実りの色は赤い果実 -37-




 レイが床に広げた布の上に光で陣を描く。
 シンとステラは興味津々でそれを覗き込んでいて、隣に立つキラはそれを眺めて微笑んで
 いる。
 準備がそろそろできそうだと ラクスも立ち上がったところで、カガリが腕を掴んで呼び
 止めた。


「―――ラクス。実はもう一つ伝えることがあるんだ。」
 真剣な面持ちの彼女を見て、ラクスもぴたりと足を止める。
 ただごとではないと気づいたのだろう。

「今 城にいるラクス姫のことは知ってるか?」
「…先日ザフトのイザーク王にいただいた手紙にそんなことが書いてありましたわね。」
 自分が不在のプラントに"ラクス"を名乗る者がいることは知っていた。
 けれど特に気にもしていなかった。
 替え玉が必要になるほど城を開けているのは自分だ。
「あまりに不在が長過ぎましたからお父様も困られたのでしょう。」
 2年も公に姫が出てこないのであれば、きっと不審に思う者も出てくるはずだ。
 だからそれが父の最良の判断なのだろうと。

「……いや、たぶんシーゲル様じゃない。」
 けれど、カガリの言葉はラクスの予想とは違っていた。
「え?」
「その姫が贅沢三昧で城の者の不興を買っているというのは聞いてないか?」
「…まぁ。」
 それは知らなかったとラクスは目を瞬かせる。
「今のところそれ以外の実害はないが、一度は城に戻った方が良いかもしれない。」
 カガリの言うことは最もだと思った。
 今はそれくらいのものでも、下手すれば国の不審に繋がってしまう。
 本当ならすぐにでも戻るべきなのだろう。
「ですが…」
 珍しく迷った様子で言い淀んだ彼女が視線を向けた先には、レイと何やら話している様子
 のキラの姿があった。


 ―――自分がここにいるのは彼の傍にいたいからだ。
 現プラント王の一人娘でありながら、国より彼を選んだ。
 けれど、ここへ来ることを許してくれた父が与えてくれたのは猶予であって国を放棄する
 ことではない。
 いつかは帰らなければならないと知っていても、今はまだその決心がつかなかった。

 キラは自分を愛してくれたけれど、それとラクスのこの問題はまた別だ。
 キラの望みは王族の枷から自由になること。
 ラクスが国に戻るとき、それを願う彼がどこを望むのか。
 それを思うとまだ言えなかった。


「ラクスの気持ちは分かってる。私のはただの一意見だし、これはラクスが自分で決める
 ことだ。」
 カガリもまた、ラクスに猶予をくれた。決心するための心の猶予を。
 謝罪と感謝の言葉を告げると、悪いのはラクスじゃないと彼女は返す。
「…要はあのバカがさっさと腹を決めれば良いんだ。」
 彼の姉からの容赦ない言葉には、ただ苦笑いで返すことしかできなかった。








 シンとステラはすでに陣の中にいて、キラが差し出した手に導かれてラクスもその上に乗
 る。
 布に杖を突き立てたレイが呪文を紡ぎ始めると陣は淡い光を帯び始め、その光はすぐに天
 井にまで達した。

「カガリ、アスラン。しばらく滞在する気なら好きに使って構わないから。」
 光の外で見送る2人にキラがそう言い残し、

『―――北の王の下へ。』

 レイの静かな声が止むと、その布ごと彼らの姿がそこから消えた。










「しばらく羽を伸ばしてから帰るか?」
 せっかく家主から滞在許可をもらったのだ。
 このまま帰るのも勿体無いとカガリがアスランの方を振り向けば、彼は驚いた顔をした後、
 何故か神妙な顔でカガリをまじまじと見返してきた。
「良いのか?」
「何が?」
 アスランの言わんとする意味が分からない。
 ついでに妙に嬉しそうな声なのも分からない。
 そこらに疑問符を飛ばしながら首を傾げる彼女の腕を掴み、アスランは流れるような動作
 で彼女を引き寄せた。

「…2人きりなんだが?」
 耳元で囁いてクスリと笑う。
「ッ!!」
 対彼女専用の甘く優しい声と、ついでにこめかみにキスまで落とされて。
 ようやく意図を読んだ彼女が真っ赤になって離れようとするがすでに遅かった。
「カガリがまさかそこまで積極的になってくれるとは思わなかった。」
「ちょ、ま、、」
 何だかものすごく嬉しそうな顔をされてしまって、そんなに素っ気無かったかと思う。
 …最近は政務の手伝いだなんだで忙しくて2人っきりの時間なんてないに等しかったのも
 確かだけど。
 つい流されそうになって、不意にあることを思い出したカガリは寸でのところでアスラン
 からのキスを突っぱねた。

「ふ、ふたりっきりじゃないだろ!? 護衛とかいっぱい…!」
「気にするな。彼らも心得てるさ。」
 婚約者なんだしとアスランはしれっと言う。
 呆気に取られている間に逆に手首を掴まれて距離は元通り。
 抱きしめられるのは嫌いじゃないけど、でもこの状況はちょっと事情が違った。
「な、何かお前変だぞッ!?」
「シン達を見ていたら俺もカガリに触れたくなって。」
 カガリが足りないんだ と、さらに爆弾発言をかましつつ、抱きしめる腕に力を込める。
 痛いほどではない、けれど振り解けない。

「戻ればカガリはまたみんなのものだろう? だったら今くらい俺だけのものになって欲し
 い。」
「……」

(どこで覚えてくるんだコイツは…)
 真っ赤になりながらカガリは内心で溜息をつく。
 しかもそんなセリフも似合うからどうしようもない。

 了承の意味を込めて彼の背中に腕を回すと、いっそう触れる手は優しくなって。


 ―――自分も寂しかったんだと気がついて、彼の胸に頬を寄せた。






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アスカガはおまけです。今まで出番がなかった反動というか、サービスというか。
このおまけがなかったらぶった切る必要なかったんじゃないかと、編集した後に気づきました…
番外で書けば良かったかな… でもそうするとアスカガの出番がますます……(汗)



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