実りの色は赤い果実 -33-
静かな森の中を、一台の豪奢な馬車がゆっくりと進む。 その前後には馬に乗った軍人らしき体格の良い男達が列を作り、そのあまりの大仰さに、 動物達も驚いたように動きを止めてそれを見送っていた。 風景に溶け込むには煌びやか過ぎるその光景。もし街中であれば注目を浴びるのは必須だ ろう。 中に乗っているのが王族であれば尚更。 実際 通った街では散々人の視線を受けてきた。 誰もが羨むその馬車の中――― 不機嫌な表情を露にしたカガリは大きく息を吐いた。 「クソ。何でこんなにめんどくさいんだ。」 彼女の不満はここに辿り着くまでの日程が第一にある。 まず、準備をするのに約2週間。世話係は要らないとマーナの同行すら断ったものの、そ れでもなんだかんだで護衛は大量に付けられた。 さらに最短で行けば3日で済む道のりを回りに回って10日以上もかけて行く羽目になっ て、ここまで来る間にいくつもの都市に寄り道している。 以前ザフトの王宮に乗り込んだときには、その日のうちに出発し、馬を飛ばして通常の半 分で着いたというのに。 「護衛なんてAAが1人入れば済む話だ。戦争中でもあるまいしこんなに要るわけないだ ろう。」 「仕方ないさ。お前が城を出るというのはそういうことだ。しかも今回は正式な書状を携 えてるし。」 カガリの愚痴に 正面に座るアスランは最もな正論を返す。 それに、彼女がこういうことをできるのも たぶんこれが最後だろう。だから許されたと ころもたぶんある。 未来の女王の立場は彼女が思う以上に重い。 「…てか 馬車より馬の方が早いのに。」 それでもカガリには不満が残る。 女性としてはあるまじきセリフだが、彼女ならそれが可能だ。 だからと実行する気だったのかとアスランは呆れ顔でカガリを見遣った。 「遊びに行くのとはワケが違うんだ。せっかくの周りの好意だ、我慢しろ。」 「善意なだけに手に負えないな…」 強く出れなかったのも、それが分かっていたからだ。 カガリも自分の身が1人のものではないことくらい重々承知している。 ただ、あまりの長旅に苛立ちが募って不満が漏れただけだ。 アスランも気づいていたから怒らずに呆れるだけに留めたのだろう。 「……カガリ、」 ふと 気がついたアスランが窓の外を見るように促す。 少しずつ開けてきた視界。もうすぐ場に不釣り合いなほど立派な門が見えてくるはず。 ようやくカガリにも安堵の表情が浮かんだ。 「―――着いた。」 「長旅ご苦労様。」 カガリの表情で察したのか苦笑いで出迎えたキラは 案内した応接室のソファに座るよう に2人を促す。 そして彼が2人の向かいに腰かけると、ちょうどいいタイミングでラクスがお茶を持って 現れた。 「外に出られるのは久しぶりでしょう? 楽しくはなかったですか?」 彼女が差し出すカップを礼を言いながら受け取ったカガリは、一口だけ飲んで乱雑な仕草 でそれをテーブルに置くと深く背中を沈み込ませる。 隣で行儀が悪いと言うアスランには無視を決めこみ、げんなりとした表情でソファのアー ムに肘をついて首を振った。 「景色を見るのはそりゃ楽しかったけどさ〜… 行く先々で挨拶と世辞の嵐だぞ。笑い過ぎ て顔の筋肉が攣るかと思った。」 どこの都市でも次期王の訪問に大騒ぎで おかげでカガリ達はほぼ毎晩宴会状態。 疲れた顔でも見せようものなら それは相手の恥となってしまうので、常に笑顔を貼り付 けなければならなかったのだ。 「あははは。みんな君を歓迎してるんだね。」 「笑い事じゃないッ」 他人事だと思って軽い反応を返すキラを睨んで怒鳴るが、相手がキラ故に それにあまり 効果はなかった。 「嫌われているよりは慕われている方がよろしいのではないですか?」 キラの隣で苦笑いするに留めていたラクスからはフォローが入る。 それは確かに一理あるけれど、正直2度は経験したくない旅だった。 「―――カガリ。」 静かな声で隣から名前を呼ばれる。 見下ろす翠の瞳が何を言いたいのか分かったカガリは仕方ないと身を起こした。 本音はキラに会いたくてここまで来たけれど、まずは"仕事"を果たさなくてはならない。 「…で、本題なんだが。」 そう言いながらアスランが取り出したのは丸められた書状。 公的なものにしか使われない上質の紙と、留め具部分には王家の紋章が捺されている。 ついに来たかとキラは渋い顔でそれを受け取った。 「オムニ王から直々の手紙ももらったよ。正式なものじゃなかったけど。」 「こっちが正式な書状だ。」 グルグル巻きにされている紐を解き、開いて中の文を流し読みする。 長々と難しく書いてあるが、要するに自分がステラの伴侶に推されているということらし い。 「……冗談かと思ってたんだけど。そっちに話がきたんじゃ本気ってことになるね。」 ステラの相手探しに国中が大騒ぎになってここに避難させたという話だったが、ひょっと したら別の意図もあったのかもしれないと今更ながらに思う。 「つまり僕なら気心も知れてるし ステラも懐いてるから、ってことだろうけど。」 でも、僕とステラで何か芽生えるとは有り得ないのも分かっていると思ったのに。 実際 ステラが選んだのはキラじゃなくてシンだった。 ―――そして、自分も。 パタパタと軽い足取りが聞こえる。 誰だか気づいたキラが入口を振り向くのと同時に、ノックも何もなく扉が勢いよく開かれ た。 「キラーぁ ステラがさっきから……って、」 キラにつられるようにそちらを向いたアスランとカガリはポカンとしているし、そこにい ないはずの人物と目が合ったシンもまた目をぱちくりさせて相手を凝視している。 沈黙は約10秒。 「アスラン!?」 「シン?」 さすがは兄弟、相手の名前を呼んだ声はきれいに重なった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 見事削られたアスカガの旅路(苦笑) んー まぁラブラブはしてたと思います。それなりに。 番外で書けたら良いなぁ…(予定は未定) あと、2年前にザフト王宮に乗り込んだ云々の話は「緑の森に〜」の方で出てくる予定デス。