実りの色は赤い果実 -18-




 王宮には国王が不在でも毎日人々が相談に訪れる。
 今それらを聞き入れ 解決していくのは宰相の仕事だ。
 それだけの権限を、今の彼は与えられている。


 そして、彼はそれを処理するだけの能力を持ち合わせていた。








「本当でございますか!?」
 宰相ギルバート・デュランダルの言葉を聞いた老人は 歓喜の声と共にその隣に立つ桜色
 の姫君の方を見る。
 その彼女もまた、深い海の色を移した瞳を緩やかに細めて微笑むとひとつ頷いた。
「ええ。安心してください。その件については早急に手を打ちましょう。」
「ッ ありがとうございます…!」
 老人は涙ぐんで礼を言い、何度も頭を下げながら謁見の間を去る。



 重厚な扉が重い音を立てて閉まると、そこには宰相と姫君の2人だけが残された。



「…大した度胸だね、君は。」
 完璧に姫君を演じきった少女に、ギルバートは感心したように声をかける。
「ただ頷くだけで良いのに、まさかあの場面で何か言えるとは思わなかった。」
 それは皮肉などではなく純粋な賛辞だ。
 出会った頃の彼女と比べて考えればそれはかなり予想外のことだった。
「あの時はああ言った方が効果的かなーと思ったんですけど。ダメでしたか?」
「いや。君の判断は正しかったと私も思うよ。」
 優しく言ってやると、良かったと言って彼女はパッと表情を明るくする。
 そんな彼女をギルバートは頭を撫でることで労わってやった。


「今ので終わりですか?」
 その仕種を飼い猫のように気持ち良さそうに受けながら、彼女はくるんとした瞳で見上げ
 て聞く。
 期待を込めた眼差しに内心クスリと笑って、彼はさらりと最後に髪を梳くと 彼女の期待
 通りにゆっくりと頷いた。

「ああ。ご苦労だったね。」
 その言葉は彼女にとっては解放の合図。

「ホント!? じゃあ今から宝石商を呼んでもいい? 新しいネックレスが欲しいの!」
 すっかり姫君から少女に戻ったミーアははしゃいだ様子で彼の腕を引く。
 それを咎めることもせず、彼はただ柔らかに微笑んだだけだった。
「君の好きにするといい。…しかしまた何か言われたりするのではないかな?」
 それは忠告というより表面だけ困ったという表情という その程度の言葉。
 改めろなどと言う気はなかった。

 確かに 彼女の浪費癖にラクス姫付きの女官達は苦い顔をしている。
 以前の姫君は自分を派手に着飾ることを嫌い、美しさは内面から引き出されるものだと言
 うような人で、女官達もそんな姫君を尊敬していたからだ。
 だから今の彼女の振る舞いは不満なのだろう。
 けれどミーアはそれを全く気に止めない様子で可愛らしく小首を傾げてみせた。

「あら。"私"のお気に入りというのは頼まれた方には嬉しいことのはずなのに?」
 姫君より姫君らしい感覚にギルバートはそれもそうかと納得する。
 それを口に出せば、彼女も「そうでしょう?」と、楽しげに笑った。







 そうして彼女が自分から離れて自室のある宮に去って行くと、ギルバートは彼女とは反対
 の方へ足を向ける。
 ミーアと違って彼にはまだ仕事が残っていたが、その前に 一ヶ所寄りたい場所もあった。



 彼女はよく働いている。
 多少の我が儘も、貴族の娘たちと変わらない程度の可愛いものだ。
 特に問題はないし、放っておいても支障はない。

 王が帰ってくるまであと一月、"計画"は順調だ。



 あとは"彼女"を―――






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何このギルとミーアのラブラブっぷり…
いや、感覚はネオとステラと同じ"親子"なんですけど。



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