実りの色は赤い果実 -46-
「王族でありながら長い間それを放棄していたのは私です。替え玉さんの存在を知っても 放置していたことも悪いと思っています。」 父がくれた猶予に甘え、国よりも自分の想いを優先させた。 今の事態を招いてしまったのはその代償だ。 ―――父や自分がいない隙に何かが入り込んでしまっているなんて。 「これ以上国を空けるわけにはいきませんわ。」 キラの方をちらりと見る。 けれど、笑って頷く彼にはそれ以上何も求められなかった。 自分に彼を束縛する権利はない。 戻ると言ったのはラクスで、キラに付いて来て欲しいとは言えない。 たとえ彼が森に戻ると言っても、ラクスにそれを止める術はなかった。 別れを覚悟して痛む胸を押し殺し、ラクスはスイと視線を逸らす。 キラがそれを見て苦笑いしたのには気づかなかった。 「…僕も、そろそろ勇気をださなきゃいけないかな。」 ぽそりと呟き、何?と聞き返すシンに笑う。 「シン、ありがとう。君のおかげで決心がついた。」 「……?」 穏やかな表情の理由が分からない。 キラの中で何か変化があったのは分かったけれど、言葉にも気負いがなくて、それが不思 議でならなくて。 「どういう意味?」 シンの問いかけにキラは悪戯っぽくウインクひとつ。 「―――君と同じ。直談判しに行くってこと。」 キラはシンの前を通り過ぎ、背中を向けるラクスの傍へ。 「ラクス。」 優しい声音で名前を呼んで、振り返った彼女の手をとる。 「僕も行くよ。」 言葉の意味に気づき、驚きに目を見開くラクスを見ても、キラはただただ優しく微笑むだ け。 キラ、と呟いた声は音にならず、けれどキラは頷いてそれに応えた。 「巻き込んで良いよ。あの時決めたんだ、僕は君と同じ道を行く。」 ずっと王族であることから逃げ続けていた。 その責任に押し潰されることを怖がっていた。 カガリのこと、フレイのこと、どれもみんな言い訳だと気づいていたけれど。 それでも自分の願いを叶えてくれようとする優しい人達が傍にいて、その優しさに甘え続 けて。 でも、もう逃げるつもりはない。 ―――自分の自由を願うより、彼女の傍を選びたいと思ってしまったから。 「よろしいのですか…? キラは、」 「前に"覚悟"が決まるまで言うつもりはなかったって言ったよね。これがその"覚悟"、だ からもう迷わない。」 「――――…ッ」 言葉にするより腕の中に飛び込む方が早かった。 震える声で何度も名前を呼ぶ彼女を、キラは抱きしめ返すことで受け止める。 「順序が逆になっちゃったけど――― 君の未来ごと、君の全てが好きだよ。」 「またレイに頼む?」 ここからプラントの首都アプリリウスまでは、直線距離にすれば森の屋敷に戻るよりもか なり遠い。 すぐに行くならば前回のように魔法で行くのが1番だ。けれど、キラは少し考えた後に首 を振る。 「…いえ、AAと行きます。また協力していただきたいこともあるので。」 血の誓約で呼べる者は限られるし、数は多い方が良い。 時間よりもそちらを優先することにした。 ―――それから、少し気になることもあるし。 「良いですよね?」 座長のバルトフェルドではなくネオの方を振り向くキラに、問われた彼はオイオイとツッ コミを入れる。 「なんで俺に確認を取るんだ。」 「…だ、そうです。」 それを了承と取ったキラはそのまま反対を向いてマリューを見た。 「あら、そう。こちらはいつでも出発できるわ。」 彼女の返答は至極あっさりしたものだ。 そこでキラの意図をようやく理解したネオが顔色を変えても遅い。 「や、やっぱりあと一晩……」 「時間がないわ。次はいつになるか分からないけど元気でね。」 駄目元で縋ってみてもマリューからはつれない返事。 彼がガックリ肩を落としても、気にせず背を向けて団員に準備をするよう指示を出す。 「…まぁ、コトが済んだらまたこっちに来るよ。」 同情したバルトフェルドからの慰めの言葉にも曖昧にしか反応なし。 哀愁漂う背中に、バルトフェルドも呆れ半分で苦笑いするしかなかった。 キラも目立たない服に着替え、元の部屋に戻ってAAの準備を待つ。 ラクスはまだらしく、今のところ姿は見えなかった。 「…でも、その偽ラクスはどうやって城に入り込んだんだろう?」 「宰相が連れて来たらしいわ。」 キラの独り言に答えたのは旅装に着替えて戻ってきたマリューだ。 準備の方は他の団員に任せたらしい。 「デュランダルが?」 「姫は記憶喪失になっていたのだと言っていたの。」 「だから多少の違和感は仕方ないというわけですか。」 王がいれば状況は違ったのかもしれないが、彼は長期の不在。 彼女を偽者だと証明するものが何もない。 宰相が何の目的で彼女を連れてきたかが分からないが、純粋に国のためだと思うことはも うできない。 さらに昨夜の暗殺にも宰相が絡んでいるとなると、事態はもっと深刻だった。 「周囲の意見は半々ね。…そうそう、元々の姫付きの女官や侍女は全員入れ替わったそう よ。」 「全員!?」 「今そのラクス姫には伯爵令嬢が付き従っているのだけど、彼女と宰相の采配らしいわ。」 念には念をということだろうか。 入れ替わってしまえばますます証明しづらくなる。 その伯爵令嬢も気になるが、宰相への疑いはもっと強くなった。 しかし、シーゲル王は愚王ではない。 信頼しているとはいっても、宰相を野放しにしているはずがないのだが。 どこかに抑止になるものが存在しなくてはおかしい。 「そうだ。アイリーン姫は?」 彼女こそ宰相に対抗し得る"抑止力"。彼女がいるならばそんな事態は起こらないはず。 王は2人に任せて城を空けたのではなかったのだろうか。 「それが… 彼女の姿はここ最近見えないらしいの。」 マリューの表情は硬い。 「女官達の話によれば、姫君の記憶喪失の原因を調べにオーブに向かったということだけ ど。」 「…彼女がオーブに来た形跡はない?」 「ええ。」 どうやら彼女の身の危険も案じる必要がありそうだ。 彼女は公爵家の姫だから、命までは取られないとも思うけど。 でも、"ない"とは限らない。相手の目的が分からない以上、その保障はできなかった。 「他に情報は?」 「正直、王も姫もいない状態ではそこまでが限界ね。彼女がどこにいるかまでは私達でも 掴めなかったわ。」 あの男相手ではアークエンジェルとしても城に入り込めなかった。 そういう娯楽は必要ないと切り捨てられたのだ。 すでに何か感づかれているかもしれないし、それ以上の深入りはできなかった。 「…アイリーンがどうかしたのですか?」 薄紅色の丈の短いドレスと、紫のローブに着替えたラクスが2人の間に顔を出す。 「え、えっと……」 「隠し事は無しですわ。彼女は私の右腕です。」 誤魔化そうとしたのに先手を打たれてしまった。 今までのこともあるし、これ以上キラに勝ち目はない。 「後で話すよ…」 「よろしくお願いしますわ。」 その時のため息混じりのキラの表情をラクスは見なかったことにした。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 思いがけずキララクがラブりました。いや、ホントに予想外。 おかげでカガリとかカナーバさんとか入らなかった(汗) この場面はもう少し引っ張りますスミマセン。