お伽話のそれから -06-




 ―――本人は最後まで不満そうにしていたが、晩餐会はさすがにアスラン抜きで進めるこ
 とになった。
 いくら見た目は18でも中身はまだ14才で、政も覚えたて。
 習い始めたばかりの彼ではきっと飲まれてしまう。

 大丈夫だと言い張る彼をキラが説得し、彼には部屋で待ってもらうようにした。
 終わったらすぐに会いに来るからという約束で。





 この国が中心となって行った 中央街道の整備が完了して1周年の今日。
 それを祝しての今夜の晩餐会は 関係の近隣諸国全てを招いての大規模なものとなった。

 主催は国王と王妃、普段は顔を出さない第1王子と第2王子も今日は珍しく姿を見せてい
 る。それはそれだけこの宴が重要だということを示していて。
 キラもアスランの代わりに積極的に話しかけ、妃としての役割に努めた。


「王子はどうされたんですか?」
 やはり というか、案の定聞かれてしまった問いに、キラは苦笑いで答える。
「それが… 熱がおありなのに無理をなさるから寝込んでしまわれて。」
「それはご心配でしょう。」
「ええ。」
 心配な様子を隠しもせず、時折ふと部屋がある方角に視線を彷徨わせて。
 そんな彼女を見て、皆 その愛の深さに感嘆する。
 そこまで愛される王子が羨ましい とも。

「心中お察しします、姫。」
 その時 1人の王子が前へ進み出た。
「あの方には及びませんが、寂しさを紛らわすお相手なら私にも…」
「いえ、それなら私が……!」
 その彼を押し退けるように別の王子がキラの手を取る。
 気がつけばキラは若い王子達に囲まれていた。
 我先にと話し相手に名乗り出る彼らに少々戸惑いつつ キラはにこりと微笑みかける。
「皆様 お優しいですね。お心遣い感謝します。」
『ッ!!』
 それに全員頬を染め、幾人かは倒れそうになったことを 純粋に感謝した彼女だけが知ら
 なかった。

 彼らは皆「傾国の美姫」と名高い彼女とお近づきになりたいと思っていたのだ。
 普段はガードが固い為に会話すらままならないが、彼女1人だけの今日なら―――…



「―――キラ。」

 心臓に響く低い声がキラのすぐ耳元で聞こえる。
 それにはっとする間もなく肩を引かれ、彼女は輪の外へ引っ張り出された。

「…お前は少し無防備すぎだ。」
 静かに囁かれた声に再び心臓がはねる。
 間違いようもない"彼"の声にキラは驚いて後ろを振り返った。
「アスラン!?」
 どうしてここに、と目を丸くするキラに 彼は不敵に微笑む。

「…臥せっておられたのでは?」
 彼の登場に驚いているのは周りも一緒で、1人の王子が問いかけると彼は外向きの笑顔を
 向けた。
「ええ、ですが このような場を空けるわけにはいきませんので。」
 ほうと感心する周りの反応は正しい。
 けれど キラだけは納得がいかなかった。
「そんな青白い顔してるくせに…!」

 演技でも何でもない、これは緊張の為だ。
 まだ"外"を知らない彼に この優雅さの裏の世界は重過ぎる。

「キミ 早く部屋にもど」
 詰め寄るキラの手を不意にアスランが包み込んだ。
 人が大勢いる目の前、しかも突然のことで 真っ赤になって言葉を失くした彼女に彼はふ
 んわりと笑む。
「ほら、もう大丈夫。心配しなくていいから。」
 その余裕の表情とは裏腹にまだ少しだけ震えている手。
 それに気づいたキラは、内心で苦笑いしながら逆に彼の手をそっと包み返した。
「気分が悪くなったらすぐに言ってね。」

 目の前で繰り広げられる、"夫婦"というよりは"恋人同士"のような甘い会話に周りはつい
 見入ってしまう。
 彼女とお近づきになる目的は果たせなかったけれど、そこに理想を見た気がしてそれはそ
 れで良いかと誰もが思ったのだった。














「おや、ちゃんと出てこられたのですね。」
 後ろからかけられた涼やかな声に2人は同時に振り返る。
 そしてその相手を認めると ホッと肩の力を抜いた。
「当然だろう。―――レイ。」
 隣国の王子レイは互いに幼い頃から知る気心の知れた相手だ。
 見知った相手なら安心だと キラは見えないように繋いでいた手をそっと離した。

「このまま出てこなければ私の貴方への評価が下がるところでしたよ。」
「相変わらず手厳しいな。」
 容赦無い言葉にアスランは苦笑いするしかない。
 同時に安心した。彼はアスランの記憶の中の彼と 成長した容姿以外変わっていなかった
 から。
「体調管理もままならない者は施政者に相応しくありませんから。」
「肝に命じておくよ。」
 レイの口撃をさらりと返してはいるけれど、キラは気が気じゃなかった。
 それに記憶を失くしたのは別にアスランのせいじゃないのに。そんな風に言われるのは心
 外だとも思う。
 けれど それをレイに言うわけにもいかなくて。

「ッ 今日はミーアは来てないんだね!」
 今のキラにできるのは話をそらすことくらい。
「…本人は来ると煩かったのですが私が止めました。」
 可愛がっている妹の話だからか 彼はすぐに乗ってきてくれた。
 性格は正反対だが、レイは妹が本当に可愛いらしく とても大切にしている。
 それはもう、時には過保護といえるほどに。
「あの子に外交はまだ早すぎます。」


「―――氷の王子も妹には甘いのか。」
 からかうような声音に けれどレイは特に表情も変えずにそちらを向いた。
「"ソレ"は貴方のことでしょう、イザーク。」
 怜悧な美貌の2人が並ぶと なんだかそこだけ空気が違う気がする。まるでどこかの物語
 の一枚絵のようだ。
 おぉっと感動するキラは、本人も『傾国の美姫』と噂されていることを自覚していない。

「妹に甘いというのなら貴方も同じですよ。」
 反撃とばかりにレイが不敵に笑うと、何故かキラの方をちらりと見た。
「そちらの姫には随分優しいとか。ミーアが言ってましたよ。」
「…まぁ、可愛くない弟よりは可愛い義妹の方を可愛がりたくなるものだ。」
 意外にあっさり事実を認めたイザークにレイは少し面白く無さそうにしているがそれ以上
 は何も言わない。
「別に俺だけじゃない。父上も母上もディアッカもキラのことは可愛がってる。」

「確かにキラは可愛いよなー」
 急に背後から顔を出されてびくりとしたのはキラだけで、アスラン達は平然と彼の登場を
 受け入れた。
「ディアッカ、貴方も可愛がってらっしゃるんですか。」
「当然だろー」
 アスランとイザークの兄であり、この国の第1王子でもあるディアッカ。
 けれど本人は国を継ぐ気は全くなく、アスランに譲るとして城にもあまり帰ってこない。
 ただ今回の件だけは例外のようで 城から出ずに手伝ってはいるが。


「てかさ、ここだけ人が近寄れなくなってるぜ。まぁ これだけ見目良いのが揃うと気持ち
 は分からんでもないが。」
 アスランにイザークにレイという大陸でも有名な麗しい王子達に、さらにキラまでいる。
 観賞にはちょうど良いが 話しかける勇気は出ない。
「…でも、貴方が入られたらますます近づけないんじゃないでしょうか……」
 困ったようにこっそり言うのはキラで、それに関してはそう?と彼はあまり自覚無さそう
 に返す。
 この国の王子は3人とも貴婦人達の憧れの的だというのに。どうにもこうにも本人達は
 揃って自分の容姿には無頓着らしい。

「とにかく解散解散。俺らは別に固まる必要無いんだしさ。」
 年上の余裕さでイザークとレイを追い払い、アスランとキラの方に向き直った彼はにっこ
 りと笑う。
「んで お前らはセットな。頑張って来いよ〜」
 笑顔でポンと肩を押されて送り出されてしまった。




「なんなんだ…?」
 わけも分からず放り出されてアスランは憮然としたような顔をする。
 周りで勝手に盛り上がったと思ったらあっさり別れてキラと2人で放り出されて。
 彼らが何をしたいのか アスランにはさっぱり分からなかった。
「でもおかげで緊張は解けたみたいだね。」
 反対にクスクスとキラは楽しそうに笑う。
 キラには彼らの心遣いが分かっていた。
 イザークもディアッカもアスランを心配して話しかけてくれたのだろう。
 なんだかんだ言って弟のことも可愛がっているのだ 彼らは。

「ほら、あと少し 一緒に頑張ろう?」
 そう言って手を繋ぐキラの手を逆に取って アスランはキラを会場へ連れて行く。
「エスコートは俺の役目。」
 自然と促されて彼の腕に手を乗せると 彼は嬉しそうな顔を見せて。
 そんな彼の子どもらしさにキラは小さく笑んだ。






NEXT


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…アレ? ここだけコミカルだー(笑)
他にもいろいろあったんですけど削ってしまいました。アスランが暴走しだしたので…
レイとミーアが兄妹。ということは 隣国の王はもちろんあの人です。



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