実りの色は赤い果実 -26-




 最近考えても分からないことがある。―――キラとラクスの関係のことだ。

 お互いに相手のことを大事に思っているのは見ていて分かるし、雰囲気だって十分恋人同
 士に見える。
 絶世の美女相手に見劣りしないキラの容姿は、彼女と並んでも遜色ないし むしろお似合
 いだ。

 だけど、なんだか妙なところで変に余所余所しい。

 たとえば、キラはステラにはキスするし、抱擁なんてしょっちゅうやってる。
 でもラクスには触れない。そんなシーンを見たことがない。
 いつも一定の距離を置いていて、隣に並んでいてもそこまでだ。

 それに気づいたのは最近だけど、気がつけば気になってしまって。




「…何? 僕の顔に何か付いてる?」
 視線に気が付いたキラが手に持っていた本から顔を上げる。
「……。いや、別に。」
 考えていることが考えていることだったから言うわけにもいかず、シンは一旦思考を中断
 させた。
 そして彼なりに精一杯のさり気なさを装って話題を変える。

「てかさ、キラの知識量って半端ないよな。」
 自分でも無理矢理な気がしないでもなかったが、それも本心からのものだった。見ていた
 理由としても一応成り立つ。

 結局、あの日以降も彼には勉強を見てもらっている。
 キラの教え方は無茶苦茶だが面白くて、飽きないから好きだった。

「でもアスランの話だとよくサボってたって聞いたけど?」

 だからイメージが合わなくて 本人とは露ほどにも思っていなかった。
 ちなみに名前を聞いた気がしても覚えていなかったのは、いつしか聞かずに逃げ回るよう
 になっていたから。
 それからアスランも話題にしてこなくなって、だから忘れていたのだ。

「んー 本気で勉強しだしたのはここに来てからだよ。」
 それであの知識量か。
 感心するより呆れた顔になるシンに、キラは「暇だったから」と苦笑いで答える。
「あの頃はカガリが王になることを納得させる為に振る舞ってたからね。」


 …このヒトは、、

 このヒトは独りで生きてきたんだと思う。
 周りに誰かがいても、傍にい続けても。ずっと1人でいたみたいだ。

 本当の心はどこに置いているんだろう。
 どこまでが演技で、どこからが素なんだろう。
 アスランに見せていたのもウソの彼だとしたら、一体いつ"自分"を……



「―――お茶をお持ちしましたわ。」
 静かな音で扉が開けられ、にこにこと微笑んだラクスがティーセットを乗せたワゴンと一
 緒に入ってきた。
 甘い香りの正体はクッキーか何かだろうか。
 今考えていたことすら忘れてしまいそうなくらい美味しそうな匂いだ。
「少し休憩なさいませんか?」
 庭に面した窓側に置かれたティーテーブルに手際良く準備をすすめながらラクスが誘う。
 シンにじっと見られている意味に気づいたキラはそうだね、と本を閉じて机に置いた。
「ちょうどキリも良かったし、ちょっと休もうか。」
 その言葉を待ってましたとばかりにシンは勢いよく席を立つ。
 そのままテーブルの方に駆け寄ると、ラクスは小さく笑いながら紅茶をカップに注いでく
 れた。







「…なんつか、もうすでに熟年夫婦?」
「「??」」
 ラクスがキラのカップにおかわりを注ぎ、それにキラがありがとうと笑顔で返す。
 その様子がすごく様になっていて。そして漏れた呟きは独り言のつもりだったのだが。
 ことの外大きかったその声は2人にも届いて不思議そうな顔を両方から向けられてしまっ
 た。
「…いや、あまりに嵌りすぎてたから……」
 そんな風に感じてしまったのだ と。
 咄嗟の嘘も出ずに正直に答えれば、その場の空気が一瞬止まった。…気がした。



「ごめん。」
 最初に動いたのはキラで、いきなり席を立つと くるりとテーブルに背を向ける。
 シンが慌てて呼び止めて振り返った彼はいつもと変わらない顔をしていたけれど。
「資料用の本を持ってくるの忘れてた。ちょっと取ってくるね。」
 それはいつも通りのはずだけど、どこか違和感を感じずにはいられなくて。
 問おうとしたシンの様子を察してか、キラは他人を寄せ付けない雰囲気を纏って足早に部
 屋を出て行く。

「…ひょっとして地雷踏んだ?」
 マズかったかな、と呟いて窺うように見上げると、視線に気づいてこちらを振り向いた彼
 女は困ったように笑った。




「……あの、さ。2人は恋人同士なんだよな?」
 沈黙が痛くて確認するようにシンが尋ねると、彼女は静かに、首を"横に"振る。
「違いますわ。私がただ追いかけているだけなのです。」

(ウソ、だろ…?)
 常識を覆された気がして シンは眩暈のする頭をおさえる。
 変だとは思っていたけれど、まさか本当にそういう関係じゃなかったなんて。

 信じられなくて疑った目をしていたら、彼女はキラの机まで移動して、机の引き出しから
 何かを取り出した。
 白いレースのハンカチを開くと中から出てきたのは口紅のケース。
 一瞬辛そうに表情を歪めた彼女は、それを持ってテーブルに戻って来るとシンの前に置い
 た。


「…かつてキラには婚約者がいました。」
「は!?」
 衝撃の事実をラクスは他人事のように淡々と告げる。
「2人が寄り添う様子は仲睦まじく、誰の目にも幸せそうに映っていたそうですわ。」
 彼女が告げるのは全て過去形だ。
 それが意味するものはつまり。
「けれど、彼女はキラを庇って亡くなってしまって……」
 やっぱり…と当たった予想に溜め息をつく。
 この口紅はその婚約者の遺品なのだろうということは容易に知れた。

「キラは今も彼女を忘れていません。」
 キッパリと彼女は告げるが、大切に仕舞ってあったこれを見ればそれも否定できない。
 ラクスはこれの存在も知っていて、それでもキラの傍にいることを選んだのか。
 それはどれだけの覚悟が必要だったのだろう。
 何も言葉が返せないシンに、彼女はさっきと同じ困った顔で微笑む。
「それに、私はキラの"願い"を妨げる者です。だからキラは私を選んではくれません。」


 ―――何にも縛られない"自由"が欲しい。

 かつてキラが零した唯一の願い。
 ラクスがそれを奪う者なら。


 ……シンは彼女に返す言葉を見つけることができなかった。






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こういう展開好みです。ラクス様ごめんなさい。
シン視点のキララクというのもまた新鮮ですね〜



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