実りの色は赤い果実 -28-
その時 シンはいつものように愛馬の世話をしていた。 「…ラクスを見なかった?」 ふらりと姿を現したキラはそう言って辺りを見回す。 「いや? 俺ずっとここにいるし。」 そもそも彼女はここには来たことがない。 キラもそれくらい知ってるはずだ。 「……そっか。」 傍目には分かりにくいが、呟くその表情は落胆の色を示していて。 どことなく危なっかしい足取りで出ていってしまった。 「あの様子じゃ柱にでもぶつかるんじゃないか?」 夢遊病者にでもなったかようにフラフラとしている様子は 普段の彼からすれば珍しいと いうかなんというか。 それでもあのキラならケガをするまでには至らないだろう。 まぁいっかと シンは軽く流してブラッシングを再開させた。 午後の1番太陽が輝く頃になって、そろそろ勉強の時間だな〜と シンは特に急ぐ気もな くキラの部屋に足を向ける。 時間に縛られているわけでもないから遅刻という概念はないし、むしろ今日はいつもより 早い時間だ。 「シン!」 いつも静かな屋敷にバタバタと騒がしい足音が聞こえたと思えば、シンの姿を認めたキラ が駆け寄ってきて がっしと肩を掴まれた。 珍しく、というかシンは初めて見たキラの焦った顔。 尋常じゃないその様子に何事だろうと首を傾げる。 「どうしたんだ?」 「ラクスを見てない!? どこにもいないんだ!」 ひょっとしてあれからずっと探してたのだろうか。 シンがいつもより念入りに行ったブラッシングと餌やりと、その後シャワーと着替えを済 ませるその間、ずっと? 「何か、急な用でもあったのか?」 「え? …や、ない けど……」 シンの言葉に 取り乱していた自分に気が付いたキラはピタリと止まるが、その返答が予 想外だったのか戸惑った様子。 廊下に足音を響かせるなんて普段ならシンしかやらないことだし、なんだからしくないこ とだらけだ。 そしてそれは、たった1人が理由で。 他の誰かではきっと見られない。 「…何がそんなに怖いんだ?」 たった数時間姿が見えないだけなのに。 同じ条件ならステラも"そう"であるはず。 けれどキラが探しているのは1人だけ。 「こわい…?」 シンの問いの意味がキラはよく分からないと首を傾げる。本人に自覚はないようだ。 迷子の子どもみたいに不安げな、すごく頼りない表情をしているくせに。 ならばと少し質問を変えてみる。 「そもそもキラにとってのラクスって何?」 ラクスは一方的な想いだと言った。 シンはそう思わないが、ラクスにそう思わせているのはキラだ。 全ての問題の前にキラの気持ちが知りたかった。 「何って… なんだろう?」 「オイ…」 困った顔をして言うキラに呆れる。 とぼけているわけではないらしいが、本人がこれではラクスも誤解するに決まっている。 「じゃあさ、ラクスのことどう思ってんだ? 好きなのか?」 「っ!?」 めんどくさくなって直球で尋ねてみたら、途端キラの顔が真っ赤に染まった。 意外過ぎるほどの素直な反応にシンの方がビックリしてしまう。 「き、急に何言い出すの 君!?」 「…いや、ごめん。分かったから。うん。」 「ッ??」 謝られた理由がキラには理解できていないらしく、あたふたと慌てまくっている。 今日は珍しいこと尽くしで シンもそろそろどうしようかと思うくらいだ。 「キラ、こっち。」 「え?」 シンが突然くるりと背を向けて歩き出す。 そんなに早足でもなかったからキラはすぐに追いつくことができて、隣に並ぶとシンはキ ラを振り返ってにっと笑った。 「その素直な気持ちをあの人に伝えてやれよ。」 思い出してまた頬に血が集まるキラだったが、シンがからかってそう言っているわけでは ないということは分かってしまって。 「あの人は片想いだと思ってる。キラはまだ婚約者だったその人を好きだと思ってる。」 は?と目を点にするキラに シンはさらに続ける。 「誤解を解きたいんなら全部言えよな。」 僕が、まだフレイのことを好き? ラクスがそう思ってるって? それはとんでもない誤解だ。 …でも、そういえば伝えたことはなかった。 確かにシンの言う通りかもしれない。 言わないまま分かってもらおうだなんて甘え過ぎだ。 「…でも、シンはどこに向かってるの?」 自分はラクスを探していたはずだ。 シンのおかげで幾分頭は冷えたがまだ不安が消えたわけではなかった。 そんなキラの心情を知ってか知らずか、シンは明るく笑ってみせる。 「着けば分かるって。」 その言葉はどことなく有無を言わせない何かがあって、いつもは優位であるはずのキラも 逆らえなかった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- どんどん長くなる… 何でだろう…… 話数のカウントが次々書き換えられていく…(汗) 今回はいつもと立場が逆のシンとキラでした。