実りの色は赤い果実 -04-




 そこは森の中とは思えない、ちょっと不思議な場所。

 背丈の倍はある緻密な装飾が施された鉄柵の門の向こう。
 こんな所に門があること自体が不思議なのだが、それが気にならないくらい不思議な光景
 がそこには広がっていた。

 整然として手入れが行き届いた庭園には芝が青々と茂り、季節の花はどれも華やかに咲い
 ている。
 奥に佇む屋敷も古びた印象はまるでなく、白い壁には蔦ひとつ伸びていない。

 森の枝葉が及ばないこの壮麗な屋敷で、"彼"は今日の仕事を終えようとしていた。




「上手に飛べるようになったね。」
 肩に下りた緑色の鳥に 彼はそのアメジスト色の瞳を柔らかく細めて微笑む。
 それに応えるように小鳥はひとつ高く鳴いた。

 森に住む彼の仕事はケガをした動物たちの世話だ。
 この小鳥も羽を傷つけて飛べなくなっていたところを助け、彼の献身的な手当ての末に最
 近包帯が取れたばかりだ。

 "仕事"はこの屋敷をくれた魔法使いとの約束。
 それがここに住む代わりに彼に課された"条件"だった。


「今から戸締まりに行くけど君も一緒に行く?」
 小鳥は首を傾げると頬に擦り寄り、それを肯定ととった彼は懐から鍵の束を取り出す。
「それじゃ 行こうか。」


「すみませーん!」

 ふと 門の向こうで声がした。
 振り返って見ると人影があって、そこから人が叫んでいるようだ。
「…こんな所に人が?」
 この屋敷は"夢見の森"の中でもかなり奥深くにある。
 普段 道に迷ったりしない限りは人が来ない場所のはず。
 何事だろうと不思議に思いながら 彼は小鳥と一緒に門の方に足を向けた。













 シンと少女がその門の前に辿り着いたのは森の向こうが赤く染まってきた頃。
 門の向こうの不思議な風景に戸惑いながらも、見えた人影に声をかけると その人は気が
 ついてこっちに来てくれた。



「…えーと?」
 やって来たその人は チョコレートブラウンの髪に鮮やかなアメジスト色の瞳が印象的な、
 なんだか普通じゃないオーラを持った人だった。
「森の中に住んでいる」人とは思えない、どこか高貴な印象を持つその人。
 さらにその中性的な顔立ちは、柔らかな雰囲気も相まって性別を曖昧にしていて。声を聞
 かなければ女性だと言われても納得してしまいそうだ。

「どうして そんなに濡れて……?」
 やっぱり不審に思われた。
 戸惑った声で躊躇いがちに聞かれて、シンは気まずさに少し視線を泳がせる。
「あ、その、実は… 川に落ちてしまって……」
 こうなったのは自分の失態だ。それを相手が知るはずもないがなんとなく恥ずかしい。

「…それは災難だったね。中へどうぞ。」
 しどろもどろのシンの説明に彼は意外にあっさり納得すると笑って門を開ける。
 そして2人を中へ招き入れ、いつの間にか手に持っていたタオルを拭くようにと差し出し
 た。
 その後ろでは門が自然と音を立てて閉まる。

 それは自然な動作ではありながら、けれどどこか不自然で。
 でもそれをどう言ったら良いのか分からず シンは何も言えずにいた。




「すぐに湯殿を――― って、あれ?」
 シンの背中から窺うように少しだけ顔を出す少女を見て 彼は何故か驚いた顔をする。
「…ステラ??」

「キラ!」

 呼ばれた彼女は嬉しさからかパッと表情を明るくして、シンの傍を離れるとびしょ濡れの
 まま"キラ"に飛びついた。
 シンはどこかで聞いた名前だなと思ったが、はっきりと思い出せないので早々に諦めて放
 置する。
 今まで自分にくっついていた彼女が離れてしまったことは少し寂しく感じたけれど、さす
 がに子どもっぽいかと表には出さずにいた。

「覚えててくれたんだね。嬉しいな。」
 彼の方も濡れるのはたいして気にしていないようで 普通に受け止めてニッコリ笑う。
 ついでに彼がタオルで頭を拭いてやると彼女も素直に身を預けてそれに従った。

 どうやら2人は知り合いらしい。だからここのことも知っていたのかとシンはようやく合
 点がいく。
 どんな関係なのか聞きたい気もしたが、それは今聞かなくても良いことだろう。…口を挟
 むと何か雰囲気を壊すような気もしたし。



「…ひょっとして ステラ。今日はここに用があって来たの?」
 そういえば…と 彼が手を止めて尋ねると、ステラもふと思い出したように離れる。
 そして何やらドレスをごそごそと探り始めた。

「―――あった。…あの、ね。これ。」
 ステラが差し出したのは不思議と濡れていない一通の手紙。
 裏には封蝋もしてある。その紋章は彼の人のもの。
「どうしたの? これ。」
「ネオからキラにって。」

 キラが封を開けるとほぼ同時に庭園では明かりが灯り始めた。
 蛍火のようなふんわりとした光がいくつも浮かび上がって庭園を明るく照らす。
 シンは唖然としてその光景を見ていたが、慣れきったキラは気にせずその明かりを使って
 手紙を開いた。
 見慣れた伸びやかな字で 書かれていることは彼らしく非常に簡素だ。


"ステラの旦那探ししようとしたんだけど ちょっと問題起こってな。
 しばらくの間預かってくれないか?
 あ、ステラが気に入ったらキラでも良いぞー キラなら大歓迎だ。"


「…。あんの黒仮面…っ」
「はい?」
 怨嗟のように低い呟きは幸いにもシンには聞こえなかった。
 なんでもないよと笑顔で返すがオーラが怖い。
 ぐしゃりと手紙の端には皺が寄り、明らかに不機嫌なのが見て取れた。

 な、なんだろう……




「―――あら、どうかしましたか?」

 その時だった、キラの後ろから歌声のような美しい声が聞こえたのは。






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時系列の都合上、予定を入れ替えてキララクを先に出しました。
ここは長いので中途半端ですが途中でぶった切りです。
あ、キラの屋敷のイメージは「ちょー美女と野獣」のジオの館だったりしますー



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