実りの色は赤い果実 -47-
「準備が整いました。」 ミリアリアが報告に来るとマリューとバルトフェルドは先に行ってしまう。 残されたキラとラクスもすぐに行くと伝えてから、ネオ達の方に向き直った。 「慌しくてすみません。ですが…」 「ああ、いや、なるべく急いだ方が良い。」 事態は思った以上に深刻だ。 しかし促す彼をラクスは困った顔で見返す。 それで気を使われていることに気がついたネオは苦笑いで肩をすくめた。 「待つことには慣れてる。なんたって17年も片思いしてるんだからな。」 わざと軽い調子で言えば、安心したのかラクスはくすりと笑う。 言葉の裏の意図にも彼女はちゃんと気づいたらしい。 「ありがとうございます。なるべく早く解決させて彼女をそちらにお返ししますわ。」 「そう願っているよ。」 少しだけ本音を覗かせると、彼女はハイと笑って答えた。 「シン、君とはここでお別れだね。」 キラは少しだけ目線が下のシンの頭を撫でるように優しく叩く。 「僕が手助けしてあげられるのはここまで。これからはステラと2人で乗り越えていくん だよ。」 彼の傍らに立つステラはシンの腕にぎゅっとしがみ付いていて、その信頼の深さが見えた キラは小さく笑う。 ステラがここまで誰かに心を開くなんて思いもしなかった。 愛を知らなかった彼女は自分で愛を見つけた。 ネオやキラが与えた家族愛ではなく、本当の"愛"を。 「ステラ、シンと仲良くね。」 シンから離れた手をさらに下のステラの頭に移して同じように撫でると、彼女は笑顔で元 気よく"うん"と頷いた。 「―――最後まで一緒にいてあげられなくてごめんね。」 本当なら結婚式まで一緒にいたかったと言うキラに、シンは慌てて首を振る。 「そんなん別に良いって! 俺はもう大丈夫だからさ。」 そこまで甘えられない。 いずれはキラ達の手を借りずに自分達でやらなければならなくなる。 それがほんの少し早くなっただけだ。 「こっちこそ、たくさん迷惑掛けてごめん。…あそこでの生活はすごく楽しかったし救わ れた。ありがとう。」 シンの言葉にキラは微笑むと手を差し出す。 その手を躊躇いなく取って、シンは力の限りに強く握り締めた。 その強さがキラに対する感謝の気持ちだと言わんばかりに。 「でもこれが最後ってわけじゃないから。剣舞も教えなきゃいけないしね。」 「アスランも一緒に教えてくれるんだよな。楽しみにしてる。」 さよならは告げずに2人はその手を離す。 そうして、「行ってきます」の言葉を残して、キラ達はオムニの王城を後にした。 人気のない廊下をアイリーンはただひたすら前へ進む。 いつまでも囚われの籠の鳥でいるつもりはなかった。やっと訪れた好機をここで逃すわけ にはいかない。 「…ッ」 長いドレスの裾に足を絡めとられそうになって、アイリーンは姫君らしくなく舌打った。 裾の長いドレスも高いヒールの靴も走りにくいことこの上なく、これまでも何度転びそう になったか知れない。 気を失わせたとはいえ、女の力では高が知れている。追いつかれてしまうのも時間の問題 だ。 進まない足に苛立ち、ついには靴を脱ぎ捨て手に持った。 これなら足音も響かない。 (これで少しは―――) 「…どちらへ?」 「!」 前方から優雅な足取りで向かってくる男に気づいて睨みつける。 まさかこんなに早く見つかるとは思わなかった。 「―――ッ ギルバート・デュランダル!!」 彼女の視線を正面から受け、闇色の男は小さく笑む。 「さすがはラクス様の右腕と呼ばれる方だ。まさか兵を昏倒させて逃げ出すとは。」 感心されているのか呆れられているのかは微妙だが、別にその辺りはどうでも良い。 この男からの評価など興味はなかった。 それよりも気にするべきはもっと別の、、 「…貴様、会議の時間ではなかったのか?」 「少しの間くらい任せても平気でしょう。彼らは無能ではない。」 どこまでも余裕な態度が気に食わない。 しかし疑問に答えさせるために一先ず感情は殺した。 「…、どうやって知った?」 この廊下は一本道だ。 追い越された覚えもないのになぜ彼がこのことを知っているのか。 「知っていますよ。貴女が侍女を使い扉を開けさせ、見張りの兵を打ち倒して走り去った ことも。」 「!?」 まるで見ていたかのように詳細に述べられて愕然とする。 それは間違いなくたった今彼女が実践したことだった。 「私には遠くを見通せる眼があるのですよ、姫。」 己のこめかみを指差して彼は言う。それはどういう意味なのか。 「さあ部屋にお戻りください。」 「誰が貴様などに従うか。」 一言で吐き捨てて、ちらりと彼の背後を伺う。 彼1人なら、ここを抜けばどうにかなるかもしれない。 どうやって彼を出し抜くかと考えをめぐらせていると、不意に彼が勝者の顔で笑った。 「これでも同じことが?」 アイリーンの後ろを指差し、それに倣って振り返る。 「アイリーン様!」 「な、……!」 逃げるのを手伝ってくれた侍女が兵に連れられて立っていた。 「この短期間で侍女をここまで心酔させてしまうとは、本当に大した方だ。」 裾を絡げる勢いで彼に向き直り、さらに鋭い視線で睨みつける。 思った以上に行動が早いが、動揺を悟られるわけにはいかなかった。 「彼女は騙されただけだ。関係ない。」 「誤魔化しても無駄です。全部知っていると言ったでしょう。」 この男は躊躇わない。ここで抵抗すれば彼女は確実に殺される。 アイリーン本人の命ではないところがこの男の周到な部分だ。 「さて、どうしますか?」 「アイリーン様! いけません!!」 見捨てられないのを知っていて彼は選択を迫る。 切り捨てても構わないと彼女は言うのだろうが、アイリーンの心がそれを許さなかった。 そして彼はそれを分かっている。 「貴様…!」 「全ては貴女の行動次第です。」 対等のはずの力関係は今や歴然の差。 国王が不在の間にここまでになるとは想像もしなかった。 「……ッ」 しかし、今の彼女に為す術はない。 無言で彼に背を向けると、侍女と兵の脇を通り過ぎて、籠の中に戻るべく足を向けた。 「おーい、テントを張れー!」 バルトフェルドの声に各々応えた団員達は早速野営の準備に取りかかる。 彼らは手馴れた様子で次々と組み立て、あっという間にテントが出来上がっていった。 「疲れた?」 それらを少し離れた場所から眺めていたラクスのところへミリアリアがやって来て隣に並 ぶ。 「いいえ。こんな機会は最初で最後ですから、思い切り楽しんでますわ。」 前を見たまま微笑む彼女には、言葉の通り疲れの色は見えなかった。 「ところで、何を見てるの?」 ずっと同じ場所を見続ける彼女を不思議に思ってその視線の先を追う。 そこは火を起こす者やテントを張る者達でワイワイと騒がしいだけの場所だ。 何がそんなに面白いのか、見慣れたミリアリアには分からなかった。 「…キラが、楽しそうなので。」 しばらくしてぽつりとラクスが呟く。 団員に混じってテントを張っているキラは、確かにいつになく生き生きして見えて。 ラクスはそれを慈しむような笑みで見守っていた。 「まー キラは何度か一緒に旅してるから。慣れてるのよね。」 「え?」 「こういうの珍しくないのよ。オムニ王は即位するまでずっと付いて来ていたし、この前 はステラを夢見の森の入り口まで送ったし。」 ネオの件は特殊だとしても、お忍びで国を巡るときにAAを利用するのは珍しくないこと なのだとミリアリアは言った。 「だから気を使わなくて良いから。」 ラクスがずっと気にしていたことに気づいていたのだろうか。 にこりと笑ってそれだけ言うと、彼女もまた自分の準備のためにそこを離れて行った。 完全に溶け込んで笑っているキラを何も考えずに目で追う。 彼と違って何をすれば良いのか分からないラクスには、他にすることがなかった。 周りはキラを王子としては扱わない。 キラも他の団員と同じように膝をつき、手を汚して作業に加わる。 ここでのキラは森の屋敷と同じように自然体だ。 だから、彼らとの旅はきっと彼にとっては良いものだったのだろうとすぐに分かった。 「―――あ、」 見ていたのがバレたのか キラと目が合う。 すると彼は周りに断ってこちらへとやって来た。 「キラ? どうかしたのですか?」 「うん。ラクス、手を出して。」 キラの考えがよく分からず、とりあえず言われた通りに手を差し出す。 その手をとったキラは、彼女の手のひらにあの音の鳴らない鈴を乗せた。 「返すの忘れてた。」 今じゃないとまた忘れそうだからと言ってキラは苦笑う。 「…私が持っていてもよろしいのですか?」 これは魔法具だ。そして全ての魔法に反応するというかなり希少なもの。 確かにキラからラクスが貰ったものだったけれど、それはあの夜だけ"貸す"という意味な のだと思っていた。 「"お守り"だから。これからも君に危険が及ばないように。」 だからこれはラクスのものだと、キラは彼女の手を包んでそれをぎゅっと握らせる。 その手をじっと見つめて、そして顔を上げるとキラの柔らかな笑みがそこにはあって。 「ありがとうございます。」 お礼の言葉は負けないくらいの笑みと共に。 そうすれば、キラはきっともっと綺麗に笑うから――― >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ギルとカナーバさんの会話が実は好きです。甘い会話ばかり見てるのでこんな殺伐とした会話が新鮮で(笑) 放っておくとすぐキララクとかアスカガはらぶらぶな会話を始めてしまうんですよねー