実りの色は赤い果実 -41-




「2、3日ゆっくりしていくだろ?」
 帰ろうと思えば一瞬で夢見の森に帰ることができるキラに向けられたネオのその言葉は、
 もう決定事項と言わんばかりだ。
 彼のことだから断ったところで何も言ったりはしないだろうけれど、元々キラの方もシン
 のことがあったから断る気は最初からなかった。
「じゃあお言葉に甘えます。」
 それを聞きつけたシンがあからさまにホッとした様子を見せて、気づいたネオは内心で笑
 う。
 オーブを嫌っていたはずの彼がずいぶんな懐きようだと。けれどそれもまた、キラの人徳
 故だろう。

 ステラもアウルも隅で凹んでいたスティングも喜んだところで、ネオが「ああ、そうだ」
 と付け加える。
「アークエンジェルも来ているから楽しんでいってくれ。」
 それを聞いてキラは幸運だと小さく笑った。











 オムニ王が開いた夕食会は、ネオ達親子にキラとラクスとシンのみが加わっただけのこじ
 んまりとしたものだった。
 1人に割り当てられた席は毛皮の絨毯と背凭れ代わりの大きなクッション。椅子ではなく
 床に座り、いくつもの大皿に盛られた料理を半円状に囲む。
 あえて気安い雰囲気にしたのはキラのための配慮だろうか。
 …本人が何も言わないから確証は得られなかったけれど。だからキラも内心だけで感謝す
 ることにした。



 シンバルの音が鳴り、煌びやかな衣装に身を包んだ踊り子が現れる。
 彼女は一段下の広間に跪いて彼らに頭を垂れた。

 すべらかな肌に明るい彩色のシルクが映える。
 彼女の動きに合わせてシャランと鈴の音が鳴り、ゆっくり顔を上げた彼女は優美に微笑ん
 だ。

「本日は我々をお呼び下さり、真に至福でございます。私、マリューがアークエンジェル
 を代表いたしましてお礼を申し上げます。」
 柔らかな声音を持つ栗髪の美女はどこか艶めいた色香を漂わせる。
 ラクスが清純で無垢な女神ならば、彼女は男を惑わす愛の女神。
 昼間見る彼女とはまた違う雰囲気に戸惑ってしまうくらい、今の彼女は夜に溶け込んでい
 た。

「―――あらあら。今日のお客様は知り合いばかりね。」
 前に座る"客"の顔ぶれを確認すると、彼女は少しばかり緊張を解いて普段の貌で笑う。
「手が抜けないだろう?」
 相手がアークエンジェルだからかネオは仮面を外していた。
 そうして意地悪く言えば、マリューも「そうね」と挑戦を受け取る。

「それでは、楽しんでいってくださいませ。」
 彼女の合図で他の踊り子達も出揃い、彼女達が一礼すると再び鳴ったシンバルが曲の始ま
 りを告げた。




 風のように流れる笛の音、高く早く爪弾かれる弦の音。

 それに合わせて踊り子達が舞い、明かりに照らされた極彩色の布が宙にはためく。


 どの王家も贔屓にしている旅の一座。
 それは何も知らない人々がアークエンジェルに抱いているイメージだ。
 裏の顔はあっても、彼らは表向きは芸を売る集団であり、彼らが城の内側に入れるのは実
 力故のこと。
 それだけの技量を彼らは持っていたし、それに誇りも持っていた。












「―――キラ。」
 食事がデザートに差し掛かった頃、ふいにネオは面白いことでも思いついたという顔でキ
 ラを呼ぶ。

「久々にお前の剣舞も見たい。」
 つまり やれ、と。
 腰に佩いた剣を杯を持った手で指し、否とは言わせない雰囲気だ。
「珍しく酔ったんですか? …まあ 良いですけど。」
 気を使う必要のない相手ばかりだからか、キラも特に嫌な顔は見せなかった。
 曲の終わりを見計らって彼が立ち上がると踊り子達は一礼してその場から下がる。
 マリューが差し出した剣舞用の剣を受け取って、自分のそれは彼女に渡した。

 剣舞用のそれは実際のものより細く軽い。
 それは動きをより良く見せるためのもので、金の鞘にはたくさんの宝石が散りばめられ、
 細かい意匠が凝らされた柄には朱色の長い房飾りと絹の布と金の鈴。
 鞘を抜くと曇りない銀の刀身が現れ、それは明かりに照らされゆらりときらめく。

 右に剣、左に布をふわりと絡め、キラは小さく笑うと広間に足を向けた。



 中央に立ったキラにシンは驚き、スティング達は期待の眼差しを向ける。
 ラクスは無言で笑みを深め、ネオは悪戯が成功した子どものようにニヤリと笑った。


「バルトフェルドさん、音をお願いします。」
 座長を名指しで呼ぶと、呼ばれた彼は弦の楽器を手に取って脇に座す。


 弦の渇いた音がひとつ。またひとつと鳴り出すと、キラは鈴を鳴らし剣を振り上げた。




「すっげ…」

 鈴の音のように軽やかに、まるで体の重さなどないかのような。
 明かりに照らされ剣は輝き、絹は風のように宙を舞う。

 その光景を目の前にして、シンはただただ圧倒されていた。

 相変わらずキラは剣を持たせると人が変わる。
 普段はのんびりしていて本当に剣が扱えるのか疑わしいくらいなのに。


 無言の舞の代わりに鈴が歌い、言葉などなくても物語が見えるよう。

 時折 剣がキラの手から離れ、しかし宙を舞ったそれは気がつくと手に収まっている。
 曲調が速くなっても鋭さは衰えず、優雅さはその速さを感じさせないほど。

 表情は窺えないのに瞳は剣のように鋭く輝いていて、本当にあのキラなのだろうかと思っ
 てしまった。



「…アスランがいらしたらもっとすごいものが見れたのですけれど。」
 ラクスの呟きを聞き漏らさなかったシンがそれを聞いて身を乗り出す。
「アスランとキラが一緒に舞うのか?」
「ええ。それは美しい舞でしたわ。柄の飾り布が絡まないのが不思議だと、カガリさんと
 も話していました。」

 元々は12、3の頃、カガリの誕生日を祝うために2人で練習したものだ。
 そしてアスランとカガリが婚約したのはその直後。

 もちろんその舞はカガリとラクスにしか見せない特別なものだが、それ以外にも2人で演
 る剣舞がいくつかある。
 そのどれもまるで1人で舞っているかのように息がぴったりで、2人の絆の深さを感じさ
 せる素晴らしいものだった。


「へー」
 以前のシンなら機嫌を損ねるところだが、今はもう瞳をキラキラさせている。
 さらに何やらうずうずしている様子で、察したラクスはくすりと笑んだ。
「シンも剣舞をやってみたいのですか? それなら、キラに頼めば教えて下さいますわ。」
 それにシンがさらに目を輝かせたのは言うまでもない。









「すっげーな、キラ。俺にも教えてくれ!」
 戻ってきたキラにシンが興奮した様子で話しかける。
 それに笑いながらキラはあっさり頷いた。
「良いよ。シンは勘が良いからきっとすぐにできるようになると思う。」
 早速明日にでもと言わんばかりのシンだが、キラもそこは否定しない。
 勢い付いたシンはさらにもうひとつのお願いを申し出た。
「アスランと演るヤツも見たい!」
「それもラクスに聞いた? 今度アスランと一緒の時にね。」
 その答えにシンが喜び、スティング達はずるいと声を上げる。
 俄かに騒がしくなった場を大人達は笑って見守り、夜は気づかない間に更けていった。






    >>NEXT


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AAの旅の一座(アークエンジェル)っぽい面を出してみました☆
そういう時は"アークエンジェル"になります。諜報機関の場合は"AA(エーエー)"
てゆーか、今回は単にキラの剣舞を書きたかっただけなんですけどね〜(オイ)




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