実りの色は赤い果実 -42-
キラがそこを訪れた時、彼女はまるで待っていたかのような顔で振り返った。 月明りでも映える紅い色の衣装。 栗色の髪を後ろに流した美女はキラの姿を認めるとふわりと微笑う。 その背に佇む噴水は光の粒を散らしながら流れ、ロマンスが生まれるシチュエーションに はぴったりだ。 ―――互いに相手が違えば、そうだったかもしれない。 けれどその瞳は踊り子ではなく本来の仕事のもの。 彼女は彼の王ではなく、本当にキラのことを待っていたようだった。 「―――マリューさん、お願いがあるんですけど。」 キラがそう切り出すと、彼女は分かっていたという風に笑む。 「ラクスさんのことでしょう? 私が護衛に付くことになっているから安心して。」 「…さすがですね。」 依頼する前から準備していてくれたらしいことを知って、その早さにはキラも驚くしかな かった。 本気で驚いているキラに、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクを返す。 「私達を誰だと思ってるの?」 「そうでしたね。頼りにしてます。」 王族直属の諜報機関AA、その経験値はキラよりも遥かに上だ。 キラも剣の腕で劣るとは思わないが、彼女達はより実戦向きでその点では敵わない。 滞在時期が重なったのは偶然だが、彼らがいれば百人力だとキラはその強運に感謝した。 「ステラの方にはミリアリアさんが行くわ。こちらは念のためね。」 「…オムニはやっぱり白ですか?」 彼女の言葉は標的を限定している。 あの時屋敷に残っていたのは2人だけだったから、どちらかが狙われているのは分かるけ れど。 けれどマリューは"どちらか"ではなく、すでに"彼女"だと断定していた。 「あの人やスティング達にも協力をお願いして調べたけれど、特に問題はなかったわね。」 オムニに問題がないとするなら残るは―――… 「貴方達にはサイを付けておくわね。」 こちらも念のため、ということだろうか。 サイはキラよりひとつ年上で、ミリアリアと同じくキラとは仲の良いAAのメンバーだ。 彼もまた優秀で、今の年ですでに次期座長候補として名を挙げられているほど。 「…そんなに危険な相手だとAAは想定してるんですか?」 マリューもミリアリアもサイも、AAでは上位に位置するメンバーのはず。 険しい表情になるキラに、彼女は「違うわ」と言って笑った。 「気心知れた相手の方が良いと思ったからよ。ステラはキラ君の屋敷に送っていく時に彼 女と仲良くなったみたいだったから。」 そういうことだったのか、と。 やっと今、ステラがどうやって夢見の森まで来れたのかが理解できた。 オムニ王らしい上手なAAの使い方だ。 「それと、サイに関しては情報源に大いに利用しても結構よ。」 弟を使うのは姉の特権とでも言わんばかりの彼女に、キラは眉間の皺は解けたものの苦笑 いしかできない。 彼女とサイの間に血の繋がりはないが、同じ人に育てられた為に本当の姉弟のような関係 だ。 しかも彼を最初に見つけて拾ったのはマリューだというから、サイは彼女に頭が上がらな かった。 「僕としては助かりますけど、あんまりサイを虐めないで下さいね。」 「あら、可愛がってあげてるのよ。可愛い可愛い弟だもの。」 改める気はまるでないようで、キラは何とも言えなくなってしまう。 そうしてようやく「部屋に戻りましょうか…」とだけ言うのがやっとだった。 「…? どうしたんですか?」 踵を返そうとして、一緒に来ると思った彼女が動かないことに疑問を持つ。 闇に視線を向けて物思いに耽っている様子の彼女にそっと尋ねると、マリューは振り向い て苦笑った。 「あの人の哀しい顔が浮かんだの。」 「……すみません。」 その一言で分かってしまったキラは赤くなって俯くしかない。 2人の仲はキラも知っているし、滅多に会えない相手と久々に会えたなら彼がマリューを "呼ぶ"のも当然だ。 けれど彼女はキラ達のために仕事を優先した。 申し訳ない気持ちになるが、彼女は大丈夫と言って笑う。 「良いのよ、たまにはお預け食らっても。それくらいでへこたれる人じゃないもの。」 それはそうかも、とキラも思った。 彼のことは即位前―――彼がムウと呼ばれていた頃から知っている。 そしてどれだけ彼女を想っているかも。近くで見ていたからよく知っていた。 「…何年越しの片思いでしたっけ。」 「さあ。覚えてないわ。」 夜の女神はそう言ってはぐらかす。片思いと揶揄ったことにも触れずに。 彼女の想いの在処もキラは知っているけれど、彼女が何も言わないから何も言わないこと にした。 「何を話してたんだ?」 マリューと一緒にいたところを見られていたのだろうか、キラが部屋に戻ってくるとシン から開口一番そう聞かれた。 ベッドは2つ置かれていて、その片方に座ったままシンはじっとこちらを見ている。 「…えーと、どこから話せば良いかな……」 元から隠す気もなかったけれど、話すとなると最初から説明しなくてはならないだろう。 森の黒装束の死体のこと、それが自分達がいない間だったことも。 けれどキラもまだ情報を得ていない為、話すとしても憶測の域を出ない部分も多い。 そんな状態で話して良いものだろうか。 「もうすぐサイが来るから、そうしたら」 その時 言葉を遮られるようにドアをノックされる。 それにキラが応えると、「失礼します」と言って相手はドアを開けた。 「キラ、今夜の件だけど―――…って、どうした?」 2対の瞳に見つめられたサイは、ドアを開けた姿勢のままで眼鏡の下の細い目をぱちくり させる。 ちょうど良いタイミングだとキラは彼を手招きした。 「頼んでおいた件、今分かってるだけで良いから全部教えて。」 そうしてサイも交えてシンに説明した後、「どうしてもっと早く言わねーんだよ!」とキ ラはシンから怒鳴られた。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- まぁ、ネオ(ムウ)とマリューの関係はいつか全部書きたいなぁと。 このカップルは話がたくさんあるんですよ〜 彼女はステラ達を呼び捨てするんですが、その辺りにもちゃんと理由があるんです。 っても、AAのメンバーは王族に対しても"様"を付けないんですけどね。