実りの色は赤い果実 -11-
開け放たれた窓から入り込んだ風がビロードのカーテンを揺らす。 今日の空は抜けるような青空、陽射しも心地良い暖かさだ。 いつもの気安さでノックも挨拶も無しに王の執務室を開けたディアッカが見たのは、ちょ うど白い鳩が空へ飛び立ったところだった。 手紙を携えた白い鳩―――"伝書鳩"はよく使われる交信手段だ。 しかもアレはイザークのではないから、返事を書いて送ったところなのだろう。 「今の誰から?」 ディアッカの呼びかけに彼は特に驚く風でもなく振り返った。 綺麗に切り揃えられた銀糸がさらりと風に流れ、切れ長のアイスブルーは感情薄く相手を 見返す。 「キラからだ。」 すっかり王の風格を身につけた彼は、ディアッカの問いに小さく折りたたまれた紙切れを 見せて答えた。 「また? 今度はなんて?」 前回――― 数日前の手紙は「シンはうちに泊まるから心配はするな」という内容だった。 心配って…と思わず苦笑いしたのを覚えている。 「あまり帰りたくなさそうな様子だから 本人の気が済むまでいさせてやってくれ だと。」 特に問題無いから許可の手紙を出したと言って、イザークは何事もなかったように執務机 に戻る。 急用ができたときに呼び戻せば良い。彼の認識はそんなもので、シンがいないことに関し ては気にもしていない様子だ。 ディアッカもイザークがそう言うなら反対する理由はない。 だが、問題がひとつ。 「お前がそう言うなら良いけどさ。でもオムニのことはどうするんだ?」 オムニの姫のこと。この件はシンがいなくては話にならないはずだ。 そのはずなのに、イザークはどうでも良いという感じですでに執務に入っている。 首を傾げるディアッカに イザークは机上の書類に署名をしながら事も無げに告げる。 「あぁ、それは問題無い。ステラ姫も一緒でかなりの良い仲だとか書いてあった。」 「は?」 「…こっちから仕掛けなくても勝手にやってるようだな。」 「……へぇ。」 笑みさえ浮かべたイザークの言葉に、ディアッカはひょっとしたらひょっとするかもしれ ないな…と、漠然とした未来を見た気がした。 ―――美しき芸術の国、プラント。 その名に相応しく その最たる場所王宮には随所にその片鱗が見える。 それは壁に飾られた絵画であったり、緻密な細工が施された調度品であったり、また色鮮 やかに彩られた庭園であったり。 他国の文化も柔軟に受け入れ 融合し精選され、結果 プラントは芸術家が多く集まる華や かな国へと発展した。 さらに今 国王が視察に行っている西端の港が開かれれば、別大陸からの文化も入ってく る。 そうなればこの国はますます芸術面で発達していくのだろう。 そして王が不在の今、この王宮を預かるのは若く優秀な1人の宰相だった。 「用意は出来たかな?」 プラントの若き宰相ギルバート・デュランダルは、開かれた扉の向こうから現れた"姫君" に微笑みを向ける。 落ち着いた大人の雰囲気を纏う彼のイメージは漆黒。 それは彼の深い闇色の髪のせいでもあり、また彼のトレードマークである漆黒色のローブ が理由でもあった。 一方の姫君は、キラキラと輝く刺繍が施された桜色のドレスに羽のように軽やかな透かし レースのショール。 春を思わせる髪を背中に流し、星をかたどったティアラは光に透ける。 闇色の宰相殿と桜色の姫君が並ぶと対照的な印象を与え、それはまた互いを美しく引き立 たせた。 「今日は何をすれば良いんですか?」 絶世の美姫は 普通の少女のような瞳で彼の顔を覗き込む。 それを咎めるでもなく 彼は彼女の髪を宥めるように優しく撫でた。 "彼女"がそんな表情をするのは当たり前だ。―――彼女は普通の少女なのだから。 姫君不在のこの王宮で、彼女の代わりを務めている ごくごく普通の少女。 ただし それを知っているのは一部の者のみだが。 「…まずは視察かな。新しく出来た劇場は"姫"も楽しみにしていたそうだからぜひ行かな ければならないね。」 「ひょっとして… 私1人で、ですか?」 不安そうに見上げる彼女に 彼は安心させるように殊更甘い笑みを浮かべた。 「いや、私もサラも一緒だから安心して良い。」 「良かった。」 ホッと胸を撫で下ろす少女に彼はフと笑う。 彼女はどこまでも普通の少女だ。あの姫ではない。 でもだからこそ彼にはこの少女が必要だった。 「君には感謝しているよ。辛くはないかい?」 「いいえ!」 申し訳無さそうな彼を見て、彼女は即座に首を振る。 「私はこの役目を誇りに思っています。…宰相様は誰にも必要とされなかった私を見つけ てくださいました。おかげで私は救われました。だから、お礼を言うのは私の方です。」 気をつかったわけでも世辞でも何でもない。それは彼女の本心からの言葉だ。 彼に出会ったことで彼女は生まれ変われた。 思い出したくもない過去から救い出してくれたのは、生きる理由を与えてくれたのは。 「これからも私を助けてくれるかな?」 「もちろんです!」 ―――だから この人のために "あたし"はできることを何でもしたい。 「…頼むよ、ミーア――― いや、ラクス姫。」 穏やかな笑みの裏に隠された彼の思惑(ココロ) その内を知る者は 己ただ1人のみ―――… >>NEXT --------------------------------------------------------------------- ギルの口調が安定しない… 1歩間違うと友雅殿に…(汗) 今回はなぜか背景描写に凝ってしまいました。 …本当はみんなこんな感じにしたいんですけど。如何せん時間と語彙が…… 次回はシン達に戻ります。たぶん。