実りの色は赤い果実 -25-
愛馬の鞍を下ろし、丁寧にブラッシングしているシンはすこぶる機嫌が良かった。 頑張ってくれた愛馬へ感謝の意も込めて、今日は念入りに労ってやるつもりだ。 今から数時間前、シンとキラは"見晴らしの丘"の頂にいた。 道は愛馬が覚えていたからそう難なく辿り着くことができて。 シンが気に入るだけあり、キラもその眺めの美しさには息を呑むほど感動していた。 丘というよりは断崖絶壁の岩場であるそこは、眼下に森を見下ろせる。 雲一つない青の空、対を成す地の色は深い緑。オムニとの国境線であるパナーニ山も今日 ははっきりと見えた。 さらに森を抜けた遥か向こうには、ザフトの首都ディセンベルの城門と王宮。 何度来てもやっぱりここが好きだとシンは思う。 そしてしばらく眺めを堪能した後、帰りは競争だなんて突然キラが言い出したから、お互 い本気で森を駆ける羽目になった。 負けず嫌い同士の勝負の末、なんと行きの半分の時間で帰ってきてしまったが、結果は僅 差でシンの勝ち。 ―――それがシンの 機嫌の良さの原因だ。 だってあのキラに勝てたのだ。自分にも勝てるものがあったなんて思えなかったから本当 に嬉しかった。 「これで少しは見直しただろ……って、あれ?」 キラの馬はすでに自分の部屋に入ってのんびり餌を食べている。 振り返ってもそこにはもうキラの姿はなく、どこに行ったんだ?とシンは首を傾げた。 「……。」 屋敷を取り囲む身長の倍はある鉄柵の向こう側。ボロボロになった黒い布の塊をキラは冷 やかな目で見下ろす。 かつて動いていたであろう"それ"は、もうピクリとも動かなかった。 悲しいとは思わなかった。同情なんてする気もない。 ただ、静かな怒りだけが胸の奥に燻っている。 …その相手は目の前のものに対してではなかったけれど。 「―――そこにいる?」 「…はい。」 いつの間にかそこにいた少女はキラの足下に膝をつく。 「今すぐ調べて欲しい。"オムニとプラントの王宮に関すること"、お願いできる?」 頼まれて、彼女は否とは言えない。彼が直系であり、自分がAAである限り。 それが彼らの存在する意義だからだ。 彼女が怪訝な目を向けたのは、その命が嫌だったわけではなくて。 「プラントも…ですか?」 何故そこでプラントの名が出てくるのか、まだ年若い彼女には分からなかった。 座長やマリュー、幼い頃からAAとして仕えているサイやミリィならすぐに意図が汲めた かもしれないけれど。 「王もラクスもいない状況じゃあまり動けないとは思う。できる範囲で構わないから。」 彼は決して無理強いはしない。 AAは王族のために存在するが、彼らはAAを軽視しない。 一人の人間として認めてくれている。……最初の王がそうしたように。 両者の絆はただの従属ではないから。 「―――仰せのままに、我が君。」 「キラ! どこ行ってたんだよ?」 探したんだぞ、と言うシンと玄関前で合流する。 「ごめん。ちょっとね。」 それ以上は何も答えなかったキラにシンもそれ以上は尋ねなかった。 聡い彼のことだ、何かに感づいているのかもしれない。 何か分かったら隠さず教えてあげようと思いながら金細工のノブにキラが手をかけようと した、その前に、何故か反対側から扉が開けられた。 「おかえり!」 扉が開いた瞬間に、シンに白い固まりが飛びつく。 それがステラだということはすぐに分かったシンも今度は固まらずにいることができて、 頬へのキスも素直に受け取れた。 …さすがにまだキスを返すことはできなかったけれど。 「おかえりなさいませ。」 遅れてやって来たラクスがにこりと微笑む。 変わらない、いつもの春の女神のようなそれ。 けれど、そこでシンは初めてそのおかしさに気づいた。 1歩分開いた距離。 キラとラクスの間にある、その微妙な距離に気がついたのだ。 「ただいま」 キラも手を伸ばしたりはしない。 笑顔のままで、2人の距離は1歩分。 「…?」 それが何を示しているのか。このときシンにはまだ分からなかった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 少女はキラ個人に仕えているわけではなく、"我が君"というのは誰が相手でも使います。 年が近いから話が合うとかそんな感じで、別に誰が誰にというのはないのです。 そんな王族とAAの関係。 次回からちょぴっとキララクの方に移ります。(キララクが書きたかったんですー)