実りの色は赤い果実 -24-




「男どもは出かけたようだな…」
 彼らの後ろ姿を見送って、黒ずくめのマントをかぶった男は木から下りる。
 この森に来て3日目、好機は意外に早く訪れた。


 男がある依頼を受けたのはさらに1週間ほど前にさかのぼる。
 依頼に来たのは貴族の女だったが、実際の依頼主はもっと身分の高い男だと聞いた。
 その報酬は破格で、その女に提示された 一生遊んで暮らせる額に男は即快諾したのだ。

 ―――女1人を殺すだけで金が手に入るなら、こんなに楽なことはない。


 腕の立ちそうな男2人は馬で出掛けるらしいからたぶんしばらくは帰ってこない。
 次にいつ起こるか分からない稀なチャンスを逃す手はなく、男は屋敷を囲む背の高い鉄柵
 に一歩近づいた。







 大きな羽音を立てて鳥が一斉に羽ばたく。
 その瞬間感じた"何か"にキラは馬を止めて後ろを振り返った。

「どうしたんだ?」
 不思議に思ったシンもキラのいるところまで戻ってくる。
 けれどシンの問いには答えず、キラはただじっと 今通ってきた道―――ラクスとステラ
 が留守番する屋敷の方を見つめていた。

「今 何か…」
 言いかけて、キラは思考を振り切るように首を振ると再び前を向く。
「…やっぱりなんでもない。」
 きっと気のせいだ。
 そう言ってキラは首を傾げるシンを追い越し、「置いて行くよ」とさっきまでの表情が嘘
 のように明るく笑った。























 ―――いつか迎えに行くと、約束していた。


 将来を誓い合った相手がいた。
 けれどある時、自分は能力を買われて有力者の養子になることが決まった。
 その頃はまだ無力な存在だったから彼女を連れては行けなくて。
 だから、別れの時に"約束"を交わしたのだ。


 誰にも気を許せない世界で、彼女との約束だけが支えだった。
 異例の出世と言われても、それは全て彼女の為だった。

 …けれど、世界は時に残酷で。



『…もう疲れたの……』
 自分以外の男の手を取った彼女は 俯いてそう呟いた。
『貴方はもう、私のことを忘れたのだと思ってたわ。』


 待っても返ってこない手紙。
 会いに行けない、1度も会いに来てはくれない。
 もうこれ以上は耐えられなかった、待ち続けることが苦痛だったと。

 それを聞くまで、自分は彼女が送った手紙の存在すら知らなかった。
 おそらく途中で握りつぶされたのだろう。…それが誰の差し金か、すぐに分かってしまっ
 たけれど。


 彼女を責めることなどできなかった。
 耐えられないほど待たせたのは自分自身。全ては無力だった自分のせいだ。

 だから、物分りの良いふりをして 彼女にさよならを告げた。
 彼女の幸せを願う気持ちも、確かにあったから。


 ―――そして、目標と支えを無くした自分に残された道は ただ昇りつめることだけだっ
 た。
 無力なままでこれ以上の何かを失いたくなかったのだ。







「―――宰相様?」
 心配そうな声音にギルバートはゆっくり目を開ける。
 そこには桜色の髪の少女がいて、彼女は目が合うと 驚いたように伸ばしていた手を引い
 た。
「お疲れですか…?」
 表情を歪める彼女に大丈夫だと微笑む。
「…いや、風が心地良くてね、つい転寝をしてしまったようだ。」


 懐かしい夢を見た。
 忘れたつもりでいた 過去の苦い記憶。

 何を報せようというのだろう。…今更止めることはできないというのに。
 計画はもうすぐ最終段階に入る。報告ももうすぐやって来るだろう。

 彼は一度目を閉じ、未だちらつく過去の面影を打ち消した。






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切るところが難しかったので、ギルの過去とか入れてみました。
そしたら長くなりました…(汗)
こういう話は本来番外とかに入れるんでしょうけど。一応の都合上。



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