実りの色は赤い果実 -19-
「サラ!」 廊下に姫君の声が木霊する。 その声に振り返った金髪の女性は、走り寄る彼女に「何でしょう?」と微笑んで尋ねた。 "サラ"と呼ばれた女性が身を包むのは、細い身体のラインを強調する 落ち着いたモスグ リーンのタイトなドレス。 全体的に控えめな色を用いながら、そのせいか唯一鮮やかな紅色のルージュが際立って見 える。 物腰は上流貴族のそれ。どこから見ても大人の女性なのだが、強い光が宿る瞳だけはどこ か男性的なものを思わせた。 「ネックレスを新調するの。一緒に選んで!」 姫君は腕を引いて急かすように彼女を促すが、サラが頷いたのを見ると今度はすぐに踵を 返して先に行ってしまう。 どうやら早く見たくてしょうがないらしい。 「…仕方のない方。」 そう言って苦笑いしつつも サラの足はきちんとそちらへ向かっていて。 彼女と姫君の間には確かな信頼関係が窺えた。 最近はすっかり見慣れたその光景も、けれど素直に喜べない者もいる。 「ラクス様は何故彼女にばかり…」 長くラクスに仕える者達の中にはそんなことを口に出す者もいた。 いきなり変わってしまった環境を不満に思う者がいないわけがない。当然の流れだ。 「記憶を失くされたというラクス様を 宰相様が見つけられるまでずっと看ていたというの だから、ラクス様の彼女への信頼は相当なものでしょう?」 内緒話に花を咲かせる侍女達の中には そんな風に仕方がないと擁護する者もいた。 ラクス様は記憶を失くされている――― それが城に伝わる現状だ。 だから変わってしまっても仕方がないとある者は言う。 それに、右も左も分からない場所で唯一知っている人間がいれば頼ってしまうのは当たり 前だと。 それに納得する者、しない者。 意見は様々に分かれる。 「でもいいの? 王宮に身分や素性が定かではない者を入れて。」 「あら、身分も素性も明らかでしょう? あの方は伯爵家のご令嬢ですもの。」 その令嬢であるサラが別荘で過ごしている時に倒れている姫君を見つけたのだという。 ただの記憶喪失の少女だと思っていた彼女が姫君だと知ったのは 彼女を伯爵家の本邸に 連れ帰ったときらしい。 たまたま宰相が屋敷を訪れていて、姫君の正体が分かったのだと。 それは偶然が重なった中での幸運だった。 ―――そう聞いている。 「そういう意味じゃなくて… 信頼の問題よ。あの方に野心がないと言える?」 あまりに出来すぎた話だからそう勘繰られるのも仕方がない。 そんな考えを持つ者は1人ではなかった。 「そんなの誰にも分からないわよ。」 そしてそれも正論で。 「……ねえ、アイリーン様は何もおっしゃらないの?」 誰もが口を閉ざしたとき、1人の侍女がそんな疑問を呟いた。 ラクスの為に城にいる公爵家の才媛。 いずれは彼女を補佐する為にいるはずの彼女は何も言わないのか。 彼女のその言葉に、周りもはたと気がつく。 「そういえば、最近あの方をお見かけしていないわね。」 「どちらに行かれたのでしょう?」 宰相と意見を対立させてまでも王の不在を共に守っていたはずの彼女の姿が見えない。 その場の誰も行方を知らずに首を傾げる。 「―――あの方なら今回の件でオーブの方に行かれてるわ。」 すると侍女の1人が通りすがりに情報を落として行った。 「あら、そうなの。」 「さすがはラクス様の右腕と言われる女性だわ。行動力もおありなのね。」 誰も疑問に思わなかった。 そしてそれは"噂"として広まっていく。 それこそ 誰かの思惑と知ることもなく――― >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 妙に長くなったので18話と19話に分かれました。 こんなに長くしてどうするんだろうと自分でも思います… 侍女や女官の中でも意見は分かれているようですね。 でも誰もミーアの正体は知らないという。 プラント編はもう1話、お付き合いください(長すぎ…)