お伽話のそれから -08-
「おい、どこへ行くんだ?」 執務室へ曲がる廊下を何故か通り過ぎるアスランを思わず呼び止める。 まだ実務の一部はイザークやディアッカの手助けが必要で、今日もイザークとアスランは 父王と話した後に執務室へ一緒に向かっている途中だった。 「最近会いに行ってなくて エマに報告してなかったから。キラにはすぐ行くと伝えてくれ ないか。」 早口で伝えると彼は走って去っていく。 残されたイザークはわけが分からず首を傾げるしかなかった。 「エマ? 誰だ…?」 「…私は何も望んでいないわ。このままあの方の傍にいられれば良いの。」 庭園の木の影の下、一段と濃い影を落とす木に凭れて彼女は何かに向かって呟く。 それ以上は望まないと告げると相手は有り得ないとでもいう風に嘲笑った。そんなものは 綺麗事だと。 『本当にそう思うのか?』 どこからともなく降る声にどきりと心臓が強く脈打つ。 その声は エマが考えまいとしていたことを突きつけて彼女の不安を煽る。 『王子はまたかの姫を選んだ。それでも?』 「え…?」 彼が最近政を学び始めたことは知っているし、先日の晩餐会に出席したことも当然知って いる。 本人に聞いたわけじゃないけれど彼女は知っていた。 でも それだけであの姫を選んだことにはならないはず。 最近会えないのは彼が忙しいからのはず。 『政を学び始めたのも 全ては姫の為。』 「ッ嘘!」 『嘘だと思うのなら確かめれば良い。』 「そんな…」 確かに男が嘘を言う理由もない。事実を知ったエマは愕然とする。 前に会ったとき 彼は「想いは叶わなかった」と呟いた。 彼女もその思い違いを都合が良かったから否定しなかった。 そのまま離れていくものだと思っていたのに。 『分かっているのだろう? そして王子はまたそなたから離れる。』 「そんなこと…!」 ない、と言おうとして言葉に詰まる。 確信を持って否定することは出来なかった。 ずっと恐れていたこと、彼がまたいなくなること。 まさか本当に彼はあの姫をまた選んだ―――…? 『―――手に入れる気はないか?』 全てを。姿の見えない声が耳元で甘く誘う。 「私 は……」 「エマ…?」 「ッ アスラン様!」 すぐ脇からかけられた声に彼女が慌てて振り向けば、彼は不思議そうな顔をしていた。 「今誰かと話してなかったか?」 「いえ…」 すでに木の陰は本来の色を取り戻し、あの男の声も聞こえない。 エマは急いで笑顔を繕うと 愛する王子に自ら一歩近づいた。 「それよりどうなさったんですか?」 暗に久しぶりだと伝える。 それに彼は申し訳なさそうな顔をして一言謝罪の言葉を述べた。 「最近来れなくて悪かった。…それが言いたくて抜け出してきたんだが。」 …ほら、彼はまだ離れていないわ。 彼はちゃんと私を見ている。 「―――そういえば、政を学び始められたとか。」 心中で安堵しながら"それ"を言ってしまって。気づいた彼女はすぐに後悔する その話題は触れてはいけなかった。 けれど口を滑らせたと思ってももう遅い。時は戻らない。 「ああ そうなんだ。少しでもキラに近づきたくて、父上に無理を言ってしまったんだ。」 「…ッ」 一瞬でもほっとした気持ちはあっという間に吹き飛ぶ。 どこか照れたように言う彼を見て全身から血の気が引いた。 彼の口から出てきた名前。彼の愛する姫君の名。 それはあの男の言葉が真実だと。 王子はまた 彼女を選んだのだ。 …恐れていたこと、彼がまた私の傍からいなくなる。 私を置いて、彼女のところへ行ってしまう。 「…貴方は また……」 「え?」 闇の中からあの男の声がする。 "―――手に入れたくはないか? 全てを。" 彼の、全てを……… 「エマ?」 「ああ。この名に心当たりはないか?」 イザークに突然尋ねられたキラは首を傾げる。 何に関係するか分からないけれど、とりあえず女性の名前だということは分かった。 そしてそういえばと 以前のアスランとの会話を思い出す。 「…確か、以前とても親身になってくれた侍女がいたとアスランが話してくれたことが… その人の名前が確か、そんな名前だったかと。」 姉のように慕っていたと言っていた。 両親の代わりに話し相手になってくれた、とても優しい女性だった。 「でも 彼女は―――」 そしてキラはもう1つの事実を告げる。 「ッ ヤツを探すぞ!」 それを聞いたイザークは珍しく顔色を変え、弾かれたように踵を返した。 慌てた様子で部屋を出て行く彼に続いて キラも意味が分からないまま後を追う。 よく分からない。彼の口から今彼女の名前が出てくることも。 "エマ"という女性は、キラが城へ来る少し前に行方知れずになった人だった。 NEXT --------------------------------------------------------------------- 終わりませんでした… とりあえず書き上がったところまで… そして次こそ完結させたいです。 あんまりオリキャラに感情移入しすぎるとラストが書きづらくなるので…