実りの色は赤い果実 -05-
その女性は、最初 花の女神か妖精なんだと思ってしまった。 「キラ?」 シンにはどうしようもなくて困っていたところに、桃色の髪の女性がふんわりと微笑みな がら現れる。 彼女の周りだけ空気が一段と輝いて見えて、一瞬 人ではないように思えた。 よくよく見ると普通の人間の女性でシンもホッと安心するが、それにしてもすっごい美人 だ。 それは完成された人形のような… 人ではないくらい完璧な女性だった。 ふんわりとウエーブのかかった桃色の艶やかな髪、白磁の肌、薔薇色の頬、形の整った眉、 長い睫毛、深い海の色をした瞳、熟れた果実のような紅色の唇、均整の取れた体躯、指先 までスラリと伸びた手足、、、 等身大の人形が歩いているかのような、それは不思議な光景だった。 彼女はシンとステラを認めると 何も言わずに花のような笑顔を向ける。 「ッ!!?」 それに思いっきり動揺してしまったのは、きっと彼女がものすごい美人だからだ。 バクバクと高鳴る心臓を抑えながら何も出来ずにいるシンを不審に思った様子はなく、彼 女はそのままキラの隣に並んだ。 「…ラクス。はい、これ。」 不機嫌な顔のままキラは彼女に手紙を見せる。 "ラクス"と呼ばれた女性は首を傾げながら受け取ると、その短い手紙に目を落とした。 「……あら。」 彼女の表情も途端に曇る。 一体手紙には何が書いてあるのか。気にはなったが 雰囲気的に聞くことは出来なかった。 「…とりあえず 彼女の着替えと部屋を頼むね。」 どうにか感情を抑え込んだキラは そう言って視線でラクスを促す。 彼女はそれに頷くと そっとステラの手を取った。 「分かりました。ステラさん、こちらへ。」 彼女の笑顔につられてステラもニッコリと笑うと、2人は仲良く手を繋いで屋敷の中へと 入って行く。 「―――で、君はこっち。君にも着替えと部屋を用意しなきゃね。」 くるりと背を向けてキラが歩き出したので シンも慌てて彼の後を追いかける。 でも、着替えは分かるけど部屋って? それが表情に出ていたのか キラはあぁと説明を加えてくれた。 「今からじゃ森を抜けるのは危険だから泊まってくと良いよ。王子の君に合うかは分から ないけど、料理も美味しいから。」 柔らかい微笑みは人を安心させるもののはずだが、シンは彼の言葉にギクリと強張る。 「今 "王子"、って…」 身分については一言も言わなかった。名前だってまだ名乗っていない。 服もお忍び用のもので、貴族には見えるかもしれないが王族には見えないはずだ。 今さらながらにシンは彼に警戒心を持つ。 「その剣の柄の紋章を見れば分かるよ。ね、"シン王子"?」 こちらの正体はすでにバレていたらしい。名前もとっくに知られていたようだ。 身構えるシンに、彼は怒るどころか当然の反応だと褒めた。 「…ちょっと遅いけどね。まぁステラの反応を見てたから仕方ないかな?」 敵ではないのだろうと それはすぐに分かった。 ステラの態度もだが、彼の雰囲気や立ち振る舞いを見ても明らかに盗賊などではない。 たぶん貴族の中でも上級の、名のある家の出なのだろう。かなり高等な教育を受けた感じ がある。 変わり者の貴族の子息が森に趣味で住んでいるとか、その辺りじゃないだろうか。 その推測はたぶん外れてはいないと思う。 でも、シンが王子だと知っていて自然と敬語を使わない。 ディアッカも使わないけど それは旧知の仲だからで。そう思うと不思議だ。 …この人は何者なんだ? 「アンタ…」 「ほら、早く。風邪引くよ?」 けれどそれ以上の詮索は、笑顔に阻まれてできなくなってしまった。 立派な屋敷の隣にはさらに高い塔が立っている。 石造りのその塔の天辺は森の木々より高くなる為、風は強いが代わりに遠くの山まで見渡 せた。 そこの階段を登ってきたキラの腕には白い鳩。その足には小さな紙が結び付けてある。 キラからある人への手紙だ。 「…わざわざAAに頼まなくても鳩で良いよね。」 独り言を呟いて彼は夜空に鳩をそっと飛ばす。 この鳩は夜でも飛べるようにしてあるので この暗闇の中でも明朝には確実に届けてくれ るだろう。 「それくらいで呼ばないでとミリィには怒られそうだしね。」 その光景が容易に想像ついてキラは苦笑う。 ミリィこと ミリアリアはAAのメンバーで、年が同じせいか1番仲が良い。 気安い性格をしている彼女はキラに対しても気さくに接してくれるのでキラも好感を持っ ていた。 通称"AA"――― 正式名称は 王室直属諜報機関"アークエンジェル"。 それは、王家の…それも直系にしかその存在に知られることのない特殊機関だ。 彼らの仕事は本来の貴族達の不正を暴くことから 護衛や運び屋まで多岐に渡る。 キラやネオは他の王族に比べると使用頻度が格段に多かった。 それは2人がAAに他より深く関わっているからなのだが、他の人にはあまり彼らを使役 してはいけないと思われているからかもしれない。 彼らは大抵の頼み事は聞いてくれるし、時には対等な位置からの意見もくれるから勿体無 いとキラは思う。 あまり頻繁に使役するのも問題だが 全く使わないでいるのもそれはそれで問題がある気 がして。 …"あの時" 躊躇わず彼らを使っていればと、今でも思ったりはするけれど。 過去のことをどんなに悔やんでもあの日には戻れないことも もう知っているから。 キラが考え事をしているうちに鳩は闇の中へと消えていた。 「…さてと。早く戻らないとシンがお風呂から出てきちゃうね。」 戻る前にぐるりと辺りを見回す。 空には満天の星空、下の庭園は明かりに灯された花が幻想的に浮かび上がっていて。 ここからの眺めは夜明けが1番だけれど、夜も昼間とは違う表情を見せていてけっこう好 きだったりする。 この光景をあの2人にも見せてあげたい。 シンとは初めて会ったけれど、彼のことはすぐに気に入ったし早く仲良くなりたい。 「久しぶりに賑やかな夕食になりそう♪」 楽しげな様子でキラは階段を下りていった。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- 2話同時UPの、キララクとの出会い編後半です。 キラが主役を食ってしまわないかだけが今後心配です…(苦笑)