実りの色は赤い果実 -20-
最初の頃はすれ違う人間も多くいたが、次第にその数は減っていった。 広い王宮では一般に知られていない場所も多くあり、そこに近づく者はそういない。 そして 誰とも会うこともなくなり、自分の足音だけが廊下に響いて。 北塔の端、その突き当たりには1枚の扉があり、その前には見張りの兵が2人。 彼らはギルバートの姿を認めると、敬礼をした後で彼に場所を譲った。 木製の扉を自らの手で押し開けた瞬間、中からほんのり甘い香りが漂う。 それが先日自分が運ばせた百合だと分かると、彼女の妙な律儀さに思わず笑んだ。 ―――たぶん、花に罪はないとのことなのだろうが。 部屋のイメージは白と金。 そこはひと通りの調度品が揃えられていて、窓に格子が嵌められている点を除けば 一国 の姫君と変わらないくらい贅沢な部屋だった。 「…何か用か? 宰相殿。」 音も立てず手に持っていたティーカップを置いた彼女に不機嫌そうに睨まれて、ギルバー トは肩を竦めて苦笑う。 華やかな美人が怒っている顔は 苛烈でまた美しい。 「ご機嫌伺いですよ。何か足りないものはありませんか? …アイリーン様。」 彼に名を呼ばれた彼女はその美しい柳眉を寄せ、白々しいと吐き捨てた。 波打つ髪は豊穣の色、大地を映す切れ長の瞳。 実年齢より大人びて見えるのは落ち着き払った物腰のせいだろう。 肌の露出を嫌う彼女はドレスも首まで隠すタイプで、その色もブルーグレーという落ち着 いた色合いだ。 デュランダルが用意したものはお気に召さないらしく、1度も袖を通したところを見てい ない。 …今のところ、喜ばれた贈り物は何一つないのだが。彼が彼女にしたことを思えばそれも 当然のことだから彼も気にしてはいなかった。 「いつまで私をこんな所に置いておくつもりだ?」 彼女がここに連れてこられてからもう何日経ったか。 有り余る時間を無駄に過ごす気はないが、ここでは何も出来ない。 日がな一日お茶を飲むことくらいしか出来ず、イライラは募るばかりだ。 「仕方ありません。貴女の言葉は周りを混乱させてしまうのですから。」 彼女をここに閉じ込めた張本人は困ったように肩を竦める。 「当然だ。彼女はラクス様ではない。」 アイリーンに自分の意見を曲げる気はない。 たとえ1人になろうとも、自分だけは"それ"を認めるわけにはいかなかった。 「あの方はラクス姫です。記憶を失くされたと言ったではないですか。」 涼しい顔で平然とそんなことを言う彼を信じられないと思う。 この男が分からないはずがないのに。 「オーブに行かれていた姫君はこちらへ帰る途中で事故に遭われて記憶を失くされた。そ の彼女を保護していたのがサラだと何度も説明したはずです。」 くり返される同じ言葉。 その表情に嘘を言っているような様子は見受けられないが、それが逆に胡散臭く感じられ た。 …アイリーンは真実を知るが故にそう思うのかもしれないが。 「貴方が何を言おうと信じない。私の目まで欺けると思うな。」 真っ直ぐに相手を見据えて断言する。 並の男ならそれで怯むのだが、あいにく相手は一筋縄ではいかない男。 「もう少し辛抱ください。もうすぐ彼女が本物であると証明しましょう。」 ふと 目を細めた彼は、恐ろしいほど冷たい瞳で微笑んだ。 「そうすれば貴女も納得するでしょうから。」 笑みを向けられているはずなのに、気圧されるこの雰囲気は何だろう。 彼の背後には底知れぬ闇が見える。 (これがこの男の本性……ッ) 背筋を駆け上る悪寒は気のせいではない。 言葉を失くした彼女に静かに歩み寄り、抵抗しない彼女の髪の一房に口付けた。 「―――また来ます。」 彼の姿が扉の向こうに完全に消えると、アイリーンは知らず入っていた肩の力を抜く。 負けたつもりはなかったが、何も言い返せずにいた自分が悔しかった。 あの娘がラクス様であるはずがない。それは事実。 何故なら本当の"ラクス姫"は今森にいるからだ。 ただ宰相はそのことを知らない。知っているのは王と自分だけだ。 …知られたら今度は彼女の命が危ないから言えはしないが。 一月ほど前、どこで見つけたのか、彼は姫にそっくりの少女を城へ連れてきた。 少女は全ての記憶を失ったと言って怯えていた。 それは嘘ではないかもしれない。 けれど、彼女はラクス姫ではない。 他の誰が信じていても、真実を知る自分だけは騙されない。 あの男が何を考えているか分からないが、それが"良いこと"ではないのは確かだった。 「しかしどうしたらあの男を止めることが出来るのだろう…」 自分は動けないし連絡手段もない。 せめて自分の現状を誰かに知らせられれば良いのだが。 ここの監視は完璧で、隙の無さがあの男らし過ぎて腹が立つ。 考える時間は山ほどあるが 現状の打開策はなかなか浮かばず苛立ちは増すばかりだった。 「…甘いな。」 1人分の足音しか聞こえない廊下で彼は1人呟く。 今日も口を割らなかった彼女に感心するが、実は姫君の居場所などとうに掴めていた。 今は機会を窺っているに過ぎない。 知れたらこちらがどんな行動を起こすかを正確に判断している彼女は流石だと思うが、少 し遅かった。 姫君の命はもうこちらが握っているも同然。今さらどうにかできるものではない。 「さて、楽しみだ。」 誰も知らない表情で、彼は静かに嗤った。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ついに20話ですか…どこまで続ける気なのでしょうね… アイリーン様 めっちゃ好みです。 あの若さで最高評議会議員で、美人で、カッコ良くて! ラクスの補佐をして欲しかったなーという本編への思いを込めてこのポジションです。 本当はもっと練って書きたかったんですけど、時間がないので仕上がりが雑なのが心残り… 元々時間かける場所ではないと分かっているんですが。アイリーン様好きなので。 てゆーか キラもシンも出てないのでサクサクっと終わらせるべきだったのに… 何故こんなにも長くなってしまってるのでしょう… シンステはどこー!?(汗) でも! 次回からはまた夢見の森組に戻るので!! てか ギルの本命って誰!?(ただのフェミニストだと思いたい…)