実りの色は赤い果実 -39-




「しかし2年か。長かったなー」
「…何が言いたいんですか。」
 ネオがしみじみとした口調で言えばキラからはじとりと睨まれる。
 しかし、別に気にはならなかった。
 キラをこうしてからかえるネタなんて滅多にないし、赤い顔でそんな風にされても可愛い
 奴だとしか思えない。
 …自分は、様々な経験を経てすっかり大人びてしまったキラの"子ども"の部分を引き出せ
 る数少ない人間だ。
 それを自負する分、出来うる限りのことはしたいと思っていた。

 ―――要するに、存分に遊べるこの機会(チャンス)を逃す気はない、と。


「よく待っていてくれたなと思ってな。」
「あら。キラのためなら何年でも待てますわ。」
 キラの隣に立つ少女が にこりと微笑みながらきっぱりと告げる。
 からかうつもりが別の方向から惚気で返されてしまった。
「敵わないな。」
「私もオムニ王には敵いませんわ。確かじゅう…」
「だから。俺のことは良いって。」
 ネオもこの姫君にはなかなか勝てない。
 もし彼女に勝てる人間がいたらぜひとも教えてもらいたいと思うくらいだ。

 このお姫様は柔らかい物腰に相反して言うことはズバッと言ってしまう。
 そんな見た目とのギャップが少し怖かった。

 今回はそれではないけれど、
 …とりあえず、これ以上は自分の分が悪いと察しの良い彼は悟った。





「…で。そっちの坊主は何しに来たんだ?」
 彼女の視線から逃れるように、ネオは唯一面識のない少年に標的を変える。
 ガッチガチに緊張していた彼は、突然話題を振られると飛び上がるほど驚いて慌てて居住
 まいを正した。
「はい! ザフト国 現第一王位継承者シンといいます!!」
 いきなりの指名に慌てつつも、背筋を伸ばしたシンは大きな声で返事をすると1歩前に進
 み出る。
「ステラ姫との結婚をお認めいただきたく参上致しました!」

 彼の言葉には打算も駆け引きも存在しなかった。
 まさに直球勝負。


 今まで多くの求婚者達に会ってきたが直球で言ってきたのは彼が初めてで、それが予想外
 だったネオは数回瞬く。
 ―――そして、表面上はほとんど変わらなかったネオの口をついて出たものは、内心やっ
 ぱり驚いていたらしく 少しずれたものだった。
「ザフトの?―――あぁ、噂は聞いてる。あの脱走名人。」
「……。…いや、えーと… スミマセン……」
 シンとしては子ども過ぎて今すぐにでも忘れたい過去だ。しかも他国の王にまで知られて
 いるなんて。
 恥ずかしそうに顔を赤らめながら恐縮する彼に、ネオは「気にするな、俺も同じだ」とた
 だ笑った。
 飾らず素直なのは良いことだ。

「キラ。どうだ?」
 今度はそのままキラへ投げかける。
 何がとは聞かなくてもキラも瞬時に悟ったらしい。第三者の視点という意味なのか、彼か
 ら表情が消えた。
「ここ数ヶ月で必要なだけの知識は与えました。問題ありません。」
「つまりキラの勉強に付いていけたわけか。そりゃすごいな。」
 それは素直な賛辞だ。
 実際見たことがあるが、アウルは早々にダウンしたし、スティングも途中で根を上げた。
 たとえネオでも、たぶん途中で放棄しただろう。
「こいつの教え方メチャクチャだろ? それに耐えられたんならたいしたもんだぞ。」
「いえ… めちゃくちゃだけど面白かったですよ。」
 シンの解答は力が入っていなくて、彼が本気でそう言っていると分かる。
 "大物"だ。
 さっきの直球勝負といい ネオは彼が気に入った。


「本気なんだな?」
「はい。」
 もう一度確認すると、やはりはっきりとした意思で肯定が返る。
「僕とラクスが証明します。この一月見ていて彼の想いは真実だと確信しています。」
 彼に続いたキラの弁護にラクスも頷いて。

 そうなると、残りは一人。

「ステラは?」
 彼女の意思こそが最後の確認。
 ネオが聞くとステラは彼から離れ、とてとてとシンの方に走り寄った。
 そしてシンの腰に正面からぎゅっと抱きつく。
「ステラ、シンすき。とくべつな、"すき"なの。」
 じっとネオを見つめてくる 澄んだチェリーピンクの瞳。
 いつの間にそんな表情をするようになったのだろう。…娘が大人になったことを知った。



「自分で見つけられればと思っていたんだが、まさか本当に見つけてくるとはなぁ。」
 思惑があってキラのところに預けたのだが、結果は予想外の方向に進んだ。
 けれどこれはこれで望んだ形。ホッとして肩の力も自然と抜けた。

「認めてくれるんですか?」
 彼からすればその反応こそ予想外だったらしく、信じられないといった顔をしている。
 それも分からなくはないが、元より反対する気はなかった。
「一度くらい反対してみせても良いんだろうが… 俺が叶わなかった分、こういうことで哀
 しい思いはさせたくないんだよ。」
 かつて叶わなかった自分の恋。子ども達に同じ道を歩ませる気はない。
 だから、相手が誰でもステラ自身が選んだのなら信じようと思ったのだ。
 そして選んだ少年はネオとしても及第点、娘の見る目は確かだと感心した。

「ステラを幸せにしてもらいたい。俺から頼むのはそれだけだ。」
「はい! ありがとうございます!」
 嬉しいと抱き合う2人の傍で、キラもラクスも祝福の言葉をかけている。
 そしてちらりとネオを見たキラは、声に出さずに感謝を述べた。

「じゃあ、早速ザフトに…」


「いけません! 今こちらは…ッ!」

 ネオの言葉を遮るように、扉の向こうから大きな声が聞こえた。
 複数のバタバタとした足音と「うるさい」と怒鳴り返す声。

「…そういや こっちの問題が残ってたな。」
 呟くネオはウンザリ顔。

 そう、ステラの結婚の最大の難関。
 ステラの縁談に片っ端から反対していたのはネオではなく"彼"だ。



「俺は認めないからな!!」
 扉が開かれて怒鳴り込んできた彼の第一声。
 全員がそこに注目した。


「俺抜きで勝手に進めてんじゃねえ!」
 "王宮"という場には不似合いな、乱暴な言葉が室内に響き渡る。
 扉を蹴破る勢いで現れた少年は王の真正面に立つ見知らぬ男を思いっきり睨みつけた。
 相手を射殺さんばかりのその切れ長の瞳は金色、そして"怒髪天を衝く"とでもいうように
 逆立つ芽吹き色の髪は、まさに今の彼の心境を表しているようだ。
 ちなみにステラが抱きついているのは、幸か不幸か影になって見えていなかった。

「…スティング まだやる気?」
 その後ろから、のんびりともう一人入ってくる。
 そちらの少年は中世的な顔立ちをしていて、ドレスを着せても違和感ないんじゃないかと
 いうくらい可愛らしい容貌をしていた。
 ベビーブルーの髪はクセっ毛なのかはねているが、そこがまた幼げに見せていて彼の魅力
 を引き出す役割になるのだろう。
 ただ、その表情は完全に呆れ返って"愛らしい"とは程遠かったのだが。


「……だれ?」
 突然入ってこられても何を認めないのかシンには分からない。
 それ以前にまず誰なのかも分からなくて、ただ呆然と見ていた。
「ステラのお兄さん達だよ。あんまり似てないけど。」
「えッ!?」
 こっそりとキラが教えてくれ、改めて見てみるが確かに似ていない。
 けれどキラが言うからそれは本当なのだろう。

 そのキラから前に聞いた話によると、確か上の兄はステラをものすごく可愛がっていたと
 か…

「お前か? 新しい求婚者とかいう奴は。」
 言うや、相手は鞘から抜いた剣を鼻先に突きつけてくる。
 威嚇…なんだろうが、目は本気だ。
「…ガキじゃねーか。」
「なん…っ!」
 あまり年も変わらない相手に言われ、しかも舌打ちまでされたらこっちも黙ってはいられ
 ない。
 が、腰に抱きついたままだった彼女の存在がそれを押し留めた。
 ステラは喧嘩が嫌いだ。大切な彼女の顔を些細なことで曇らせたくはなかったから。


「―――スティングのばか。」
「ハ…?」
 今のはシンではない。
 声のする方…彼より僅か下を見て、そこでようやくスティングはステラの存在に気がつい
 た。
 ギッと睨み上げる彼女の表情は珍しく怒りを表している。
「ステラはシンがすき。そんなことするスティングはきらい。」
 どうやらステラは剣のことを言っているらしいが、彼が反応したのは彼女の言葉じゃなく
 その体勢。
「ッ何をしてるんだ ステラ! 離れろ!!」
「いや! スティングきらい!」
 剣を放り投げてまで引き剥がそうとする彼の手から逃れ、彼女は兄に対して初めて必死で
 抵抗を示した。
「き、…っ!? 俺は…!」
 一度ならず二度までも"きらい"と言われてショックを隠せないが、そこで引くわけにもい
 かない。
 大切な大切な妹が見も知らない男に抱きついているなんて、誰が見過ごせるものか!
「ステラ!」
「イヤっ!!」

「はいはい、ストーップ。」
 兄妹喧嘩の調停役は言わずもがな。
 両方の口を文字通り塞いで、間に入ったアウルは落ち着くように促す。
「スティング、怒鳴る相手が違う。ステラ、あんまりそれ言うとスティングが凹むから。」
 冷静な声は2人の熱まで一気に下げた。
 静かになったのを確かめてから、アウルは2人から手を離す。
「―――で、お前が今回の求婚者?」
 ビックリしてしまって一言も発せないでいたシンにアウルが問うと、我に返ったシンは慌
 てて頷いた。
「あのさ、ステラと結婚したいならコイツを納得させないと駄目なんだ。今までの求婚者
 達もみんな受けてきてる。」

「勝負はこれだ。」
 もう一度剣を手に取り、スティングは剣でシンのそれを指す。
「ステラが欲しけりゃ俺を倒してからにしな。」
 つまり剣での勝負。それに勝てば彼を"納得"させられるらしい。

 そして、断る理由もシンにはなかった。
 受ける意味で己の剣に手をかける。

「…絶対勝つ。」






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年明けはシンステ婚約決定でした。…と、上手くいかないのが相場ですね。
次回は苦手な戦いのシーンです。逃げまくっててそこだけまだ真っ白…(汗)

※1/14 40話が長くなりすぎたので、ラストをこちらに追加しました。



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