実りの色は赤い果実 -32-
「何やってるんだろうねー」 キラの部屋の窓からは小庭園の様子がよく見える。 そこでなにやら可愛らしいやりとりをしている2人を優しい眼差しで見ていたキラは、手 元の手紙に視線を落とすと 途端表情を変えた。 「私達は鳩じゃないのよ」と愚痴って帰ったAAの女性が届けてくれたもの。 以前頼んだ報告ではない。アレの結果が届くのはまだ先だ。 これはオムニの王からの新たな手紙。 …思いっきり私的な手紙を今度はAAに頼んだらしい。 それを頼んだのが"彼"で届けたのが"彼女"だったから、依頼はただの口実だというのもキ ラは分かっていたけれど。 オムニ王の想い人、栗髪の美女―――マリュー。 座長に次ぐ地位にある彼女を鳩代わりに使えるのは彼しかいない。 昔のように追いかけることができない彼には、何でも良いから彼女に会う為の理由が必要 で。そして彼女も彼が呼ばないと会えなくて。 そんな事情を知っていて黙認している座長や他のメンバーは優しくて甘いと思う。 でもキラは、そんな甘さが好きだった。 その甘さと優しさがあったから、キラは彼らを信頼できたのだから。 「そろそろ時間切れかな…」 思考を再び手紙へと戻して、キラは深く息を吐く。 実はこの手紙はかなり前にもらったものだったのだが、ずっと考えないようにしてきた。 でもそうもいってられなくなっている。…そろそろ"来る"はずだし。 「僕も、ステラも… シンも。決めなくちゃいけないみたいだね。」 彼らはどんな選択をするだろう。 そして自分はどんな答えを導き出すのか。 …こんな風に穏やかに過ごせるのもきっとあと数日だ。 できればあともう少し、"時間"が欲しかったけれど――― 「…たッ?!」 突然の刺激に痛いと視線を向けると、肩に乗っているトリィにもう一度嘴で髪を引っ張ら れた。 いつの間にか懐いてしまって森に戻せなくなった緑色の小鳥は 他の3人にもよく懐いて いてよく肩に乗っているのを見かける。 「あ、ごめん。そろそろみんなのご飯の時間だね。」 トリィはとても頭が良くて、こんな風にキラを注意することもしばしばあった。 苦笑いしながら窓から離れて扉へ向かう。 「―――… トリィは、僕が選ぶ道をどう思う?」 答えはたぶん、もう自分の中にある。決めることにまだ戸惑いがあるだけで。 キラの言葉を受けたトリィは、背中を押すように元気良く一声鳴いた。 結局シンはあれ以上教えてくれなかった。 この痛みが何なのか知りたいのに。 知ったら、怖くなくなるかもしれないのに。 どうしても知りたかったから、シンを置いて屋敷の中へ戻ってきた。 シンに「キラやラクスに聞いてくれ」と言われたから、素直にどちらかに聞いてみようと 思ったのだ。 「あ! ラクスーーっ」 回廊の途中で偶然見つけた後ろ姿に呼びかけると、彼女は立ち止まって優雅な所作で振り 返る。 ヒールが鳴らす硬質な音さえも完璧で、その動きにはどこまでも無駄がなく美しかった。 「どうしました?」 柔らかに微笑む彼女は ステラが追いつくとそっと髪を撫でてくれる。 それを気持ち良いなと思いながら少しだけ甘えてから、彼女を探していた目的を思い出し たステラはパッと顔を上げた。 「あのね、いたくてこわいの どうして?」 「…?」 さすがに意味が分からなかったのか、困った顔で首を傾げるラクスに気づいたステラは ちょっと考える。 言葉で伝えるのはまだ少し苦手だ。思った通りに言うと伝わらないことがたまにあった。 「えっと、シンといるとどきどきしたりむねがいたいの。でもびょうき?ってきいたらシ ンがちがうって。」 「あらあら。」 今度はちゃんと伝わったらしい。 頬に手を添え 幾度か瞬いたラクスは、次にニッコリと微笑んだ。 「―――そうですわね。少し違いますわ。」 ラクスは答えを知っているらしい。 興味を持って身を乗り出すステラに 彼女は中庭に出るように促す。 そうしてすぐ脇にあった鉄枠のベンチに座らせると、彼女も隣に腰掛けた。 「ステラさんはキラが好きですか?」 「うん。」 彼女の問いに素直にこっくりと頷く。 すると彼女は「では、」ともう1つの問いを投げかけた。 「お父様のことは?」 「ネオ? すき! ラクスもすき!」 勢いよく答えると彼女は嬉しそうに笑う。 「ありがとうございます。私も大好きですわ。」 大好きと言われてステラも嬉しくなった。 それは心が温かくなる不思議な言葉。とっても好きな言葉。 その言葉と同じくらい温かな手のひらで、ラクスはステラの手を包み込む。 「でも その"好き"は全部同じでしょう?」 「おなじ…… うん。」 キラが好き。ネオが好き。ラクスが好き。 あったかくてふわふわして。幸せな気持ちになる。 みんな同じだ。 「けれど シンに対する"好き"は違いますわ。」 「ちがう、"すき"…?」 よく分からなくてきょとんとする。 「ドキドキしたりするのは、ステラさんにとって彼が「特別に好き」だということですか ら。」 とく、べつ…? キラよりもネオよりも? ほかのだれよりも、シンが…… 「…あ、れ……?」 心臓が痛いほどドキドキいっている。 どうしてだろう? 顔がとっても熱くて頭がくらくらしてきた。 「怖くなどありませんわ。それは誰でも持っている気持ちです。」 ラクスは優しく微笑んで、震えるステラの身体をギュッと抱きしめる。 「―――それは"恋"ですわ。」 幸せも、苦しみも。 ステラにそれを与えるのは全て1人。 初めて知った気持ちの名前。 これが"恋"――― >>NEXT --------------------------------------------------------------------- んー 31話と32話はある意味幕間ですよね。 さってとー まずはシンステからラストに持っていかないとー