実りの色は赤い果実 -03-
兄は昔からオーブが好きだった。 兄の母、そして自分の育ての親でもあるレノア様の故郷で、兄の大事な親友と 大切にし たい人がいるという国。 いつか出て行ってしまうと知っていた。 兄はずっとオーブを守りたいと言っていたから。 だから俺はオーブが嫌いだった。 いつか俺から兄… アスランを奪ってしまうオーブが…… ヴィーノの制止も完全無視で城を飛び出して数時間。 回数も10を超えれば城は騒ぎにもなっていないだろうが、ヴィーノは泣いているかもし れない。 でもそれを悪いと思っても改める気はなかった。 脱走のことはとっくにイザークの耳にも届いていると思われるので、戻ればきっとゲンコ ツと説教が待っているんだろう。 でも それも慣れてるから別にどうでも良い。 とにかく何も考えずにいられる時間が欲しかった。 周りに当り散らす前に自分で心をコントロールする術が必要だった。 その中で、"脱走"がシンにとっては最も有効的な方法だったのだ。 夢見の森の奥にある"見晴らしの丘"、脱走したときはいつも愛馬でそこまで遠乗りに出か ける。 いつもならそこから元来た道を帰るのだが、その日はまだ戻りたくなくて いつもとは違 う道へ入った。 パシャッ 「…何の音だろ?」 ふと小さく聞こえた水音に意識が向く。 近くに小川があるらしい水が流れる音と共に聞こえたその音は1度だけではなくて。 不思議と興味を惹かれたシンは馬の首をそちらへ向けた。 そこは小さな広場になっていて、ひらけた空からは光が差し込んでいた。 どこそこに名もない小さな花が咲き、緑の芝は光を吸ってあおく光る。 ―――そして シンが聞いた音の正体は、そこの小川で遊んでいる少女だった。 くるくると回るたびに翻る白いドレス、太陽を反射して光り輝く金の髪。 小鳥のさえずりのような可愛らしい歌声も彼女のもの。 ドレスの裾が濡れるのも気にせずに 彼女は足先で時折水を跳ね上げる。 彼女はシンに気づかない様子で水遊びに夢中になっていた。 そのシンはといえば―――、その少女から視線が外せずにただ見惚れていた。 美人というなら幼馴染のルナマリアやメイリンだってそうだ。 レノア様もエザリア様も子どもがいるなんて思えないくらいお綺麗だし、イザークが好意 を寄せているシホ姫もそう。 王宮で美しい女性はたくさん見てきた。 でも、彼女に… 何故かとても惹かれた。 確かに可愛いし、その容姿はルナマリアにだって引けを取らない。 けれど惹かれたのはそれだけじゃなかった。 よく分からないけれど 踊る彼女から目を離せなくて――― 「きゃっ」 小さな悲鳴と共に彼女の身体がバランスを崩す。 足を滑らせたらしい彼女は派手な水音を立てて目の前で川の中へ落っこちた。 「げ!?」 一部始終を見守ってしまったシンは 慌てて馬から下り彼女のところへと駆け出す。 しりもちを付いた彼女は状況が掴めないのか、そのまま座り込んでボー然としていた。 「君! だいじょう―――、……」 手を差し出しながら言いかけて、そこでシンは固まってしまう。 見上げた彼女の瞳は鮮やかなチェリーピンク、その大きな瞳には自分が映り込んでいて。 見惚れてぼうっとしてたシンは、その彼女が自分の手を取ったことにも気づかなかった。 「ッ!?」 そして不意に引っ張られ、案の定 支えきれずに今度は仲良く川の中へ落ちる。 さっきより大きな水柱がその場で上がった。 「ご、ごめん…」 カッコ悪い…と落ち込みつつ、起き上がったシンはとりあえず謝る。 川は浅く座っても腰ほどしかないが、2度も落ちた彼女は全身びっしょりだ。 支えきれなかった自分が申し訳なくて 恥ずかしくて仕方なかった。 けれどその彼女はといえば 謝られた意味も分かっていないようにきょとんと首を傾げて いる。 「…どこかで乾かさなきゃな。ん?」 どうにか起き上がって、彼女も今度こそ助け起こして。 さてこれからどうしようかと思案していたら 彼女に服の裾を引っ張られた。 振り返ると彼女はこっちを見上げながらある方角を指差している。 「あっち? 何かあるの?」 シンが聞き返すと彼女はこくんと頷いて。 とにかくこのびしょびしょで重くて仕方ない服をどうにかしたいシンは彼女に従った。 >>NEXT --------------------------------------------------------------------- シンステはの出会いは水。これは外せませんでした。(いつか書きたいKINGDOMも水です) このシーンがとにかく書きたかったんです!!