実りの色は赤い果実 -36-




「じゃあ行こうか。」
 さらっとそんなことを言って、キラはおもむろに席を立つ。
 それに驚いた声を上げたのはシン1人だけだった。
「は? 今から? てかキラも行くのか?」
「僕も関係者だからもちろん行くよ。それにこういうことは早い方が良いでしょう?」
 展開の早さに驚くシンを余所に、キラはあっさりと告げる。

 そうして次に、隣に座るラクスへと視線を落とした。
「ラクスはどうする?」
「あら、キラは私にお留守番しろとおっしゃるのですか?」
 彼女にそんな気は全く無さそうだ。
 当然のごとく返ってきた言葉にキラは笑う。
 キラも彼女がそう答えることは分かっていたようだった。
「じゃあ決まりだね。」

 アスランとカガリは涼しい顔で見送る体勢だし、どうしたって止まらない状況だ。
 元々掴みどころがないと思っていたけど、はっきり言ってついていけない。
 キラの突飛さに呆れると同時、慣れきった様子の兄に尊敬の念すら抱いてしまった。



「移動の時間が勿体ないよね…」
 ボソリと呟いたキラは暖炉上の大鏡の前まで進むと、それにそっと手のひらを重ねる。
 見た目はよく磨かれたごく普通の鏡だ。

「…単に面倒臭いだけだろう、お前……」
 後ろで聞こえたアスランのツッコミには無視を決めこんで キラはとある言葉を口にした。

『紡げ、繋げ、鏡の扉、』

 キラが文にもならない意味不明な単語をいくつか並べ始めると、どこからともなく風が吹
 き込んでくる。
 …けれど不思議なことに、その風はキラの周りにだけ吹いているようだ。
 脇に置かれた燭台の炎は揺れないのに、キラの髪がふわりと浮いて。

 そして最後にひとつ、力強くその名を呼んだ。

「―――ニコル!」

 すると鏡の向こうが突然現れた黒い煙に覆われ、次にその闇色が晴れたときには、そこに
 こことは違う部屋が映し出されていた。






「―――こんにちは、キラ。」
 その中央に映った若草色の髪の少年がふんわりと笑いかける。
 真っ黒な服という点のみが怪しさ醸し出していたが、それ以外はごく普通の、可愛らしい
 顔立ちの少年だった。
 年はシン達と変わらないくらいだろうか。
 ただ、それを曖昧で確定できないのはたぶん落ち着きすぎた雰囲気のせいだ。
「こんにちは、ニコル。今大丈夫?」
「ええ、平気ですよ。ちょうど一段落ついたところですから。」
 彼の後ろのテーブルではガラスの器に入った紫色の液体が沸騰していたりするが、何かの
 実験中なのだろうと見ないことにした。
 キラは慣れているのかあまり気にしていないようで、彼の後ろには一切興味を示さない。


 "ニコル"――― その名前はシンも知っていた。キラに話を聞いたことがあったからだ。
 通り名は"夢見の森の魔法使い"。
 キラの友人で、この不思議な屋敷をキラにプレゼントした人。
 見た目からしても彼が魔法使いであるということは分かるけれど。

 キラが一体何をする気なのかはさすがに分からなかった。


「良かった。…実はお願いがあるんだ。」
 ニコルが耳を傾けるとキラはすぐに本題を切り出す。
 一体何を言い出すのだろう? シンは純粋に興味を持って身を乗り出した。
「僕達これからオムニの城に行きたいんだけど馬車じゃ時間がかかり過ぎる。城門までで
 良いから送ってくれないかな。」

(…へ?)

 普通であれば叶いそうもない願いだ。
 ここからオムニまでどれだけ距離があると思っているのか。
 しかもそんなに簡単に願うものでもない。
 シンだって"対価"の存在くらい知っていた。

「良いですよ。何人ですか?」
 けれど彼はそれをあっさり了承してしまう。
「4人。」
「それくらいなら余裕ですね。でも、僕はここを離れられないので代わりに僕の弟子をお
 貸しします。」
 にこりと笑ってニコルが軽く指を鳴らす。
 するとこちら側の床に突然光の円が現れ、波が引くように光が消えるとそこには1人の少
 年が立っていた。


「彼の名はレイです。とても優秀な子なので安心して良いですよ。」
 自慢げにニコルが言うと彼は軽く目礼する。

 肩を越す艶やかなハニーブロンド、切れ長の瞳は深い海と同じ色だ。
 シンもいい加減美形には見慣れたが、それでも驚くほどの美貌の少年。
 自分なんかよりよっぽど王族らしいと思うくらい、彼は高貴な風格と容貌を備えていた。


「レイ、」
 ニコルの声に頷いて彼はキラの方へと向き直った。
 黒いローブに身を包んだ少年は、器用に裾をさばいてキラの前で跪く。
「承知致しました。オムニの城門までお送りします。」

「―――よろしく、レイ。」
 主人に対する礼のような彼の行為は堂々と受け取りつつ、キラは反するような態度で柔ら
 かく微笑んだ。






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ニコルは年の取り方が人より緩やかです。実年齢は秘密です(笑)
でも「お伽話の世界」より得体知れなくはないです。
自らに文字数制限を課しているせいでぶった切りが多いですね…



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