実りの色は赤い果実 -43-




 遠く聞こえる虫の声。
 ザフトではもう少し先に現れるはずだが、北のこの国ではもう鳴いているのか。
 夢うつつにそんなことを考えて、シンはぼんやり目を開けた。

(…まだ 夜中、だよな……)

 普段なら夜中に目を覚ましたりしないシンがこの時間に起きてしまったのは、単に月明か
 りが眩しかったからだ。
 だいぶ低くなったせいで 月光が部屋の中に真っ直ぐ入り込んでいるのだろう。
 閉じられているはずのカーテンが開いていることに気がついて寝返りをうてば、ベッドに
 座ってそちらを眺めているキラが目に入った。

「眠らないのか…?」
 まだ半分寝惚けていたから声は幾分小さくなった。
 けれどちゃんと聞こえたらしく、振り返ったキラは見られて気まずかったのか微妙な表情
 を浮かべている。
 悪戯が見つかった時の自分に似ているなと思いつつ、キラの瞳に陰りを見つけたシンは再
 び閉じそうになる目を堪えながら彼を見た。
「今夜来るとは限らないだろ? そんなんじゃ疲れるんじゃねーの?」
 もし今夜だとしても 何かあればサイが教えてくれるし、キラが起きてまで待つ必要はな
 いはずだ。
 だから寝ても大丈夫だ と。
「うん…そうだね……」
 気遣われていることに気づいたのか キラは小さく頷いた。
 返事に満足したシンの意識はそこで薄れ、また眠りに落ちる。


「…でも、眠れないんだ。」
 キラの呟きはシンには届かなかった。



 再び月を見上げる。
 今にも雲に隠れそうな低い月はキラの不安を表しているようにも見えた。

 息苦しい。
 すごく嫌な予感がする。

 こんなことなら自分が狙われている方がどんなに楽か。


「ラクス……」
 杞憂であって欲しいと願いながら、キラは眠れぬ夜に思いを馳せた。
































 月が雲に隠れ、虫の声も止む。
 そんな不気味な闇夜に不穏な影が複数。
 音もなくその影は目的の場所へと近づいていく。




 リィ―――ン…
 耳元で涼やかな鈴が鳴り、ラクスははっとして目を覚ました。
 部屋に戻る間際にマリューから手渡された小さな鈴。
 キラからのお守りだと言われたそれは、小さな音なのにすごく耳に残る音で。

「…?」
 起き上がってその鈴を手に取る。
 不思議な鈴は特に振ってもいないのに音を鳴らしていた。
「キラ…?」
 それが意味するものは一体何なのか。
 その音が大きくなっているのは、たぶん気のせいではないはず。


 その時、外からは開くはずのない部屋の窓が突然開かれ、ラクスは鈴から顔を上げた。
 数人の黒い外套に身を包んだ怪しげな男達が無遠慮に部屋に踏み込んでくる。
 男達はラクスが目を覚ましていることに少し驚いていたようだったが、だからと後に引く
 ような気配は見せなかった。

 周りには誰もいない。ラクスに身を守る術はない。
 けれど、ラクスが相手に怯むこともなかった。
「何者です!?」
 鈴がまた涼やかな音を鳴らす。
 ラクスはそれを見えないように握り締め、相手をまっすぐに睨み据えた。

「名乗るつもりはない。死ね、偽者め。」
「!?」
 簡素な言葉を返した男は、銀に光る短刀を彼女に向けて襲いかかる。
 確実に急所を狙った攻撃を姫君であるラクスが避けることはできない。

 キィ―――ン!

 刃が彼女に迫る直前に、両者の間に何かが割って入った。
「…さすがはキラ君ね。予想通りだわ。」
 男の短刀を正面から受け止めたマリューは、踊り子の衣装ではなくAAの白い装束を纏っ
 ている。
 相手が自分を認識する前に、彼女は素早く獲物を叩き落した。
 そして懐に入り込むと鳩尾に肘鉄を喰らわせて昏倒させる。
「貴女が叫んでくれて助かったわ。気づかないところだった。」

 ラクスに持たせた鈴は二コルに作ってもらった魔法具だ。
 危機が迫っているのを知らせるそれの正体を知った時、マリューは自分達が信用できない
 のかとキラを少し責めた。
 しかし彼は人の力が及ばない何かを感じる と。
 それは直感だったけれど、彼には彼の王の加護があるから侮れなかった。
 そして敵は今確かに、AAの網にも引っかからずにこの部屋への侵入を果たしている。
 さらに襲撃が今夜だとふんだのもキラだ。

 本当に、彼の直感は侮れない。



「たった1人の護衛で我々に太刀打ちできると思うのか?」
 倒れた男とはまた別の刺客がマリューを小馬鹿にしたように笑うと、彼らの背後からまた
 何人もの黒装束の刺客が現れる。
 けれどマリューは慌てなかった。振り向かずにラクスに合図を送る。
「ラクスさん、"呼んで"。」
「はい。」
 ラクスは頷き 青い石が嵌め込まれたブレスレットに触れた。
 使役権を持つ王族が産まれたときに持たされるその"石"は その力を行使する時の大事な
 媒体だ。

 淡い光を帯びる石に呼びかける。

『血の誓約によりプラントのラクスが命じます。
                        ここに来なさい!―――AA(アークエンジェル)!!』
















「キラ。」
 声に振り返れば、いつの間にか部屋の隅に立っていたサイが不敵に笑う。
 その体は闇の中で白い光に包まれて明るく輝いていた。
「ビンゴだ。ラクス姫に呼ばれた。」
 サイはそれだけ言って、彼女の声に応えて消える。
 キラもすぐ枕元の愛剣を手に取るとシンを起こしにかかった。


「…大丈夫、今ので起きた。」
 意外にもシンはすぐにはっきりとした意識で目を覚ます。
 確かにあれだけ明るければそれも当たり前なのかもしれないが。
「僕らも急ごう。」
「ああ。」
 2人は目を合わせて頷き合うと、ラクスの部屋に向かうべく寝室を飛び出した。






    >>NEXT


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血の誓約の行使場面をようやく書けました〜!
全シリーズ通しても意外に少ないんですよね。(シリーズってもまだ全然書いてませんがー)
ラクスはブレスレットですが、双子は揃いの細工の指輪だったりステラはイヤリングだったりします。
アクセサリーは統一してないです。ちなみにアスランはイヤーカフ。
あー 小ネタ書きたいー! でも本編書き上げないと書けないのが多すぎるー!!

さて、次回に続きます。



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