実りの色は赤い果実 -17-
「殿下! どこに行かれるのですか!?」 すっかり旅支度を済ませ、出て行こうとする彼を呼び止めたのは、この宮に長く仕える父 親代わりの侍従長。 仲が悪い自分達親子の間に入って要らぬ苦労ばかりかけている彼に多少の罪悪感は湧くが、 それは行動を改めるまでには至らなかった。 「決まってるだろ。」 他の場所に行く気はないと彼は告げる。 それを聞いてさらに渋い顔をした彼に、ムウは苛立ちを覚えながら背を向けた。 「我が王家の慣わしに従い1週間は通った。今回も義務は果たした。何か文句はあるか?」 「殿下ッ!!」 彼が3人目の側室を迎えて1週間。 彼にとってそこに通うことはただの義務でしかなく、一時でも早く解放されたかった。 義務を果たせばもう長居する理由もない。 他に想う者がいる自分が、しかもあの父が決めた妃に興味を惹かれるはずがなかった。 「彼らは明後日には首都を出ると言っていた。すぐに行かなければ置いてかれる。」 ムウがいつも付いて行っている旅の一座の正体は王家に仕える諜報機関だ。 だから待てといえば待ってくれるだろうが、自分は従える為に彼らに付いていくわけでは ないから言わないと決めている。 付いて行くのは、ここにいたくないという 単に自分の我が儘だから。 「いずれ国王になるお方が 旅の一座に入り浸るなんてなんと嘆かわしいことか…」 彼らの正体を知らない彼がそう思うのは無理もない。 …知ったところで言うことは大して変わらないとも思うが。 「踊り子を側室に迎えようなんて言うより良いだろ。」 そのセリフを最後に、彼は宮に背を向け走り去った。 「…その方がどれだけ良かったか。」 消える背中を見送って、彼は独り呟く。 そうすれば せめて彼はここを出て行こうとはしなくなるだろうから。 けれど、それは決してありえないことも彼はよく知っていた。 殿下にとって、その踊り子は"自由"の象徴。彼が想い焦がれ、叶わぬことを知っている "自由"を持つ者。 だから憧れ 追いかけ続けるのだ。 「早く飽きてくだされば良いのだが…」 願わくば、その恋情が一過性の戯れであって欲しかった。 しかし、侍従長の危惧の通り 何年経っても彼の行動は変わらなかった。 王が病床に臥したときは、政務を代行したものの妃達に会うこともなく 終わればすぐに また旅に戻った。 悩んだ末 侍従長が姉姫に相談したところ、彼女からは 「アレも王位に就く気がないわけではない。今は見逃してやってくれないか?」 そう返ってきただけで、さらに悩むことになっただけだった。 ムウはずっと気づかなかった。 その自分の行動が血を分けた子ども達にどう降りかかっていったのか。 子どもの存在を知っていても気にすら留めなかったことが、彼にその後 どんな後悔をも たらすのか。 彼は全く知らなかった。…知ろうともしなかった。 ―――夫である王子に見向きもされなかった3人の妃達の関心は 自然と我が子へと集中 したのだ。 一番上の王子はまだ良かった。 世継ぎとして周りに大切に扱われ、母親の執着で苦労したとはいっても愛されてるだけ良 い。 1人でいる時間が欲しくてこっそり部屋を抜け出しては連れ戻され、自由が少しずつなく なっていっても… それでもそれは愛故のことだったから。 第2王子は上の王子とその母妃に対する恨みの言葉を毎日聞かされ続けた。 何故自分が1番ではなかったのか、彼さえいなければ自分の子が王になれたのに、と。 毎日毎日 重く暗い言葉を延々と聞かされて彼は育った。 …でも、それでも彼女も王子本人には優しい母だった。 彼のことを愛し、愛しすぎた故にどこかに怒りを向けずにはいられなかっただけだ。 可哀想なのは―――…末姫。 「女……?」 「…はい、姫君にございます。」 一番下、しかも女。それは妃にしてみれば大変なショックなことだった。 自分には最初から希望がないことを知ってしまったから。 「女児など要らぬ! 何の役にも立たぬ子などッ!!」 …だから彼女は、産まれたのが女児だと知った途端 その子の存在そのものを否定した。 「顔も見たくない! 私の前で二度とアレの話などするでないぞ!」 抱き上げることもなく、言葉をかけることもなく、姿さえ 彼女はその目に映そうとはし なかった。 女官達にも死なない程度の最低限の世話しかさせず、同情から情をかけようとした者は即 刻宮を追い出された。 広い部屋に一人きり。誰も彼女を人として扱わない。 それがどういうことか… 誰が想像できるだろう。 言葉を知らなかった。 伝えることがどんなことか彼女は知らなかった。 愛されることも知らなかった。 誰かに愛を注がれること、微笑みを向けられること。 感情さえも、彼女は知らなかった。 「……そして今から10年前、即位した彼はやっと我が子にも目を向けて、そして悔いた んだ。自分が責任から逃げた結果がこれなのかと。」 シンはずっと黙って話を聞いている。何か口を挟んでくると思っていただけにそれは意外 だった。 王本人から聞いたこの話を誰かに聞かせるのは初めてだったけど、それが彼で良かったと 思う。 「彼は子どもを3人とも引き取って自分で育てることに決めた。」 キラがステラ達に会ったのはそれからかなり経ってからのことだ。 その頃にはもう、ステラは随分感情も言葉も覚えていたけれど。 「―――ステラはそこで初めてたくさんのことを覚えたんだよ。彼女はようやく世界を知 ることができたんだ。」 言葉、感情、愛されること、etc... 誰もが当たり前のように受ける幸せなこと全部、彼女はそれから覚えていった。 「……シン?」 ひょっとして聞いたことを後悔したのかな?と顔を覗き込むと、彼は真剣な顔で見返して くる。 机の上で握りしめていた拳にさらに力を込めて。 「…俺、ステラを守りたいって今までで1番強く思った。ステラはすごく良い子なんだ。 そんな彼女が不幸になるのは絶対おかしい。」 「うん、そうだね。」 「だからこれからはステラが絶対悲しむことがないように。全てのことから守りたい。」 自分が守るのだと 心に決めたシンの瞳は強い光を宿していた。 思った以上の効果にキラはにこりと微笑む。 ステラは幸せにならなきゃいけない。それにシンの存在は必要だと思うから。 「…ところでキラって もしかしてAAの関係者?」 「どうしてそう思うの?」 切り返しは逆質問。けれど今回は否定しなかった。 それにすんなり受け入れるところを見ると彼はAAの正体を知っている。 信憑性は高まるが、キラは人差し指を立ててウインク1つ。 「今はまだ内緒。いつか、教えてあげるよ。」 今回もそこは謎で終わった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- なんとか1話で収めました(実際長さは2話分ですが) てかオチがつきました… いい加減教えてやれよ、キラ。と思わないでもないです。 姉姫(ナタル)も可能なら出したかったんですけどー これ以上長くするわけには…(汗) あ、回想でネオがムウ表記なのはわざとです。王子の頃の名前はムウだったのですよー