実りの色は赤い果実 -13-




 地下は地上と比べるとひんやりと冷えていて、どこか不思議な感じがした。
 否応にも2人の期待は膨らむ。


「…ここがいい。」
 ふとステラが立ち止まって1つの扉を指差した。
 扉の存在にすら気づかず通り過ぎようとしていたシンは驚くが、暗いから気づかなかった
 だけだとすぐに思い直す。
 そして少しばかりの期待を込めて 持たされた金の鍵を差し込んだ。



 ガチャリ


 開いた扉の向こうには―――






「…え?」







 ザザーン ザ――――ン…


 聞こえるのは潮騒
 目の前に広がるのは果てしない青い海

 確かに感じる眩しさと熱は本物の太陽
 潮の香りも何もかも、五感はリアルに伝えてくる



「……」
 ひとしきり固まった後、シンはとりあえず無言で扉を閉めてみた。




 (常識的に考えて有り得ないだろ!?)

 当たり前だが シンは今見た光景が信じられない。
 ここは森の中のはずで、しかも地下のはずで。それがいきなり海とか外とか。

 …ああでもここは魔法の屋敷だったっけ。何があってもおかしくはないのか?



「ステラ うみすき〜v」
 扉の前でぐるぐる考え出すシンの代わりにステラがノブに手をかける。
 そしてシンの制止の声も聞かず 勢いよく扉を開けた。






 ―――風が抜け 緑色の絨毯を撫ぜていく

 目の前に広がるのは緑の海原、"草原"とよばれるもの



「…!?」
 同じ扉を開いたはずなのに 全く違う光景がそこにはあった。
「何だこれ!?」
 シンにはもう何がなんだか分からない。今何が起こっているのだろう。

「ね、いこう!」
 反してステラはとても楽しげだ。キラキラ瞳を輝かせて繋いだ手を引っ張る。

 彼女に連れられてシンも中に1歩足を踏み入れた。






 その先は広々とした草原……ではなく。


「何だこれ…」

 自分がどこにいるかを曖昧にしてしまうような 不可思議な空間。
 草原は跡形もなく消え去り、そこはただ白いだけで他に何もなかった。

 手を伸ばすとすぐに壁に触れる。
 それはどこか見知った感覚。

「これ… 鏡……?」
 でも何かおかしいような…?

「ステラがいない!」
 彼女の叫びにはっとする。
 そういえば、手をついた先にあるはずの自分の姿がなかった。
 鏡のように見えて 鏡ではない。
 でも窓のように向こうは見えない。折り重なった鏡の空間が続いている。
 ただし シンとステラの姿はそこに映っていない。



 常識で考えるにはあまりにここはおかしすぎた。
 確かに"冒険"ではあるけれど、最初の部屋がこれなら後はどうなってるんだろう。
 さっき感じた不安を思い出してシンはぎくりとする。
 最近は慣れてしまったから忘れていたが、ここは元から不思議な屋敷だった。



「ステラ、もう戻…」
「たのしい! シン、つぎ!!」

 ああなんて素敵な笑顔なんだろう…心の底から楽しんでいる顔だ。

 それにシンが逆らえるわけもなく、内心で己を奮い立たせながら頷いたのだった。




















「何なんだよ この屋敷は!!」
「あ、楽しかった?」
 戻ってきたシンにキラが笑いかけると、シンは凄い形相で鍵をつき返してきた。
「楽しいとかそういう問題じゃないだろ これ!」
 有り得ないだろ 普通。

 扉を開けたら目の前が水の中だったり、入っても息ができたり濡れなかったり。
 人形が踊ってたり、あまつさえ誘われて一緒に踊ってしまったり。

 危なかったり怖かったりすることはなかったが、なんだか自分を見失いそうだった。
 あんなもの常識では太刀打ちできない。


 ―――そして達した1つの仮説。



「…キラは魔法使いなのか?」
 え?とキラは目を丸くする。
 キラを見つめるシンの表情はどことなく真剣だった。
「この屋敷って魔法仕掛けだしさ。夢見の森には魔法使いが住んでるっていう話だし。」
 きっと一生懸命考えて達したんだろうなーとキラが思ったのかは知らないが、彼は優しげ
 にというより何か含んだように笑む。
 まさかと強張るシンだったが、答えは少し予想から外れていた。

「残念、ハズレ。確かに魔法使いはいるけどね、それは僕じゃないよ。」

 これで全ての謎が解けたと思ったのに、さらに深まった気がする。
 属籍を持たない魔法使いならいろいろと納得できる部分もあったのに。
 そもそもどうしてキラはこんな不思議な屋敷に住んでいるのか。


 考え込んでしまったシンを見かねたキラは、1つだけ教えてくれた。

「この屋敷はその魔法使いにもらったものなんだ。」




 ―――とりあえず、キラへの謎はまた深まった。






    >>NEXT


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今回珍しくスペースを多用しました。
そして遊び過ぎました。楽しかったですけど。
…ニコルが作った屋敷を常識で考えてはいけないのです。
そして(シンにとっての)謎の人キラ。彼の正体を知るのはもう少し後です。



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