渡す限りにいないのがおかしい。 ラクスより遅く起きるはずもないし、いったいどこに行ったのだろう。 「キラを知りませんか?」 近くにいた男性に声をかけると彼は首を振る。 「いえ。今朝はまだお会いしていませんが。…お前は?」 「私もまだ。」 そのすぐ後ろに座っていた男性も同じ返事。 2人からすみませんと謝られて、こちらが恐縮してしまった。 何か用事があったわけでもないし。ただおはようを言いたかっただけで。 「キラならすぐそこの湖に顔を洗いに行ったぞ。」 後ろからの声にばっと振り向く。 そこには欠伸をかみ殺しながらバルトフェルドが立っていた。 「安心しろ。キラはもう黙ってお前を置いていなくなったりしない。」 急に真面目な顔で言われて思わず息を飲む。 …それはラクスの心情を的確に察した言葉だったから。 2年前、アスランとカガリが正式に婚約した時、キラは大勢の人達の前で王位の継承を放 棄した。 それはラクスだけに事前に教えてくれたことだったから驚くことはなかったけれど。 彼女を傷つけたのはその後のこと。 ラクスが国に帰っている間にキラは1人で森に行ってしまったのだ。ラクスには何も言わ ずに。 追いかけたのはラクスの意思、けれど全く悩まなかったわけでもない。 周りは背中を押してくれたけれど、キラには最初拒まれてしまった。 だから時折不安になる。キラは何も言わずに行動するときがあるから。 その度に、置いていかれるのではないかと。ずっと不安が消えずにいる。 「キラはお前を選んだ。覚悟も決めた。何も不安に思うことはない。」 苦笑いしながら彼はラクスの頬に触れる。 「だからそんな顔をするな。周りが困るだろ。」 「え?」 自覚のなかったラクスはきょとんとして瞬く。 振り返れば、先程の2人が心配そうな顔でこちらを見ていた。 放っておけなくて動けなかったらしい。 「す、すみません…」 大丈夫だと告げると彼らは軽く会釈していなくなる。 どれだけ不安な顔をしていたのだろうと恥ずかしくなった。 「アイシャのところにでも行って手伝ってると良い。キラはすぐに戻る。」 「はい、そうします…」 「ここ、かな…?」 朝霧で先が霞む湖の畔。膝をついたキラは水面にそっと触れる。 その凍るほどではないけれど冷たい水で軽く手を洗った。 そうして次に、持ってきた銀の皿に水を汲んで琥珀を一粒沈める。 "琥珀"は彼を表す石。これで準備は完了だ。 水を零さないように皿を地面に置いて、たった今清めた右手をかざした。 『朝霧、若草、水鏡、、我呼ぶ琥珀の魔法使い―――』 キラが言葉を発すると、水面が僅かに光を帯び、どこからともなく風を感じる。 『契約により、我の声に応えを。………、二コル!』 呼んだ名前に呼応するように琥珀が泡になって消える。 すると、水鏡が一瞬揺れて、中の景色が変わった。 『おはようございます、キラ。』 「おはよう、ニコル。」 いつもの穏やかな笑みの二コルにキラも微笑み返す。 初めて使った魔法だったけれどどうやら成功したようだった。 …ニコルの魔法に失敗なんてほとんどないのだけれど。 『何か気になることでも?』 すぐに笑顔を引っ込めて、ニコルは真顔で聞いてくる。 まだ朝日は昇ったばかりだ。キラも普段用事がなければこんな朝早くから呼び出すことは ない。 余程のことがあったのだろうと、ニコルも気を引き締めたようだった。 時間もないし、キラも笑顔を収めて向き直る。 「ちょっと聞きたいことと、あと調べてほしいことがあるんだけど。」 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 無印でアスランがキラとカガリにだけ「お前」呼びだったのがツボでした☆ この2人は間の休憩という感じで読んでいただければ。 ラクスはまだキラに対して不安があります。 置いていかれたことがよほどショックだったのでしょうね。 この辺りは過去編で書きます、ちゃんと。