実りの色は赤い果実 -45-




 ステラから話を聞いてやって来たネオは 兵に命じて刺客達を地下牢へと連れて行かせた。
 それからラクスに新しい部屋をと別の部屋へ自ら案内する。
 マリューから事情を聞いていたのか、彼は特に説明を求めはしなかった。


 ―――代わりに、それを求めたのは狙われた当事者であるラクス。


「どういうことですか? これは…」
 その問いは至極当然だ。彼女には何も教えていなかったのだから。
 何事もなければ知らないままで済ませようと思っていたが、こうなってしまった以上隠す
 ことはできない。
 彼女からの視線を受け止めたキラは少しだけ躊躇いを見せてから口を開いた。


「…森の屋敷でも似たようなことがあったんだ。」
「え?」
「僕達が遠乗りに行った日に、侵入しようとしたらしい男の死体を見つけた。だからまた
 あるんじゃないかって思ってAAに頼んだんだ。」

 屋敷内には及ばなくても、一歩外に出ればその加護は受けられない。
 そのための予防策だったのだと。
 しかしそれだけの説明では彼女が納得する理由に少し足りなかった。

「何故、私にそれを教えてくださらなかったのですか?」
 責めるような声で彼女はもう一歩詰め寄る。
 狙われているのが自分なら、尚更知らずにいたことが嫌だった。
 護られていることにさえ気づかないほど愚かな人間にはなりたくない。
「誰が狙われているのか分からなかったし、あそこにいれば安全だからね。余計な心配事
 を増やす必要はないと思って。」
「嘘です。キラは私が狙われていると知っていたのでしょう? そうでなければマリューさ
 んを私につけたりしなかったはずです。」
「もしもの為だよ。その証拠にステラにも僕達にも付けてもらったし。」
「…本当、ですか?」
 スラスラと述べられる答えはどれも説得力があるものの、それでもラクスは疑いの眼差し
 を向ける。
「でしたら何故、私に鈴を―――」

「失うことが怖かっただけでしょう?」
 溜息と苦笑いで横から口を挟んだのはマリューだった。
 しかしその言葉はキラに向けられたもので。
「マリューさんっ」
 慌てるキラを無視して、彼女はラクスへも同じ表情を向ける。
 それは王族とAAという立場をも超えた、まるで姉のような、そんな顔。
「一度失ってるからこそ、同じ思いをしたくなかったのよ。別に確信があったわけじゃな
 いの。」
「――――…」

 彼女の言葉を聞いて、それ以降の反論を飲み込んだラクスは、そのままキラへと視線を戻
 す。
 恥ずかしいのか 気まずそうに目を逸らされてもラクスはただじっと彼を見ていた。



 喜ぶべきなのか、胸を痛めるべきなのか―――
 複雑な思いで彼を見つめる。
 
 彼は「忘れない」と言った。
 2度と同じ思いをさせる気はないけれど、彼女には敵わないと思ってしまう。
 すべてを含めたキラだから好きになったとしても、彼の中の彼女の存在は大き過ぎる。
 もし自分が彼女だったらと、一瞬でも思ってしまいそうになるほど。



「…ラクス……」
 そろそろ視線が痛いと困った顔でキラが呟いてようやくラクスは思考を切る。
 周囲を見ればシンやネオは気まずそうな気の毒そうな顔をしていたし、マリューは苦笑い
 で、ステラはよく分からずにきょとんとしていた。
 とはいえ、そこを気にするようなラクスではないので気にしないでいたけれど。




「ま、とりあえず詳しい話は明日にしよう。依頼主は捕まえた奴らに吐かせれば良い。」
 その場をまとめるネオの言葉にその場の全員が肯く。
 全員気絶させただけで殺してはいなかった。
 あんなものから出てはきたが見たところ普通の人間だし、突然消えることはないだろう。


 じゃあ解散という流れになったところで、キラはラクスの異変に気づく。
 常の彼女なら笑顔でみんなを見送るはずなのに、今はただ黙って何事か考え込んでいる様
 子で。

「ラクス?」
 また思考の中へ入ってしまっていた彼女はキラの言葉ではっとして顔を上げる。
「…いえ、何でもありませんわ。」
 すぐにいつもの温和な微笑みで見送る体勢に入ると、何か言いたげだったキラも口を噤ん
 だ。





 まだ誰にも言っていない。
 あの言葉が聞こえたのはおそらくラクスだけ。

『死ね、偽者め。』

 つまり"彼女"が本物で、こちらが偽者だと。



 これが終わりではなかったことを知ったのは、翌日のことだった。
































 その報告が入ったのは、翌日の朝食の席。

 嫌がるキラの昔話を面白おかしく話していたネオの元へ、血相を変えてやって来た側近の
 一人が何事かを耳打ちする。
 途端、彼の表情もまた厳しいものへと変化した。

「全員!? あれだけの数がいたのにか!?」
 声を荒らげて問い返す彼の声で場の空気が一瞬にして緊張感に包まれる。
 誰もが無言で見つめてくるのに気づいたネオはひとつ息を吐くと、今伝えられた内容を反
 芻して聞かせた。

「―――昨晩の刺客が獄中で全員死んでいたそうだ。」

『!?』
 あまりの衝撃の事実に、さすがのキラも表情を変える。
 他の面々もすっかり言葉を失い、楽しい朝食の場はまるで北の氷山のように凍りついた。


「…すみません、油断しました。まさか反作用の対象が術者じゃなかったなんて……」
 あれだけの数を気づかれず殺すのは不可能だ。となれば、最初からそうなるように仕掛け
 てあったと考えるのが妥当といえる。
 鏡を割って解除させたことで、術式が失敗となり彼らに跳ね返ってきたのだろう。
 大きな力ほどその代償も大きくなることを考えると、相当な無茶をしたことは容易に知れ
 た。
「つまり口封じも兼ねているわけか…」
 苦々しい顔でネオが呟き、場の空気はさらに重くなる。
 誰もまさかそこまで相手が非情だとは思わなかった。


 キラもラクスに害を為す者を許す気はないが、だからといって全員死ねば良いなんて思っ
 ていない。
 恐らく彼らは誰かの命令でやったはずで、許さざるべきは彼女の命を狙うように命じた者
 だ。
 反作用のリスクも計算の上で命じたような、人を捨て駒にしか考えていないような、そん
 な人間が必ず裏にいる。
 なかなか尻尾を現さないその人物にキラの苛立ちは募る一方だった。


「こちらこそすまなかった。翌日にしようと言い出したのは俺だ。」
 一国の王がそう言って頭まで下げようとしたのをラクスは首を振って制する。
 謝るべきは貴方ではないと。
「この件にプラントが関わっていることは分かっていますから。」
「え?」
 急に出された彼女の国の名前にネオは目を瞬かせた。
 抑揚のない冷静な声で、彼女はまるで他人事のように言葉を続ける。
「私が生きていると困る人が、我が国の王宮にはいらっしゃるようですわ。」
「ラクス!?」
 "どうしてそれを…"と言いかけたキラを見て、彼はやっぱり知っていたのだと気づく。

 やっぱり彼はずるい人だ。
 相手にそれを気づかせないまま護ろうとしていたなんて。
 …それは嫌だと昨日も言外に伝えたはずなのに。


「彼らは私を"偽者"だと言いました。ならば彼らの言う"本物"はプラントの王宮にいる姫
 君でしょう?」
「っ!!」
 キラが表情を凍りつかせるが、ラクスの方はそれほど動揺をしていなかった。



 同じ姿をした姫が2人。
 片方が本物の姫君なら、もう片方はいてはならない存在だ。

 そしてその王宮にいる"姫君"は父が連れてきた者ではないという。
 …何か良くないことがプラントの王宮で起きている。



「戻ります。」
 決意を秘めた眼差しで、ラクスはついにその言葉を口に出した。






    >>NEXT


---------------------------------------------------------------------


ラクス様の決意表明の回。
ちょっと長くなりすぎたのでぶった切りです。



BACK